石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第5回 平村さん・その2

2014.07.16更新

*その1はこちら


わからないことが、面白い。

人事のお仕事、というと、
やはり採用がメインなのだろうか。

「採用のお仕事が前に出ますね、
あと、社長の秘書的なお仕事とか、
何か会社で新しいことを始めよう、となったとき、
関係者に個別にヒアリングをして、
それをとりまとめて役員に上げたりとか、
年二回の人事考課のとき、
黒子的なポジションで社内調整をしたりとか...」

なるほど。
そういうポジションだと、
具体的な仕事のエピソードなどは
なかなか出しにくいだろうな......
と思った。
かくいう私も、それほど本格的では無いが
秘書的な仕事とか、とりまとめっぽい仕事を
ちょっとだけやったことがある。
人に話してはいけないネタが多くて
なんとなく無口になった(ような気がした)のを思い出した。
「それだと、あれですね、
こういう場では話せないこととか、多いでしょうね」
と私が言うと、平村さんは
「そうですね...」と少し笑ってから、
ふと、ちいさく閃いたような感じになった。

「そうですね、私は、
わからないことが、好きなんです。
答えがないことが、面白いんです。
私はじつは、小学生から中学二年生くらいまで、
星が大好きで、天文学者になりたかったんです。
きっかけは、小学四年生くらいで、
学校行事でキャンプみたいなことがあったんですが、
そこで、先生が夜、星の授業をしてくれて、
距離の『光年』の説明をしてくれたんです」

たとえば、あの星は地球から100光年、というのは、
「ここからあの星まで光の速さで移動したとして、100年かかる」
ということである。
光が到達して初めて、その星の光が見えるわけだから、
私たちが100光年離れた星を見たとき、
その光が見せてくれているのは、
その星の100年前の姿、ということになる。
100年前はその場所にあったかもしれないが、
「今」は、もう、消え失せている可能性もあるわけだ。

「光の速さで移動して何年、ということだから、
今見えているあの星も、今は本当は、存在しないかもしれない、
ということを教えてもらって、
おもしろい!! と思ったんですね。
そんなふうに、『わからないこと』があるんだ、ということを知って、
そういう、わかんないものを見つけたり探したりするお仕事がしたい!
と思いました。
でも、中学に入ったら、数学や理系の教科が全然ダメで
先生にも『理系はダメだろう』といわれて、諦めましたが(笑)。
今も、物理学者の湯川秀樹先生の著書が愛読書です、
脳科学みたいな分野の本とかも好きでよく読みます。
目に見えないけれど『ある』もののことに興味があるんです」

ここまでは、失礼ながら、
私とよく似てるなあと思った。
でも、ここから、彼女は衝撃的なことを言った。

「わからないものってそんなふうに、たくさんあって
その一環として、人もそうだと思うんです。
わからないじゃないですか、
思っていることと言っていることがちがったり、
優しくしようとして辛く当たったり、とか、
表に見えていることって、氷山の一角だと思うんです」

「私が、人に興味や関心を持つことと、
星を見て「わかんない」ことに魅力を感じるのとは、
同じことだと思います。
解りたいけど、たぶん全部知ることはできないんだろうな、
という不思議さが、同じなんです」

これを聞いて、私は、びっくりした。
たしかに、多くの人が「人は表面からは解らない」と言う。
その心の中に何があるのか、
決して完全に理解することはできない、と言う。
でも、なぜ再三そのように「言う」のか。

それは、私たちがあまりにも
表面的なもので決着をつけてしまいやすいからだ。
普遍的な警告として、そう言い習わされているのだ。
見知らぬ人に出会ったとき、私たちは不安になる。
その人がどんな人がわからないのが、
不安で、怖くて、たまらない。
だから、早くその不安を解消したくなる。
ゆえに、相手を早く「決めて」しまいたくなる。
「わかって」しまいたくなる。
容姿、肩書き、学歴や経歴、話し方、住処や家族構成など、
あらゆる「簡単に手に入る情報」から
その人の印象を一筆書きに頭の中に固定させて
「この人はこういう人だ」という型枠を全速力でつくる。
そして、その型枠を「その人そのもの」だと思い込む。
もし、相手がその型枠からわずかにでも外れたことをした場合、
すぐ「ガッカリ」したり「びっくり」したりする。

人間は簡単にはわからない、宇宙のように未知のものだ
と、本気で感じることのできる人が、存在するのだ。
私はそのことに驚いた。

しかしたしかに、こうして何の事前情報も無いまま
いきなり未知の相手に出会って話を聞く、ということをしていると
人は、ほんとうにわからない。
その人の中に、一大宇宙のようなものがある、と思わざるを得ない。
でもそれは、このような「話してもらえる場」があって、
「聞いてもいい権利」を一時的に許されているからだ。
もし、こうした場でなかったら、
私は目の前の平村さんという人を
宇宙のように道の奥行きある存在だ、と思えていただろうか。
たぶん、「几帳面でしっかりした人なんだろうなあ」くらいで
通り過ぎてしまっていたかもしれない。
この人の中に、見えない星があるかもしれない
とは、思わなかったかもしれない。

私は、夜の海に立ったときのことを思い出した。
夜の海に立つと、空もいつもの何倍も大きく感じられる。
ちっぽけな自分など簡単に吸い込んでしまいそうなほど、
それは怖ろしい。
怖ろしいから、私たちはそこに小さな小屋を建て
光を灯し、窓をつけて、その窓越しに空を見る。
そうして、いつの間にか、窓枠が「空」になってしまう。

でも本当は、その向こうに
何百年何前年も前の星の光が光っていて
私たちは未知の虚空に晒されているのだ。

この人がいみじくも「はてな」という社名の会社にいることが
妙に韻を踏んでいて、面白く感じられた。
はてな。
つまり、
わかんない、ということである。


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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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