遊牧夫婦こぼれ話。

第5回 すごいぞカウチサーフィン

2014.10.03更新

「カウチサーフィン(Couchsurfing)」をご存知ですか?
 旅人同士、互いに自分の家に泊め合おうというコンセプトのSNS(交流サイト)です。  URLは、www.couchsurfing.org 。2004年に立ちあがり、現在全世界で900万人が登録しています。登録すれば誰でもすぐに利用できます。

 たとえば、ロンドンで10月5日から3泊、誰かの家に泊まりたいとします。その日程と場所、自分たちの人数などを書いて検索すると、泊めてくれる可能性のある人のリストが出てきます。それぞれの人の写真や自己紹介(興味、仕事、話せる言語、人を泊められるかどうかなど)が書かれたプロフィールページを見て、良さそうだなと思った人に直接連絡を取って、泊めてもらえるかどうかを確認するという具合です。

 ロンドン、ニューヨークといった欧米の大都市であれば、何万人という単位で登録者がいます。小さな町でもヨーロッパなどでは少なくとも数百人ぐらいは登録者がいる印象です(あくまで印象ですが。参考までに、2008年に自分たちが利用していたとき、たとえば、アテネやイスタンブールといった都市には数千人規模で、アフリカ・ザンビアの都市リヴィングストンにも30人ほどの登録者がいたことを記憶しています。まだ全世界の登録者数が200万人ほどの頃のことです)。

 いずれにしても、世界各地でそれだけの数の人が「うちに泊まっていいよ」または「泊められないけれど、一緒に食事でもしましょう」と言っているのです。もちろん、お互いに全く知らない人同士。そして金銭のやり取りは一切なしというのが大原則です。

「でもそれ危険じゃないの?」という問いがきっと多くの人に浮かんでいると思いますが、これがなかなかうまくできています。それぞれのプロフィールページには、その人を泊めたり、その人の家に泊まったりした人がレビューを書く欄があり、そこを見るとその人がどういう人物なのかざっくりとは想像できるようになっています。「彼はとってもいいやつだった」「会ってほんとに楽しかった」などと何人もの人が書いていたら、まず問題ないと考えられます。もちろん、リスクはゼロとは言えないので少なからず注意は必要ですが、このレビュー欄以外にも安全面についてはいろいろと工夫がされていて、実際これだけの数の人が10年間にわたって利用していながらシリアスな事件は一切発生していない(らしい)ということは、一筆に値するだろうと思います。

 と、なんだかカウチサーフィンの広報係みたいな書き出しになってしまいましたが、ぼくらも、2008年にユーラシア大陸を横断していたころに登録して、トルコ、ギリシャ、イタリアなどで何度も泊めてもらっているうちに、本当にこのコンセプトが好きになりました。最初は、「無料で宿泊できるなんてラッキー」といった意識で登録したのですが、実際に利用してみると、お金のこと以上に、旅先で現地の人の家に泊まることがいかに旅を面白くするか、魅力的なことか、ということを感じるようになりました。

 実際にどんな感じで展開するのか、印象的だった経験について拙著『終わりなき旅の終わり』の中に書いているので、以下にその部分を引用します。これはトルコ・イスタンブールでのことです。

 たとえばこんな人に泊めてもらった。セルジャンという同年代のトルコ人男性。

 泊めてもらう予定になっていた当日の午後、彼の指示どおり、ぼくらはイスタンブール市内にある彼の会社を訪れた。会社は広告代理店だったかで、立派なビルの中にあった。
「デカいバックパックを持ったまま、会社を訪ねてもいいのかな。怪しすぎるよな......」
 と話しつつも、ビルの入り口まで行って「着いたよ」と彼の携帯に連絡する。

「ちょっと待ってて」
 そう言って彼は、すぐに入り口までやってきた。
「ハイ! おれがセルジャンだよ」
 明るくて感じのよい男だった。目鼻立ちがはっきりしていて肌の色は白いものの、髪は黒く、アジアの雰囲気を持ち合わせている。笑顔がとてもチャーミングで、モテそうだなあと思わせる男だった。ひと通り挨拶を済ませると、彼はいきなり、
「これがうちの鍵。これで開くから、入っててくれよ」
 と鍵をぼくに渡してくれた。そしてそこから徒歩圏内にあるという家までの行き方を教えてくれたあと、こう言った。

「今日はきみらの他に香港人とアメリカ人が来ることになってるんだ。ぼくは八時ごろには戻れると思う。悪いけど、適当に夕食を作っといてくれないか? 近くにスーパーもあるし、冷蔵庫にあるものもなんでも使ってかまわないから」

 初対面同士の会話とは思えず、可笑しくなって自然とぼくは笑ってしまった。会って五分で長年の友人だったような気分になった。
「じゃ、あとで! よろしく!」
 軽快な様子で、彼はまたビルの中へと戻っていった。

 セルジャンに言われた通りに歩き出す。二十分ほど、バックパックを背負いながら坂道をゼイゼイ言いつつ進んでいくと、目的のマンションにたどり着いた。
 階段を上って部屋を見つけて鍵を回すとドアが開いた。中にはきれいな薄紫色の壁が広がっている。二階もあり、部屋が複数あるこぎれいな空間だった。

「自分の家に帰ってきたみたいだなあ。セルジャンとはさっき会ったばかりなのに」
「ここに私たち二人だけでいるのって、なんか不思議やな......」

 家には、彼のあらゆる所有物がある。パソコンやら何やら、大切そうなものもすべてそのまま置いてある。そこには何一つ、相手を警戒しているような形跡や仕掛けはなく、ただそのまま彼の日常が染みついていた。 

