遊牧夫婦こぼれ話。

第24回 理想と現実のあいだで

2016.05.06更新

 前回書いた金銭問題がそう簡単に解決するはずもなく、相変わらずいろいろうまくいかない時期が続いています。今年は前厄。やはりなあ、などと思いながらなんとかやり過ごしているのですが、そんな最近、ある取材で伊豆半島の先端の南伊豆町に行きました。

 伊豆半島は本州で唯一フィリピン海プレートの上にあり、植生などもどこか異国情緒に満ちています。その半島の付け根に位置する熱海から、ローカルの電車で海沿いに半島を下って1時間半~2時間ほど、そしてさらに車で15分ほど行った、まさに半島の先端にあるのが南伊豆です。
 今年1月に、他の取材で初めて訪れたのですが、その際に住民の方たちと飲む中で、この町には都会からの移住者が多く暮らしていることを知りました。最初に移住者が来だしたのは3、40年も前のこと。それが最近かなり増えて、人口が9000人に満たない中、いまでは移住者が200~300人ぐらいには上るのではないか、というのが現地の人から得た感触です。

 今回、そのときに知り合ったある移住者の話を書くために再び訪れたのですが、2泊3日の短い滞在の中、南伊豆の雰囲気をそれなりに体感することができました。
 ぼくが取材した相手の人は、ちょっと寄って何か飲み食いでき、本や雑貨も買えるお店を開いています。その店に出入りしていると昼間も夜も、いろんな人がやってきます。
 海外の雑貨や調度品などを売る60代の男性や、同じく60代のガラス工芸の作家さん。木こり、ミュージシャン、漁師の若者もいれば、画家もいます。近所のおばあちゃんが山菜を持って来たり、ヒッチハイクで日本縦断中の大学生もふらりと店に寄っていったり。ガラス工芸の作家さんは移住してすでに30数年。手ノコギリを使って自ら作った家に住んでいるのですが、その人の案内でほとんど道なき山の奥の方まで行ってみると、緑の木々が生い茂る中、ベルギー人の大工さんが古い家屋を丁寧に建て直していました。なんとも不思議に思える一方、とても自然な光景のようにも思えました。

 出会った人の多くが、都会から移り住んできた移住者でした。話すとそれぞれに、生き方も考え方も仕事の仕方も、独自の考えを持っている。と同時にみな、周囲の山や海が作り出す自然のリズムに身を任せて生きているようでした。

 たった2、3日いただけであり、もちろんぼくはその生活の一端しか知りません。しかし、京都で暮らす自分の生活とのリズムの違いをとても強く感じました。なんといっても、お金の介在がきわめて少ない。もちろん生きていくためにそれなりに収入は必要ですが、何しろ物価が安いためにその金額は限られています。その分、それぞれに技術があったり、生きるために何らかの工夫をしている。住む場所も店の内装も手もちの材料でできる限り自分でやる。水も自分で引いたりする。お互いにものを譲り合い、使えるものはとことん使う。みなが立ち寄るその店は、飲食をしてもお金をとるという雰囲気でもなく、食べた人も、それだからというわけでもなく、また別の日に何かを持ってきたり、できることを手伝ったりする。それで、とくに問題なく社会が回っているようでした。

 豊かさとは何だろう、お金とは何だろう。
 そんなことが何度も頭をよぎりました。さらには、自分はなぜいま、こんなに生活に追われ、お金のことで悩んだりしているのだろうかとも考えました。その一方、もちろん彼らには彼らの、自分にはないいろいろな悩みがあるのかもしれないことも想像しました。

 自分はいったい、人生に何を望んで生きているのだろう。
 10年前、中国の昆明に住んでいたころを思い出しました。南伊豆に移住してきた人たちの雰囲気が、昆明で暮らしていた日本人や西洋人たちとどことなく似ていたからです。お金はあまりないけれど、必要もない。時間があり自由がある。やっていることはそれぞれに違うけれど、根底にみな、互いに心地よく感じられる共通するリズムを持っている。
 ぼくはその雰囲気を懐かしく思いながらも、自分はいまではそういった感覚を失ってしまっているのかもしれないとも感じました。そしてふと、帰国してからの7年という時間の長さを思いました。


 初日の夜、彼らと飲み話している中で、「果たして理想は実現できるのか」といった話になりました。30代、40代、60代の男たちが話す内容としてはじつにナイーブなテーマのように思いながらも、ここではとても自然にそんな話ができてしまう。
 「理想は必ず実現できる、思い続ければ必ずちゃんと実現するよ」。ある人がそう言ったのを聞いてぼくは、南伊豆という土地には、もしかするとそう思わせるだけの理想的な世界があるのかもしれないなと想像しました。彼らと話し、この町の空気に触れていると自分もそういう気持ちになれそうな気もしたし、後日、ある雑誌の記事を読むと、南伊豆への移住者が次のように話していました。

<伊豆に移住してきた人はみんなポジティブで、よく「願えば叶うよ」って言うんだ。実際に希望の生活を実現化してるから、そう言えるんだと思う>
(スペクテイターVol.20 「南伊豆――ディープサウス」より)

 しかし一方ぼくは、理想は必ずしも実現できるとは思っていません。
 理想を持つことは重要で、理想を捨ててしまえば世の中はどんどん悪い方向に進んでしまう。だから理想は絶対に必要だと思っています。しかし必ずしも信じればその通りになるわけではない。とてもシンプルな例を挙げれば、いくら交通事故を無くそうとしても決してゼロにはなりえないのと同じです。ぼくはそんなことを言いました。
 そしてさらに少し考えて、やはり理想は必ずしも現実にはなりえないという思いを強くしました。
 描いている理想は一人ひとりみな違う。同時には成立し得ない理想をそれぞれが持っている。それゆえ、自分の理想を実現させようとすれば排他的にならざるをえません。
 すなわち、理想が実現できないと受け入れることは、多様性を認めることと同義なのではないか。ぼくはそのとき、そう思い至りました。だからいま、いろんなことがうまく回らないのも仕方ないというか、理想通りにいかないのは世の中いろんな人がいるから仕方ないのだと、若干無理やりながらも納得できるような気になりました。
 ただ自分も、もし南伊豆に住んでいれば、あるいは理想は実現できると心から思えるのかもしれないな。そのときぼくはそうも考えていたのでした。

 いい年齢のおじさんたちが理想について語り合えていることがなんだかとても豊かなことのように思えました。そしてこのとき自分も、昆明に暮らしていたときのように、南伊豆のゆったりとしたリズムに自然に身を任せられていることを嬉しく感じたのでした。


 人生の風向きは急に変わるものなんだなあ、とこの半年くらいの自分の生活を見ていて感じます。しかしそれも結局は自分次第のような気がしてきます。旅に出て、人と出会い、普段とは違う流れに身を任せると、ふとまた変化することを感じるからです。
 人生の風向きは、結局は自分で作り出しているのかもしれないなあ......。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

中国でお尻を手術。

終わりなき旅の終わり

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