石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第8回 山田さん・その2

2014.11.25更新

ふわりとしたきっかけ、強いアクション。

山田さんは北九州出身で、
大学進学と同時に東京に来た。
受験のため、高校の同級生と一緒に上京したときは
まるで修学旅行みたいに楽しかった。

「1カ月くらいホテル暮らしで、
10校くらいまとめて受けるんです。
初めて親元を離れて東京に来たわけで、
ガイド本を買って、いろんなところに行って、
本当に楽しかったです。
スーツケースにいっぱい参考書を詰めてきたのに、
結局一度もそのスーツケースを開けませんでした(笑)。
受験会場では、お昼に学食で食べたカレーがおいしくて、
午後イチの国語の試験で、半分くらい寝てしまったんです。
途中で慌てて起きて、大急ぎで問題を解いて、
そのお陰で、なんだか問題を素直に解けたんですね。
もし最初から真面目に集中してやってたら
考えすぎてこんがらがって、かえって落ちてたかも(笑)」

これを聞いたミシマ社の新居女史は
「私は受験のとき、トイレにケータイを落として、
そこで『おわったな・・・』とおもいました」
とつぶやいた。
私と山田さんはそれを聞いて
「そうか、受験のとき、ケータイがあったんだね・・・」
とつぶやいた。
私のときは、ポケベルすら、あったかどうか、であった。
ジェネレーション・ギャップ。

山田さんが選んだのは、文学部の仏文科だった。

「フランス文学が好きだなと思ってたんですね、
でも、大学に入ったら、
『べつにフランス文学、好きじゃないな』と気がつきました。
で、『大学、たのしくないなー』とか思ってました(笑)。
私が好きだったのは、フランス映画だったんです。
北九州にはそもそも、そういう映画館がないので、
雑誌や本でフランス映画のことを読んで、
トリュフォーとか、ゴダールとか、憧れていたわけです。
それが、東京では見られるんです。
フィルムセンターとか、日仏会館とか、
毎日のように通って、映画を見ていました。
映画を見に行きたいから東京に行こう、
みたいな感じだったんです」

「編集者になろう、と思ったのも、
そういうことからなんです。
つまり、本とか映画とかは、
自分では、絶対創れないものです。
そういう、自分では絶対創れない本や映画に、
少女時代、どれだけ楽しくしてもらったか!
みたいなことがあるんですね。
その、楽しくしてくれたものを、広く伝える人になりたい、
という気持ちにつながっていったのだと思います。
でも、特に『この作品が!』『この作家が!』みたいなのは、
個別には思い出せないんですけどね、
なんでだろう(笑)」

自分では絶対創れない本や映画に、
少女時代、どれだけ楽しくしてもらったか!
この一言は、とても印象的だった。
本を読み、音楽を聴き、映画を見て、
私たちはその作り手に
「楽しくしてもらっている」のだ。
しかし、その
「楽しくしてもらう」
ことを、完全に一方通行のものとして
心底、楽しんだことがあったかなあ、
と私は考えた。
楽しんでいるときは、心の底から楽しんでいる。
でも、その前後に、心のどこかに、
「これは将来ためになるだろう」とか
「これを知っていると格好が良いだろう」とか
「これをどうやって文章のネタにしようかな」とか
そんな邪念が去来する。
大人が子どもに向かって
「この本はためになるから読みなさい」
などと言うが、
私たちは自分自身に対しても
「これはためになるから読もう、見よう」
などと、なにか副産物を見込んで読書や映画にいそしむことがある。
「楽しくしてもらっている」
と言えるくらい、
自分を丸投げするみたいに自由にその世界に遊ぶことは
もしかしたらけっこう、難しいことなんじゃないか。
そんなに自由にはいられないんじゃないか。

山田さんの行動パターンには、
不思議なコントラストがある。
まず、好きなものとか、行動の動機などには
あまり、強いこだわりが見られない。
好きで入ったはずの仏文科にすぐ飽きてしまうし、
エントリーシートに書くことがなければ応募自体を諦めてしまう。
ここにも、諦めの良さというか、正直さというか、
素軽い、ふわふわした感じがただよっている。
つまり、非常に自由なのだ。

しかし、その一方で、山田さんは非常にアクティブだ。
情報の少ない中で必死にフランス映画の情報を仕入れようとしたり、
毎日映画を見るために通ったりと、
アクションは限りなく「濃い」のだ。
「こうでなければならない」という制約から限りなく自由な一方で、
ごく小さなきっかけでもガツンと行動を起こせる、という、
このコントラストが、非常にビビッドなのだ。

「担当している作家さんが、鉄道が趣味で、
それに影響を受けて、鉄道の乗りつぶしをはじめたんです」

鉄道の乗りつぶし、とは、
全国の鉄道の路線図が白地図帳のような冊子になっているところへ、
自分が乗った線だけ、色をつけて塗りつぶしていくのである。
彼女はその冊子をカバンから出し、拡げて見せてくれた。
見れば、相当以上に塗りつぶれている。
さらに、路線の脇に、電車の名前、
泊まったホテルや食べたラーメンなど、
小さなメモが書き込まれている。

「全部書き込んでいるワケではないんですが、
同じ所に二度旅行に行ったりすると、
1回目と2回目の違いがわからなかったりするので、
ときどき、メモしたりしています。
『部屋に虫がいっぱいいた』とか(笑)」

