石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第11回 リアル篇、プチレポート。その1

2015.02.02更新

闇鍋インタビュー第9回 脱線編がさらに脱線し、
「闇鍋インタビュー、リアル篇」がこのほど、
新宿朝日カルチャーセンターさんのお力を借りて、実現した。
つまり、私と阿藤さんが、お客様の前でお話をすることになったのである。
テーマは「運命」。
劇作家で演出家でもある阿藤さんと、
星占いの記事を書くことを生業にしているライターの私と、
のあいだに、
ふんわりとまたがっている大きなテーマが「運命」だ!

あくまで、私が勝手に思ったのだった。

星占いの記事を書く仕事の上では
しょっちゅう「運命」という言葉が飛んでくる。
読者から質問として
「私の運命はどうなっているのでしょうか」
「運命って決まっているんでしょうか」
と来ることもあるが、
それ以上に多いのが、雑誌の企画における「運命」である。
特集の企画書に、ほんとにしばしば使われるのだ。
「20XX年の私の運命」「恋の運命」など、
目にしたことのある方も多いだろう。
一般に「運命」と言うと、かなり重々しい言葉に感じられるが、
ファッション誌の世界で「運命」とは、
もう少し身近な、「運勢」を格好良くした言葉、
というような位置づけだと思う。
それは何となくわかる。
だから、揚げ足取りみたいなことをせずに、
ちゃんと許容して仕事をしたい思いもあるのだが
「『運命』がどういうものなのか、
やっぱり、よくわからないので、
私には『運命』を書く記事というのは、書けません」
など、失礼にも大人げない返事をしたことが一度ではない。
それは、企画した編集部の問題ではなく、
ほかならぬ私自身の問題なのだ。
つまり、「運命」というテーマに対して、
私が自分なりの決着をちゃんとつけていないから、
ひねくれた子どもみたいな返事しか返せないでいるのだ。
これは、よくない。

というわけで
「運命」をテーマに対談をしましょう
とは
私自身の事情による、ごく自分勝手な「むちゃブリ」だったわけだが
阿藤さんと朝日カルチャーセンターの横井さんは、
お2人ともびっくりするほどすんなりと
「おもしろい! オッケー!」という感じになった(私の感触です)。

あっというまに話がまとまり、
1月17日、私と阿藤さんは、130人を越えるお客様を前に
晴れて(?)新宿三角ビルの朝日カルチャーセンターさんで
「再会」したのだった。

普通「対談」といえば、最初から二人で話し始めるのだが
私は、最初から二人で話すより
最初に1人ずつ話をしてからの方が、
対談のナカミが濃くなるのではないか・・・
と考えている。
過去に2度ほどやってみたのだが、
どうも、その方がやりやすい。
お互いがその対談のテーマとして考えてきたことが大きく掴めるので
対話の糸口がみつけやすい気がするのだ。

で、今回も、
最初30分阿藤さんにお話しして頂き、
私はその間、壇を降りてお客様と一緒にお話を聞いた。
そのあと30分、私が話す番となり、
更にその後、対談へと持っていく、という段取りである。
阿藤さんは「対話は大丈夫なんだけど、一人で話すのは不安」と言っていたが
蓋を開けてみたらやはり、
彼女は予想を遙かに超える「語り手」であった。
阿藤さんの30分が始まってすぐ、
私は「これは、記事になる」と直観して
急いで盛大にメモを取り始めた。
これは、形を変えた
「闇鍋インタビュー」だ。


そういう頭に、なっている。

なにしろ、テーマが「運命」である。
30分でさくっと語れるようなハナシではない。
阿藤さんもそう前置きした上で、
自分の体験や演劇に携わりつつ感じたことなどをお話しします、
と、語り始めた。

「運命はありますか? ありませんか?
と言われたら、私は、
『あります』と言います、
というか、そう言うしかないです。
たとえば、
『因果』ではないことによって
すごく大きく人生が変わるようなことがあったとしたら、
誰でも
『何でこんなひどい目に遭うの?』
『何でこんな恋をしたんだろう?』
って思います。
この『何で?』っていう思いに名前をつけたのが
『運命』っていう言葉だと思うんです。
だから、これは、必ずある、と思った。
こんな大きなことが起こって驚いた、
そういえば少し前にああいう伏線があった、
とか、人間は自分に起こったことを
物語に見立てて考えます、
物語として思いなそうとするんです。
ありとあらゆることが物語としか思えない、
そういう頭になってるんだと思います。
物語って、何度でも読み直すことができます。
人間は、自分に起こった出来事を物語にして、
それに納得がいかなくても、納得がいくまで
くり返しくり返し読み続けていけるんです」

「このところずっと、運命について考えていたら、
毎日新聞に、川柳の投稿欄で『万能川柳』というのがあるんですが
そこに、こんな川柳を見つけました。
『運命と言って心を片づける』
というのです。
『それが運命だったんだよ』「そういう運命なんだよ』
という言い方をみんな、よくします。
これは、下らないと思いながらそう言う人もいるけど、そうではなく、
運命ということを大事にしながら言う人もいると思います」

自分に起こったことを、物語として捉える。
誰もがそれをする。
そう言われても、心当たりがない、と言う人もいるだろう。
私は自分に起こったことはありのままに受け止めます、
それを物語にしたことなど、ありません、
と言う人もいるだろう。
でも、人間は自分で思う以上に、
頭の中で多くの「解釈」と「意味づけ」を行っているところがある。

「石井さんはインタビューのとき、
録音をしないでやるんですが、
私が仕事でインタビューするときは、
レコーダー使うんです。
もちろん、メモもするんですが、
メモから原稿を起こしていくとき、
あれ、ここなんて言ってたっけ?
って思って、レコーダーで聞き直してみると、
びっくりするほどちがうことをメモしているんです、
記憶している言葉と、まずまちがいなくズレている。
えーっ?! 私何を聞いてたんだろう?って、
本当にびっくりするんです(笑)
でも、私のお芝居を観てくださった方が感動して、
舞台の後で私に話してくださることがあるんです。
『こういう内容でしたよね、
あのお話にはこういう意味が込められていて、
こういうことなんですよね!
そこにすごく感動しました!』
って、芝居の内容を語ってくださるんですけど、
それが、自分で書いたつもりのことと、
ぜんっぜん違うんです!(笑)
ストーリーとか、内容が、私の意図とまったくズレているんですが、
私はそういう、
自分の意図とはちがうことが伝わっている話を聞くのが
本当に大好きなんです。
それが演劇だ! って思うんです。
そういうつもりだったわけではないことが、
「そういうつもりだった」ようにして伝わっていく、
それが演劇です、
そこでやっと演劇が、立体になったような気がするんです。
だから演劇が大好き、なんですけど(笑)」

その人にとっての感動、意味。
私たちは、たった今見たお芝居の意味や内容を
劇作家を驚かせるほど、自分で新しく創り上げることができるのか。
それほどまでに、
私たちはかたくなに、自分自身だけの物語を日々、生きている、
ということなのだろうか。


  

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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