石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第10回 仲野先生・その3

2015.01.16更新

「いつ死んだんやろ」(!)

「あと、山登りをしています。
雪山に行ってみたい、とずっと思ってたんですが、
どうせ行くならモンブランに登ってみたいと思ってね、
何年も前から資料を集めて、準備して、登りました。
上の娘がスイスに赴任中だったので
ついでにモンブラン登ろう! となったんです。
かなり前からスケジュールを入れて、
考え方がせこいから、モトをとらなあかんとおもって、
1月から雪山トレーニングをしました。
そしたら6月に、ランニング中に膝をケガして、
大変だったんですが、それはなんとか治って、
いざ、登るとなったんです。
でも、途中までは行けたんですが、
天気が悪くて、上までは行かれへんかった。
で、降りてきてから次の日、
ガイドさんが、岩登りをしませんか、というんです。
100メートルくらいの絶壁を、ロッククライミングです。
ガイドがマンツーマンでつくんですが、
アイゼンつけたまま岩を登るというのは初めてだったので、
どうかなと思ったんですけどね
ほら、こんな岩山です」

写真を見ると
まさに絶壁である。

「この岩登りの前日に、
ちょっと観光しましてね、
シャモニーというところの墓地に行ったんです。
ヨーロッパでは、有名な人の墓とかが、
観光地として、人気があるんですね。
その墓地を回っていて、ある墓石をふと見ると
TORU NAKANO
って書いてあるんですよ!
とっさに
あれ、おれ、いつ死んだんやろ、って思いましたよ(笑)
すぐ、そんなはずはない! と我に返りましたけど。
しかし、あれはびっくりしましたね.........」

先生が見たのは、
同姓同名の登山家で写真家でもある中野融さんの墓だった。
しかし、アルファベットでは完全一致なわけで
翌日にかなりハードなロッククライミングを控えている身では
相当コワイ体験だったはずである。

「最初はゾッとしましたが、
僕は楽観的なのでね、気持ちを切り替えて、
これは絶対、僕をまもってくれるはずや、と思って
なにしろ、せっかく来たんだし
のぼらなもったいないでしょう、それで、
お供えに(なぜか)柿の種をおいて帰ってきました(笑)
岩山を登るのは、登る前は怖かったですけどね、
登ってしまえば、あれは、
アドレナリンがどーっとでて、怖くなくなる」

鉄の心臓だ。


「僻地」への旅。

仲野先生は、「僻地」を旅するのが好きだ。

「一度、国際学会でイランに呼ばれて、行ったんです。
ブッシュ大統領が『悪の枢軸』とか言ってる頃で、
どんな大変なところかと思ってました。
で、トイレットペーパーとか、ミネラルウォーターとか
たくさん準備して、行ってみると、
めっちゃ普通の国なんですよ、
みんな親切やし、女の人はみんなきれいやし、
それとね、ペルセポリスとか、遺跡を見に行ったんですが、
なにしろ観光客が少ないから、
遺跡! というムードが、すごいんです。
観光客がいっぱい集まる遺跡って、
つくりものみたいになってしまうことあるでしょう。
そういうことが一切無い。
昔のまま、みたいな雰囲気で、良かった。
いろいろ聞いていてもわからない、
自分で実際に行ってみな、その土地のことはわからん、と思いましたね」

「25年前、ドイツに留学してたんですが、
その頃はまだ、東西の壁がひらく前でした。
そのとき、チェコスロバキアとか、
西側から東側に旅行したことがあったんですが、
もう、すごく怖いんです、
粗相したら西へ帰られへんのかな、と思ってね、
そんなことはないんですが、
でも、壁がひらいたら、そういう緊張感はなくなるでしょう。
行くなら、そういう、
壁が開く前のような状態の時に行っとかなあかん、と思いました」

マダガスカル、ブータンにもいった。
そして、ドバイでは、街中なのに遭難しかけた。

「僕はお腹弱いんです、
だからいつも相当気をつけてるんですが、
飛行機の中でちょっと気が緩んだんですね、
たぶん、デザートのカスタードクリームで当たった。
ドバイについて、ホテルに入ったんですが、
そのホテルが街から4キロくらい離れていて、
お腹壊してるし、どうしようかな、と思ったんですけど、
二度と来ることないかもしれんから、
といって、無理して出かけたんです。
それがよくなかった。
悪いことにラマダンの最中で、水も売ってへんし、トイレも見つからないし、
ホテルは遠いし、歩いてる途中に朦朧としてきて、
ドバイの街で遭難しかけました(笑)」

