読む女

第11回 町内会のはなし

2010.05.28更新

お隣の家のおばあちゃま、イケダさんからポストに手紙が入っていた。

「次の班長は木村さんです。
 この班は世帯数が32世帯。
 町内でいちばん世帯数の多い班です。
 頑張ってくださいね。
 まずは今週末、N集会所で10時から班長会あるので、ご一緒しましょう。
 では、日曜日」

今年、町内会の一角の班長になった。
たまたま電話で話したともだちも、ある地区で今年班長をするのだという。
しかし、彼女は10世帯の班長であって、32世帯なんて多いのは聞いたことがないといわれる。
そうか、あなたのとこの3倍だものね・・・、などといいながら、少々不安になる。

この家に暮らしはじめて6年がたった。
おとなりや、お向かい、顔見知りの人はふえたとはいえ、32軒も顔見知りではない。
不安気なわたしをよそに、夫はいつもの調子である。
「こんなことでもない限り、わが家のまわり32軒のみなさんとお近づきになるなんてないし、いい機会じゃない」
そうか、そういうもんなのかと思う。

土曜日の9時すぎ、夫とふたりで歩いていると、後ろからイケダさんがいらしたので、集会所まで一緒に向かう。
「32軒て、ちょっとひと仕事よ。
でもそのぶん、次まわってくるのは32年後だから。
わたしなんて、もうまわってこないもんね。
つぎんときは死んじゃってる。うふ」
イケダさんは笑いかたがカワイイ。

集会所につくと、ほとんどがお年よりである。
若い夫婦は、ほとんど見かけない。
ふと横を見ると、ともだちのシンちゃんのお父さんがいる。
前を見たら右隣のオノウエさんだ。
班長でない人もわりと参加しているようで、50人ほどの会だ。

昨年の町会主導の行事報告と、それにともなう会計報告、そして町会長が、地域一帯の地主さんから、花屋のシライさんになった。
ご近所のちいさなお店が町内の細かな役割を担っていることを、はじめて知る。
古いおつきあいどうしだからなのか、思ったより意見交換が激しい。

こういった町内会の会議は、「忌憚のないご意見を」という声かけには、「めんどうな言い争いは避け、静まり返る」という図式かと思っていたので意表をつかれ、わたしも様々な考え方やアイディアに聞き入る。
お年よりのかたたちは、頭の回転がはやく、どの議題も真剣に話しあう。
そしてよくメモをとる。

最後に会計の役員さんから、班長は5月末までに年間の町会費を集金をするように、というお話があった。
32軒分の町会費って、集めたら額が大きいね、集まるまで銀行に預けなきゃね、なんて夫と話していると、イケダさんが夫の肩をぽん、とたたく。
「はじまるわよ」
何が始まるんだろうと思っていると、Mストアの人が前から順番に、アンパンと牛乳を配りだした。
毎年、これが最後のおたのしみ、ビンゴ大会への合図らしい。

参加は自由だそうだが、あっという間に配られたビンゴカードやアンパンを見て呆然としていると、イケダさんは、カードをヒラヒラさせて、
「遊んでく? うふ」
と、いたずらっ子のように笑う。
イケダさんは、ほんとうにカワイイ。
こんな誘われ方をして断るのは無粋である。

お年よりはみんな元気である。
景品は、町内会の役員の人たちが持ち寄った、花屋の花の苗、酒屋のワイン、雑貨屋の日用品などである。
そもそもこの会のビンゴの遊び方は少々通常の遊び方とはちがっていたので、しばらくビンゴが出ないまま時間がすぎる。
若い人たちは、これ、遊び方違うよねとヒソヒソやるが、みなさんは毎年そうやっているのであるからいいようである。

夫ともどもカードの穴はたくさんあくが、なかなか当たらない。
と、
「あ、ビンゴー」
と小さく言って静かに手をあげたのは、シンちゃんのお父さんだった。
花の苗とワインを片手に席へ戻ってきて、とてもうれしそうである。
「父ヒロシすごいね、もってるね!」
とわたしたちも思わず笑う。

つぎはお隣に座っていたしらないおじさんだった。
ワインとバケツのようなものをもらっていて、これまた満面の笑みだ。
そして、リーチが5つくらいなのに、なかなかビンゴにならないこの夫婦に、なんとか景品を! という感じで、おじさんはこちらのカードをのぞきこみ、
「あーっ!! 惜しい!!」
「あー、そっちじゃないよねぇ~」
などと反応してくれるので、こちらも期待に答えたくなる。

景品が残り少なくなった頃、わたしのカードがやっとビンゴをひき、ワインをいただけた。おじさんが自分のことのように
「おー! やりましたなー!! 当たりましたな!!」
と喜んでくれたり、イケダさんが勢いよく横で手をたたいてくれたりするのが、なぜだか本当にうれしくて、この日のビンゴやら景品は、ものすごく特別なことに思えたのである。

翌日、夫と集金をできるだけして家に戻ると、玄関にビニール袋がかけてある。
中をのぞくと、キャベツとタケノコが入っており、手紙が入っていた。
「木村さん、昨日はおつかれさまでした。
畑でとれたキャベツ、」
句読点の後は空欄であった。
この字はきっと、イケダさん。

こまごまとめんどうな用事は多いのだけれど、この班長の仕事をはじめてたった一カ月で、周りが益々いきいきと動くのを感じられるようになった。
いつも聞こえてくるこどもの声は、四軒先に住むこどもだと知ったり、ひとつ先の角には、柴犬と、めだかを育てているおじさんが住んでいる。
小さな町のたった一つの地域のなかで、まっとうに、ただ日々生き暮らしていくことの重さと、楽しさを、一日一日教わっている。
ここは、町内に対し、せめて夫婦でできる小さな役割は担いたいと願える町である。
今日はイケダさんと、くるみごはんを作る。

 かなりの人間の出入りがある以上、いわば両岸に依存しなければ孤立できない矛盾をかかえた中の島の守衛みたいなもので、そういう両性的な場所で季節を何巡かし、読書をしたり、書きものをしたり、音楽を聴いたりする楽しみをみずからに許しつつ、どこから来てどこへ行くつもりだったのか、なにを待ちつづけていたのかがわからなくなるまで、つかの間の真空状態を味わう。
・・・
 周囲にべつの人間が、べつの人格が、たとえ相互に無関心であろうと存在していないかぎり、どんなに内にこもっているつもりの人間でも存在できないはずではないか。自分はたったひとりだと考えるのは、だから恐ろしく傲慢なことだ。おれはひとりぽっちだと、そう考える余裕を与えてくれているのは、なんの血縁関係も、なんの力関係もない赤の他人たちだからである。

(堀江敏幸『川岸忘日抄』新潮社)

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木村桃子(きむら・ももこ)

ある時は着付けの先生、ある時は書店員、ある時は川原でぼおっとしているひとりの主婦。

KYOTO的で、多くの女性から支持された「読む女」。ひきつづき本誌で連載。

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