遊牧夫婦こぼれ話。

第7回 ものを書いて生きていく 前編

2014.12.05更新

 先週、アメリカ「ルート66紀行的」なものをアップしてもらいましたが、こちらの都合によっていったん掲載を中止してもらうようお願いしました。他の仕事で行った取材だったのに自分が載せるタイミングなどを甘く考えていたことが原因です。ミシマ社さんにも読者のみなさまにも、ご迷惑をおかけして申し訳なく思っております。大変失礼いたしました。

 そこで、先の原稿の代わりに、まったく別な原稿を書きました。以下、読んでいただければ幸いです。
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 ここ何年か、大学や講座などで自分の仕事や生き方についてお話する機会を時々いただいています。自分はまだいろんな意味で中途半端で、道半ばも道半ば、人に何かを語ったり教えたりするような立場にはないことを強く自覚しながらも、その道半ばなライブ感を共有してもらうことにもそれなりに意味があるのかもしれないと思い、お話させていただいています。そして同時に、自分にとってはそれが自分の仕事を振り返る貴重な機会ともなっています。
 そんな中で、先日、大学の講義で学生に話をしながら思い出した気持ちがありました。今回はそのことについて書こうと思います。

 それは「プロ意識」についてです。
 いまでこそ自分は、書くことが仕事であるという気持ちはしっかりと持っているつもりです。日々仕事をする中でその意識の重要性をとても強く感じています。
 しかし思えば、大学3,4年のときぐらいまでは、文章を書くことを仕事にするなんて想像もしたことがないようなタイプの人間でした。それまで本にもほとんど興味はなく、恥ずかしいことながら、高校時代までの18年間で読んだ本はおそらく通算10冊ぐらいしかありません。
 だから、と言うべきではないかもしれませんが、ぼくは長らく、自分が書くことを仕事にしているということがなんだかいつも腑に落ちないような気持ちがありました。
 ようやく「プロ意識」のようなものをそれなりに持つようになったのは、思えばそんなに昔のことではありません。はっきりしているのは、2011年にはその意識はまだ希薄だったということです。

『遺体』石井光太(新潮社)

 自分に明確にそのことを感じさせてくれたのは、作家・石井光太さんの著書『遺体』でした。
 2011年10月に刊行されたこの本は、石井さんが、東日本大震災の直後から岩手県釜石市の遺体安置所に詰め、そこでの壮絶な風景と人間模様を描きだしたノンフィクションです。これを読んだときぼくは、この本は記録としても読み物としても、100年後も残っていくのではないかとも感じました。それくらいの名著だと思います。
 本に対する感銘とともにぼくが圧倒されたのは、石井さんと自分との、書き手としての力量の差は言うまでもありませんが、プロ意識の違いでした。

 とてもわずかな経験ながらも、自分も震災から1カ月半が経った2011年5月初旬に被災地に行きました。仙台で車を借りて5日間ほど、海岸沿いを北上して岩手県陸前高田市の先あたりまでの地を走りました。京都にいて地震の揺れをほとんど感じることなく、ただテレビでの映像を見て呆然としているだけであったことがもどかしく、とにかく動かないといけないという気持ちでした。
 自分は実家が東京にあり、家族も友人たちもみなそれぞれに大変な思いをしながら過ごしているのを聞いていたからということもありました。自分も少なくともあの現場を見なければいけない。何かを感じ、できることをしなければいけない。そう強く思い、行くことにしたのでした。

 実際に現場を訪ねると、その風景に圧倒され、呆然とし、激しく心を揺さぶられました。自分にできることはとてもわずかしかなかったけれど、避難所をいくつか訪れ、宮城県の南三陸町では、子どもたちに勉強を教える手伝いをしたりして、自分なりに人と触れ合い、現地の空気感や色、においや音を肌に染み込ませることはできました。短い滞在ではあったけれど、それは自分にとってその後の行動へとつながるとても大切な日々となりました。

 しかしその日々の中でぼくは、書き手として人に話を聞くということが一切できずにいました。こんな状況の中で、書くことを目的に人に話を聞くということをとてもできる気がしなかったのです。また、この現場で話を聞いて何かを書けばそれが自分にとって仕事になるということを、後ろめたいことのようにも感じていました。

 しかし京都に戻ってしばらくすると、本当にそうだったんだろうか、と思うようになりました。話を聞くことをしないでただ手近にできることだけをやることが本当に自分のとるべき選択だったのか。それが疑問に思えてきたのです。自分は逃げていただけなんじゃないか、と。


  

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

中国でお尻を手術。

終わりなき旅の終わり

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