石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第8回 山田さん・その3

2014.11.26更新

教えてもらってできる、ものでもない。

編集者さんは、「最初の読者」だ。
そして、その原稿に、意見を言う。
赤文字で原稿に疑問や指示、提案などを書き入れるので
「朱を入れる」と言ったりする。
原稿を書く側からすると
入れられた「朱」を読むのは、
緊張、プレッシャー、ストレス、イガイガ、
何とも言えない気持ちである。
自分が「これでいい」と思って書いたものに物言いがつくのであるから
気持ちよくはない。

だがその一方で、
限りなくありがたいし、ハッキリ言って、頼ってもいる。
自分の間違いを正してくれる人がいる、
ということは、本当にありがたい。
失敗しないかとビクビクせず、思い切って書ける。
まるで、学校の先生に作文を提出するときとかわらない。
先生が正解を握っていて、私は生徒のように原稿を差し出すのだ。
いけないとは思いつつ、頼り切っているのである(これは、私の場合だが)。

しかし、編集者さんの側からすると、どうなのだろう。
朱を入れるとき、どういう気持ちなのだろう。
一緒に仕事をしたことのある編集者さんは
「怖い」と言っていたことがある。
こうしたほうがいい、と思った自分の意見が実は間違っていて、
作家の原稿の良さを殺してしまったかもしれない、
という恐怖感がある、と言っていた。
しかし、山田さんは「怖い」とは言わなかった。

「自分の意見が正しいのか、
原稿をより良くするための正解になっているのか、
ということは、白黒じゃないと思っていて、
そこが好きです。
著者と二人で、白黒つかないもやもやした気持ちも含めて、
納得のいく着地点を探り合いながら
一緒につくりあげていくのが、面白いんです。
二者択一とか、白黒つけるとかが、嫌いなんです。
グラデーションがあって、その中で決めて行くほうが好きです。
もちろん、読者に買ってもらって届かないと意味がないわけですが......。
だから、読者の感想は作家さんにすぐ、伝えたくなります。」

「編集の仕事は、教えてもらってできるものでもないんですね、
上司が朱を入れた原稿を『見せて下さい』とか言えないし、
みんなどうやって書いているのかなって思っても、
見せて、って言ったことも言われたこともないですね。
だから、代々引き継がれるノウハウ、みたいなものもない、
見たことないです」

校正記号というのはある程度決まっている。
削る言葉を「トルツメ」と言ったり、
そのままにしたい言葉を「ママイキ」と書いたりする。
これは、業界で共通なのだが、
確かに、それ以外のコメントは人によってずいぶん、やり方がちがう。

「自分も一つ一つの作品について、
ほんとうにがんばっているつもりですが、
でも、他の編集者はもっと頑張ってるんだろうな、
という気がします。
ゲラの赤字とかも、他の人が担当だったら、
もっといい作品になってたのかな、とか。
自分が担当した本について、出した後も
ずっと考え続けてることがあります」

一つ一つの本に、編集者さんがどれだけ情熱を込めてくれるか
それは、私もよく知っている。
ときどき、著者の私自身より、
編集者のほうがはるかにこの本を大事にしてるんじゃないか
と思うこともある。
編集者さんが執拗で、情熱的で、こまかくて、うるさいと、
安心して原稿を託せる。
出した後も、本のことをずっと考えていてくれるような編集者さんなら
なおさらだ。

「自分より優秀な編集者がたくさんいて、
それを見ると、自分はとても編集者になっている、とは思えない」
と言った山田さんに、
「優秀な編集者とは、どんな編集者なのか」
という質問を何度か、
さりげないつもりだったけどけっこうしつこく、
投げ続けた。
でも、山田さんはその中で、自分からは決して
「売れる作品を出す編集者」
「売り上げを上げる編集者」
とは言わなかった。
出版は、まがりなりにも、ビジネスなのである。
だから、「売れる」ことは
すべてではないにしても、
結果を出す、という点で、
「優秀な編集者」の条件にあがってもいいはずだ。
だが、山田さんはそれを、かたくなに挙げなかった。
そのかたくなさに、感動した。
本が売れることは、出版社にとって、大切なことだ。
売れなくなったら、つぶれてしまう。
現に、撤退する出版社は近年、後を絶たない。
本が売れるかどうかは、文字通り、
出版という営為の死活問題なのである。
でも。
山田さんは、それを出さなかった。
それを出したら死んでしまうものが、
「編集」という仕事の中には
あるのかもしれない、と思った。
売れることは勿論大事なのだが、
本質的には、売れることが最終目的ではない
と口にする編集者は多い。

実際
そう言ってもらえなければ
できないことが
書き手にはあるのだ。


右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。

山田さんのお話を聞きながら、
私はいくつかのことを思い出していた。

ひとつは、
「誰も読まなかったコペルニクス」という本のことだ。
宇宙の中心は地球ではない、
太陽を中心にして、地球がその周りを回っているのだ
ということを初めて本に記したのがコペルニクスだ。
彼の著書「天球の回転について」が出版されたのは、
コペルニクス一人の手柄ではなかった。
ゲオルグ・ヨアヒム・レティクスという学者が、
これを出版したいと願い、著者を説得し、印刷所の手配に奔走し、
内容を補強し、あらゆる尽力をしたのでなければ
「天球の回転について」は、この世に出なかったかもしれない。
彼がやったのは、編集者としての仕事そのものだった。
編集は、とても古くからある仕事なのだ。

世界で一番短い手紙、として知られているのも
編集者と著者のあいだに交わされた手紙だ。
「レ・ミゼラブル」を刊行後、
ヴィクトル・ユーゴーは編集者に
「?」
とだけ記した手紙を送った。
編集者はこれに
「!」
と返した。
「売れ行きはどうかね?」
「売れております!」
の意だったという。

編集者という存在は、
意志と熱だ、と私は思う。
本を書くのは、やむにやまれず書いているところがある。
でも、それを「出す」という意志は
編集者さんの側にある。
著者本人よりも「出す」という意志を持てるというのは
いったい、どういうことなのだろう。
一人の人間の考えたことや言葉を
世に広めなければ!
という気持ちとアクションの「濃さ」は
私には、ときどき、神々しく思えることもある。

  読め。

  耳をたてろ。
  眼をひらいたまま眠れ。
  右足で一歩一歩歩きつつ、
  左足で跳べ。
  トラブルを歓迎しろ。
  遊べ。
  飲め。
  抱け。抱かれろ。
  森羅万象に多情多恨たれ。

  補遺一つ。 女に泣かされろ。

  右の諸原則を毎食前食後、
  欠かさず暗誦なさるべし。

開高健の「編集者マグナ・カルタ九章」。

女云々はさておき、
軽快なようで貪欲、こだわらないようで執拗な
不思議な山田さんのありかたは、
かなり、これに当てはまっているような気がしたのだった。

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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