     (『終わりなき旅の終わり』<20イスタンブールでチベットを思う>より)


 一息ついたあと、ぼくらは買い物に行き、冷蔵庫の中のものも使ってパスタを作りました。するとそのうち、確かに香港人の若い男の子とアメリカ人の女性がやってきました。そしてセルジャンも帰ってきてから、5人で、初めましてといいながら、みなで夕食をとったのでした。


 セルジャンは、カウチサーフィンの旅人を泊めるのがとても好きなようで、そのためにわざわざ部屋がたくさんあるマンションに住み、毎日入れ替わり立ち替わり、いろんな人を泊めていました。

 そのあまりに開放的な様子にぼくはあるとき彼に聞きました。「高価なものとかも全部そのまま置いてあるけれど、大丈夫なの?」と。すると彼は、こんなようなことを言いました。

「多少モノがなくなるくらいのことはたしかにある。こうしていろんな人が出入りしていたら、それは仕方ないことだよ。
 でも、そういうことをする人は本当に稀なんだ。もしそういうわずかな盗難なんかも完全に防ごうとしたら、鍵を閉めて誰も泊めないという方法を選ぶしかなくなる。しかしそうしたら、大部分の素晴らしい出会いもすべて失うことになってしまうだろう?
 1%や5%のわずかなリスクを防ぐために、残りの95%のいい出会いまでもシャットアウトするなんてもったいないじゃないか」

 彼は概ねこんな意味のことを言っていたと記憶しています。
 ぼくはセルジャンのそのスタンスに共感し、実際こうして実践していることにかなり感激しました。日本に戻ってきて、なんでもリスクがゼロじゃないといけないという空気の中に暮らしてきて、セルジャンの言っていたことを改めて思い出す機会が増えています。生きていれば多少なりともリスクはある。それを完全に回避しようとするのではなく、少々のことは受け入れながら、自分にとって大切なことを見失わないように生きていくことが重要なんだ、と。


 日本に帰ってからは、ぼくらもカウチサーフィンの人を泊めようと思いながらもこれまでずっと実現できていませんでした。ときどき誰かから連絡をもらえば会ってご飯を食べたり、飲みに行ったりするという程度にとどまっていました。でも昨年引っ越してスペースにも余裕ができたので、いよいよ泊めてみようと、つい最近、「場合によっては泊められます」と、プロフィールページの表記を変更しました。すると、京都という場所柄もあり、驚くほど頻繁にさまざまなバックグラウンドの旅人から連絡が届くようになりました。

 日本を自転車で縦断中のイギリス人の学生2人組、世界一周しながらドキュメンタリー映像を撮っているフランス人、コントラバスを演奏するために日本に来ている韓国人のミュージシャン、一年間のハネムーン中のドイツ人新婚夫婦、日本語を学んでいるイスラエル人、日本文学が好きで作家を目指すオーストラリア人......。

 1ケ月も経たないうちにすでに30組以上から連絡がありました。彼ら一人ひとりのメッセージを読みながら、こんなにいろんな人が訪れていたことに改めて驚かされ、どの人にも会いたいし、泊めたいなあという気持ちが沸いてきました。

 結局、日程の関係もあってまだ1人しか泊められていないのですが、その最初の来客もとても素敵な人でした。それは、京都でインターンをしているお姉さんに会いに来たという26歳のフランス人女性でした。
 彼女は医学部をちょうど卒業したところで、間もなく働きだすためにその前の大旅行中とのこと。お姉さんは京都で何をやっているのかと聞くと、なんと掛け軸の修復を専門に勉強していて、修復作業を実際に経験させてもらうために、京都の表具師さんのところへインターンに来ているとのことでした。

 彼女はうちに2泊していっただけですが、とても仲良くなりました。彼女が別の宿に移ってからも、お姉さんも一緒に夕食を食べに行ったりして楽しく過ごしました。ぼくらの長女も、言葉がまったく通じないながらも彼女と2人で折り紙をしたりして、照れながらも彼女が家にいることを喜んでいました。「100泊してってほしい」とも(笑)。旅人を泊めると、自宅にいながらまるで自分が旅をしているような気持ちになることを感じました。

 ぼくは、カウチサーフィンで人の家に泊めてもらった国は、どこも特別な印象が残っています。自分がいま、いつかギリシャに住みたいと思っているのも、アテネで泊めてもらったギリシャ人女性2人の印象がとてもよかったからです。それだけ旅行者にとって、旅先で密にかかわった人の存在というのは重要です。泊める側になったいま、今度は自分たちが相手の日本の印象を形作る存在になるはずです。そのことが嬉しく、できる限り自分たちも日本にいい印象を持ってもらえるようにしたいなと思っています。


 さて、次はどんな人を泊めることになるのだろう。そう楽しみに思っていると、1つとても気になる連絡が届きました。それは30歳のベルギー人の写真家の女性からのものでした。
「自分の祖父に、じつは日本の女性との間に息子がいたことを最近知りました。そのことを母に聞いて、その『日本の叔父』を探すために、近々日本に行こうと思っています――」
 それを読んでぼくはとっても興味を持ち、是非協力したいと返事をしました。カウチサーフィンを通じてこんな連絡が来ることに驚き、この向こうに広がる可能性の大きさを感じました。

 どう展開するかはいまはまったくわかりません。ただ、なんだか自分にとっても大きな出会いになりそうな予感がしています。
 カウチサーフィン、興味ある人は是非覗いてみてください。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

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