遊牧夫婦こぼれ話。

第27回 あとで振り返るから気づくこと

2016.08.05更新

 最近、サイエンス関係の取材をする機会が多く、特に素粒子物理学とその周辺の分野に関してはここ1年ほどの間に複数の専門家から話を聞く機会を得ています。
 それはたとえば、ニュートリノ、ダークマター、原子核、重力波といった分野の専門家です。ニュートリノに関しては、その研究で世界的に知られる巨大な観測装置「スーパーカミオカンデ」を見学させてもらったり、ダークマター(私たちの目に見える物質よりもずっと多く存在するものでありながら一切正体がわかっていない物質)に関しては、検出装置の見学に加え、その解明のために昨年ロケットで打ち上げられた実験装置の開発者に話を聞いたり、といった具合です。

 自分は大学に入った当初は宇宙物理のような分野を研究したいと思っていたこともあり、いまなおその世界への憧れがあります。そのため、最新の研究を知るほどに面白く、もっと知りたいと思うようになっています。
 とはいえ大学時代には、想像以上に早々に方向転換してしまった過去があります。1年のときに量子論や相対論の授業を受けて全く意味が分からなくて、これはダメだと、さっさと諦めてしまったのです。きっとそれぐらいの志でしかなかったんだなと感じますが、一方、いまになってこういった分野について入門書を読んだりして学んでみると、じつは早々にあきらめるほど難しくはなかったのではないか、と思うことがよくあります。
 理論の細部はもちろん相当難しそうで、到底いまの自分が読んですