石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第6回 赤井さん・その2

2014.08.19更新

*その1はこちら


「いま、そこにいる」こと。

赤井さんに「好きなもの」のことを聞いてみた。
そういえば、高校生のときは、音楽がとても大きな位置を占めていた気がする。
音楽とか聴きますか、といってみたら、「嵐です」という、
これもキッパリした答えがかえってきた。
小学生のとき、ドラマ「花より男子」をふとテレビでみかけて、
それからまず、ドラマにハマり、やがて嵐を聴くようになった。
ライブにも3回ほど行った。
大きな会場だと、ほんの小さくしか見えないんじゃないか、と聞いたら、
京セラドームのライブのときはかなり近くで見ることができたそうだ。

私は、アイドルにはまったく興味がなかったのだが
何を隠そうここ数年、ももクロにはまっている。
しかし、ライブ会場には行ったことがないし、決して行かないと思う。
ライブのDVDは相当持っていて何度も見た。
しかし、「あの場」に行く気にはなれない。
私がそう言うと、赤井さんは
「絶対、行ったほうがいいですよ!」
と言った。
「びっくりするくらい楽しいんですよ!」

ここまで話してきたが、
実際、彼女はあまり、あれこれ自分から喋ってくれるほうではない。
聞かれたことには的確に、冷静に答えてくれるけれど
完結で、どちらかといえば言葉少なな感じがした
(後で聞いたら、初対面で緊張していたためだったらしい)。
ゆえに、
この「びっくりするくらいたのしい」という言葉にこもった熱に
私はちょっと感動して、うれしくなった。

「びっくりするくらい楽しいんだ?」
と聞き返すと、彼女は大きく頷いた。

「おなじ空間にいる、ここにいる! っていうのが
まず、びっくりなんです。
いちばん最初に言ったとき、
もう、わけわかんなくなって、
友達といっしょに『嵐おる!』って言って。
『おる! おる!』って(笑)
実在している! おなじ人間やった! みたいな、
それが嬉しいって言うか、はあ・・(ため息)みたいな感じで。
二回目に行った時も、やっぱり『おる!』みたいになって(笑)」

チケットを取ってライブ会場に来ているのだから
「おる」のは当たり前なのだが、
実際に目の前に「その人」がいる、ということが
びっくりするほどの衝撃なのだ。
それが、嬉しくて、楽しい。
動画で見ていて、音楽を聴いていて、よく知っていても、
目の前にいる、というこの圧倒的な衝撃には叶わない。

奇妙なのだが、彼女が
「目の前にその人がいる」ということの感動を
私に強く教えてくれたことが
私には嬉しかった。
ここにそれを体験して、信じてくれている人がいる、
というのが嬉しかったのだ。

日常的な人間関係においても、実際
そういうことは、ある。
メールやLINEなどでやりとりしても、電話で話しても、
たった5分だけでも「会う」ことに叶わない。
その人が今目の前に、おなじ空間にいる、
ということ。
ライブ会場では、大声で声援を送ることくらいはできても
直接話しかけたり、反応してもらったりすることができない。
それでも、「そこにいる」ことは、絶対的な力をもつ。

多分逆もそうなんだろう。
私自身、カルチャーセンターさんなどで
お話をさせて頂いたりすることがあるが
50人とか100人くらいのクラスでも
「すごくたくさんの方が私を知ってくれているのだ」
ということにびっくりさせられるのだ。
目の前で私の話を聞いて下さっている、あの感じは
何回やっても、胸がいっぱいになってしまう。

ももクロのライブに行くことはないと思う、
と書いたとおり、
私にはコンサートやライブの経験はごく少ないのだが
実は一昨年の年末と去年、
「ライブ」を体験する機会があった。
ライブハウスで見たEGO-WRAPPIN'のライブと、
「京都音楽博覧会2013」、いわゆる「フェス」である。
そこに「その人」がいる
ということの驚きが、
演奏という時間軸に沿ったものに乗って、
怖ろしい緊張感の爆発のような感動を生み出していた
(このときの感想はブログに詳しく書いた)。

どんなに情報通信の技術が発達しても
「いま、ここにいる」
ことは、特別なことでありつづけるんだろう。
でもそれっていったい、どういうことなのだろう。
「いま、ここ」というのは、いったい、
なんなのだろう。

数学で習った「点」を、私は思い浮かべた。
数学に出てくる「点」には、面積がないのだ。
面積が「ない」なら、「存在しない」じゃないか、と思う。
でも、「点」は「点」で、たしかに、そこにある。
私たちは常に
時間と空間のなかの「点」にいる。
そこには面積がない。
起こったことを起こらなかったことにはできないし
後に戻ることも、未来にフライングすることもできない。
この「面積がない点にいる」ということの、
どうしようもない緊張感と謎が
私たちを「いま、ここにいる」ことに敏感にさせるのだろうか。

どこか遠くにいる人は、そんな「点」にはいないように思える。
それが目の前に来た瞬間
相手も自分と同じように、
面積のない点の上にいて、生きていることが感じ取れる。
たとえば、そんなことなんだろうか。
私たちは自分の姿を、自分の肉眼で見ることはできない。
「今、その人がここにいる」ことを目で見て
「おなじ人間なんだ」と感じること。
それは、「自分」というものへの強烈なクローズアップを含んでいる。

「自分」がいま、ここにいる、ということは
思えば、なんて奇妙な、不思議な、とらえがたいことだろう。
なんて重たい現象なんだろう。


*つづきます

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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