遊牧夫婦こぼれ話。

第20回 生きることの愛おしさ

2016.01.03更新

 また、新年がやってきました。
 30代最後の年であった2015年は、本当に矢のように一瞬で過ぎ去り、いよいよ2016年、40歳を迎える年となりました。10年前、中国で30代が始まったとき以上に、人生の節目がやってきたという気持ちをいま強く抱いています。
 昨年のスピード感はかつてないほどのものだったけれど、それは決して、2015年が特に早かったということではないのでしょう。
 歳をとるほど早くなる。
 だとすれば毎年、その年が最も早く過ぎ去ったように感じるということです。2016年はもっと早いし、2017年はさらに早いのだろうと想像しています。

「遊牧夫婦」の旅に出たのは早13年近く前、2003年のことです。当時ぼくは26歳で、妻モトコは27歳。日本を出るとき、予定していた3,4年という旅の期間は、ほとんど無限に近い時間のように思えました。もちろんいつか終わりがくることは頭ではわかってはいたものの、それは極めて遠い先のことであり、考える必要のないことだと感じていました。ましてや40代になることなど全く現実味のない未来でした。
 いや、そんなことはない、いつかこの旅も終わるし、人生にも終わりがくる。初めてそう実感として感じたのは、日本を出てから2年が過ぎた2005年、中国雲南省で大腸ポリープが見つかったときのことでした。「いずれがん化する可能性もある」。そう聞いたとき、自分の身体も徐々に朽ち衰え、いつか消滅するのだということをはっきりと自覚したのでした。29歳、いまから10年前のことになります。

 身体の中に手術で切除すべき異物があり、その延長線上にがんという存在があるのを知ったことは、少なからず自分の意識の中では、人生が、果てしなく無限に延びる直線ではなく、始まりと終わりのある有限な長さの線分として見えるようになる経験だった。
 自分はいま、その線分の上を、絶え間なく終わりに向かって歩き続けている。すでにその何割かは歩き終えてしまい、後ろをいとおしく思い振り返ったとしても、決して戻ることはできない。ただひたすら前に向かって歩き続けるしかない。その「終わり」の端っこがいつ訪れるのかもまったくわからない。もしかするとその終点は想像以上にずっと遠くにあるのかもしれないし、逆に、もう目の前に迫っているのかもしれない。それは生きているからには誰にとっても公平に同じことだ。そしていつか必ず終点にたどりつくということもまた誰にとっても自明なのだ。
     (『中国でお尻を手術。』 16滞在一年。中国での職探し)


 がんという、どこか別世界の話であるように思っていた病気が、自分と結びつくものであることを知って突然そんな思いを持ったのでした。しかしこう気づいたとき、だからといって決して後ろ向きな気持ちになったわけではありませんでした。上の文は次のように続きます。

 しかしながら、その実感は、決して悲観的なものではなかった。時間が有限であり、人生がいつか終わる、ということを生々しい感触として気づいた瞬間、急に、いま生きている時間がとてもかけがえのない、素晴らしいものに思えてきた。身の回りの風景が急にその輪郭を強め、色合いも鮮やかに見えるようになった。まるでメガネを調整し直したあとのように風景の細部までが見て取れ、とれたての夏野菜のように、緑は濃く色を発し、赤はヴィヴィッドに浮かび上がってくるような気がした。
 はっきりといつか終わりが来るからこそ、喜びがある。時間は有限だからこそ、この瞬間に力を込めて生きることができる。ぼくは、自分が心からそう思えるようになっているらしいことに気がついた。
(同)


 本当に、そう思えたのでした。何かすがすがしい気持ちになったことを覚えています。自分もいつか死ぬんだと感じたと言っても、決してリアルに死と向き合ったわけではないからそんなことが言えるのかもしれませんが、自分にとってこの気づきは、それからの生活のあり方を少なからず変える、とても大きなものでした。その感触を肌にひしひしと感じながら、ぼくは30歳になりました。

 30代は、上海での生活、ユーラシア大陸横断、そして帰国という変化に富んだ日々からスタートしました。旅が終わり人生が新たなフェーズに入ると、今度は京都で、初めて地に足の着いた生活を営んでいくための試行錯誤の時期が続きました。その間に家族も増え、「遊牧夫婦」という時代は完全に過去となっていったのでした。

 30代も残りわずかとなったここ数年は、家族のことでも自分のことでも病気について考えざるを得ない機会が増えてきました。また、風邪を引いたら以前のようには治らないし、食べたものや運動の有無ではっきりと体調が左右されることも感じるようになりました。人生が折り返し地点に差し掛かり、肉体的にも確実に終わりに向かって前進しているということを、さまざまな場面で突きつけられるのです。そして、日々の速度が上がっていく中で、自分が残りの人生でできることは明らかに際限があることがわかってくるし、50代の自分も60代の自分も、いまの自分自身と地続きに想像できるようになってきました。

 もちろん、もっと上の世代の人から見れば40歳なんてじつに若いということになるのだろうとは思いますが、人生の後半戦に入るということは、気持ち的にも肉体的にも大きな節目であることは間違いないように感じます。
 生きられる時間が限られているという実感が強くなるほど、時間の経過が早く感じられるというのは、なんと無情なことだろう、とも思います。

 しかしその一方で、いまとても強く思うのは、人生が早くなるほどに一日一日が愛おしく感じられるということです。これは29歳の時に感じた、素晴らしいもの、という気持ちとは似ているようで異なります。素晴らしいかどうかは関係なく、とにかく愛おしい、大切である、という気持ちが芽生えるようになっています。その違いを思うとき、それが10年ぶん年をとったということなのだろうなと感じます。
 生きることの愛おしさ。
 この思いを出発点に、自分自身が確かな感触をもって語れることだけを言葉にしていく40代にしたいと思っています。

 今年も皆様にとって良い一年でありますよう。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

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