「でも、そういうのが、面白いと思いました。
自分の目で見てみなあかん、わかれへん、と思いました。
ブータンのツアーでは20人くらいやったんですが、
そのうち6人がキリマンジャロに登ったことがある、とか
そんなんなんです。
僻地フリークってそんなに多くないから、
どこ行っても、同じようなメンツになるんですね。
で、僻地ツアーに行くとそういうフリークと、
自分はここ行った、あそこの僻地がいい、と情報交換する。
そうすると、また行きたい場所が増えます。
僻地フリークは、やっぱり、おもしろいところを知ってるんですよ、
それで、僻地へ行けば行くほど、もっと行きたくなるんです。
死ぬまでに行きたい僻地リストを作ってるんですが、
僻地に行くほど、リストが長くなる(笑)」


家の中にいながらにして世界を知るための「基準」。

「もうね、早く仕事辞めたいんです、
65歳が定年なんですが、
仕事していると、長いこと休まれへんのです。
いま、パタゴニアに行きたいんですが
行こうと思うと、三週間はかかります。
体力も要りますしね、
行きたいところに全部行こうと思ったら、
年2回ずつ行っても、15年かかるんです、
75になったら、さすがに、僻地は行かれへんでしょう」

「引退したら、僻地に行けるだけ行ってね、
飽きるほど行って、75を越えたら、
ぱたっと家から出なくなる、というふうにしたいんです。
家の中で、じっとして、もの書いて、
うるさいじいさんとして生きていきたい(笑)
熊谷守一という画家がいるんです、
この人は、死ぬ前の何年ものあいだ、
まったく外に出ないで、じーっと一日中アリやら石を見ていて
それで楽しい、という晩年を送ったんです。
そういう生き方がしたい。
遠くのことは、ハイビジョンで見ればわかるでしょう、
自分の体験から、だいたいの基準軸というか、基準点ができているから、
映像を見ても、
『ああ、こういう映像だと、こんな感じだろうな』
と想像できるんです」

基準軸、基準点。
世界の「僻地」を経巡って、
その体験から、世界の風景の雛形のようなものを頭の中に刻み込んで、
その雛形をもとに、外から入ってくる情報だけで
つねに世界中を眺め渡しながら生活しよう、ということなのだろうか。

しかし、仲野先生はなぜ、こんなに
「僻地」に行きたいのだろう。
そして、なぜ、隠遁した後も「世界」を把握していたいのだろう。
僻地に行くと、そのための「基準」ができていく。

なにが仲野先生をそうさせるのか、わからない。
私はちょっとしつこく、そのことを聞いた。

「自分が生きてる世界を知りたい、っていうことでしょうね。
世の中てどんなもんかしりたい。好奇心でしょうね。
それは、自分というものがどういうものが知りたい、
ということでもあると思います。
納得して死んでいきたい。
知識欲が強い、ということなのかもしれないです。
俺知ってるで(ニヤリ)みたいな楽しさがあります。
たとえば、モンゴルって、北海道みたいな風景だとみんな思ってますけど、
モンゴルの草原っていうのは、全然違うんです。
あまりにも広すぎて、距離感が掴めないんです。
それと、生えてる草が、みんな、ハーブなんですね、
草原全体が、ほのかに香るんです。
映像とかでは、そういうことがぜったいにわからない。
みんなどうして僻地に行かないのか、
不思議なくらいです(笑)」