なるほど。旅日記をつけるより、
そのほうがずっとラクだし、見直しても楽しい気がする。

「あと、いま東海道も歩いているんです」

週末を利用して、東海道をひたすら歩くのだ。
前回歩いたところまで電車で行き、
そこから一泊旅行で、一日20キロくらい歩くのだ。
少しずつ歩を進め、日本橋から大阪まで歩いて行く。

「杉江松恋さんと藤田香織さんが
『東海道でしょう!』という本を幻冬舎から出していて、
それがきっかけだったんですが、
観光地でも何でもない、何にもないところを
ひたすら歩いて行くのが、楽しいんです。
三島はまだ、東京に近いんだな、とか、
箱根は本当に『山』だな! とか、
ここから文化圏が違うんだな、とか、
歩いてみて初めてわかったことがいっぱいあります」

「特に箱根は、山だってことを忘れてて、
歩いてるとすぐに暗くなってくるんですね。
山道で、車もビュンビュン通っているし、
歩くのはもう、危険だからバスに乗ろう!
ということにしたんですけど、
バス停が思ったよりずっと遠くにあって、
なかなかつかないわけです。
やっと着いて時刻表を見ると、もうバスがない時間なんですが、
試しにセンターに電話したら、
バスが遅れてるから、待っていたら来ると思います、
っていわれて、やっと乗れて。
それが、宿がたくさんあるあたりへくると、
ヒールにミニスカートみたいな若い子たちが
キャピキャピ温泉に行こうとしているわけです。
それを見て
『箱根は山なんだぞ! 箱根なめんなよ!』
みたいな気持ちになって(笑)」

行き当たりばったりで旅行をすることは多い。
友だちと一緒のときは、
地元の居酒屋にぱっと入ってみたりすることもある。
失敗もあるけれど、そういうのが楽しい、と山田さんは言った。

きっかけはちょっとしたものなのに、
山田さんは本気で動く。
その動機やきっかけの軽さに比べて
行動はおどろくほどゆたかで濃い。
あれこれ考えて結局動かない、ということのほうが
多分、一般的なんじゃないかと思う。
ちいさなきっかけから粘り強く動き続けられる、というのは
かなり特徴的な個性ではなかろうか。


編集とは、何者なのか。

幻冬舎を辞めて朝日新聞出版に入った経緯を聞いてみた。

「まず、編集者をもう辞めようと思ったんです。
やっぱり向いてないなー、と思って。
それで、退職願を先に出しました。
そのとき友だちが、
朝日新聞出版が募集してるよ、と教えてくれて、
一回、書類を書いてみれば? と言ってくれたんです。
で、職務経歴書と履歴書を書いてみたら、
思ったより、いろいろできてきたんだな、
と思いました。
それで、書類を送ったら、うまくいった、という感じです」

編集者という仕事自体が向いてないと思ったのに、
なぜ再び、編集者の道に入ったのだろう、と不思議に思ったが、
その気持ちは、わかるような気もした。
彼女が大学を出て最初に就職したとき、
エントリーシートに書くことが何もなかったから、
出版社には応募しなかったのだ。
今度は「書くことがあった」。
それも、自分が思ったよりずっとナカミの濃い内容があったのだ。
リアルタイムで感じていることよりも、
いままでやってきたことが可視化されたとき
過去が自分を押し出した、というような感じが
もしかすると、あったのではないだろうか。

「編集って何者なのか、いまだにわからなくて、
考え続けている感じもあります。
周りに仕事ができる、尊敬できる編集者が
たくさんいたんです。
私は絶対ここまではできないだろうな、
っていう人がたくさんいて」

山田さんから見て、仕事ができる編集者って、
具体的には、どういうことができるんですか? と聞いてみた。

「そうですね、たとえば、
フットワークが軽いとか、仕事が早いとか、
実務的にすごいとか......
そうだ、オビがすごく上手い人がいるんです、
いまもその人のオビはすごく追ってます、
出ると見に行く、みたいな。
『この本をこうやって表現するんだ!』
と、感心するんですね。
久坂部羊さんの『破裂』の
『医者は三人殺して一人前になる』っていう
有名なオビを書いた人なんですが、
これは絶対買いたくなるだろうな、
っていうオビを書ける人がいるわけです」

オビというのは、本の下の方に巻かれている、
細い紙の広告のような部分のことだ。
著名人のコメントや宣伝文句がそこに入る。
時には、タイトル名で内容がわかりにくい場合、
補足の説明を入れることもある。
著者もチェックは入れるが、
基本的には編集者さんの腕の見せ所である。
これひとつで売れ行きが変わることもある。

「あとは、作家との信頼関係を作るのが上手い人もいます。
そんな関係になるまで何年もかかるんだろう、、とか。
そういう人たちを見ていると、
自分はまだ、編集者になりきれていない、と思います。
でも、30代になって、変わったこともあります。
以前は、人から担当を引き継いだとき、
すべて自分が頑張らなくては、と思っていたんですが、いまは
『この作家さんは自分ではなく、あの人が担当する方が合うと思う』
とか、言えるようになりました。
できるとかできないとかじゃなく、
編集者はそれぞれだ、と思うようになってきました。
編集者にそれぞれあるように、
出版社にもいろいろあるな、と。
前の会社の良いところも見えてくるし、
いまの会社でのやりやすさもあったりします」


(つづきます)

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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