仲野先生が何度も言うように、
自分で行ってみなければわからないことは
たくさんあるだろう。
でも、わからないことがたくさんたくさんあっても
それを生活の枠組みの外側に追いやって
私たちは、生活し続けているような気がする。
生まれてからずっとパリに住んでいても、
小さな街の一角から外に出ることなく、
セーヌ川を渡ることなく死んでいく庶民は
珍しくなかった、という話を思い出した。
海を見ることなく死んでいく人もいる。
「山の向こう」に何があるかわからないまま死んでいく人もいる。
それはべつに、「不幸なこと」とは言えないだろう。
「わからないこと」は、人を、不安にさせる。
わからないことをわかるために研究し、旅をするより、
わからないことから目を背けてしまう方が、
手っ取り早く、安心できる。
あるいは、「わかったフリ」をしたり、
「既にわかっていること」の枠組みの中に放り込んでしまう方が
ずっとラクだ。

仲野先生はなぜ、「僻地に行きたい」と思うのだろう。
世界についての「基準点」を自分の中に作り上げたいと思うのだろう。

「知識欲、なのかもしれませんね、
食欲や性欲と同じで、
それをするときもちいい! ということがあるでしょう、
知ったなら、それが、きもちいいんです。
研究者はみんなそういうところがあるのかもしれませんが、
研究してると、とぎすまされてくるのかもしれませんね」

私たちは子ども時代、
砂が水を吸うように知識や言葉を吸収する。
仲野先生の言うように、
「きもちいい」から、そうするのだろう。
それがいつのまにか、知らないことを知り、ものを覚える動機が、
テストで得点し、人から評価されることにすり替わる。
「知らないことを知る」快楽と、
「人から褒められる」快楽では
多分、後者のほうが強烈なのではないか。
昨今の若者は本を読まなくなった、と言われるが、
日々読んでいる「文字」の量は、
昔よりももしかしたら、多いのかもしれない。
未知のことが書いてある本を読むより、
自分に対するメッセージが書いてあるSNSなどの文字情報を読む方が
ずっと魅力的だろう。

私が本を読んだり、旅をしたりするとき、
頭の片隅にはいつも
「これをどうやって文章にしようか」
という思いがある。
アウトプットを意識したインプットになっている、
と言えるかもしれない。
写真家は、無意識に見る景色をファインダーで切り取っているという。
仲野先生も、物事を考える時いつも
頭の中でシミュレーションしている、つまり、思考実験をする
という話をして下さった。
「これをどうやって、自分の仕事で料理しようか」
という邪念が常に、頭の中にあるのだ。

しかし「知識欲」は、ちがう。
「知りたい」「知った! という気持ちよさ」は、
アウトプットの邪念とは、別のものだろう。

私の中で、学校での勉強がいつからか、
「先生に賞められるため」「先生に怒られないため」
の行為になってしまったとき、
純粋な知識欲は、使わなくなって退化した器官のように
なりを潜めてしまったのかもしれない。
そのために「先生」が苦手になったのだとすれば、
なんとなく、納得がいく。
純粋に、知識欲を充たす快楽として「知る」ことを目指せたなら
先生は、怖くて苦手な存在ではなくて
親しみやすい味方としか見えないはずだ。

仲野先生の「知識欲」は、とてもまぶしく、羨ましく見えた。
そして、そのまぶしさに照らされて、
私自身の心のどこかにも
「知識欲」が、多少なりとも、あるのではないか?
という希望が微かに、生まれた。

 ***********

ちなみに、
文中では詳細は触れませんでしたが、
仲野徹先生著、岩波新書『エピジェネティクス』、お勧めです。
朝顔の色とか、馬とロバ、虎とライオンをかけ合わせる話とか、
三毛猫の毛の色の話とか、身近な具体例がいっぱいあって、
「へえー!」となります。
私は文系すぎて、一部、辛いところもありましたが
そのへんは飛ばし読みしても(先生すみません)、
十分エッセンスは味わえると思います。
また、エピジェネティクスの仕組みだけでなく、
それ以前の、学問や科学ということ全体にわたる考え方、のような文章も
読み応えがあります。
たとえば「生命科学研究における思考法」。
(1)確実なデータにもとづいて考える
(2)単純に考える
(3)一つずつ考える
(4)できるだけ厳しく解釈する
(5)できるだけ甘く解釈する
科学者や研究者でなくとも、生活の中で心がけたいと思う内容でした。
確実な情報に基づかないで、あれこれ想像し、妄想し、
あれもこれもとごっちゃにして考え、
イイカゲンに考えたり、狭量になったりしてしまう自分を反省しました。まる。


   

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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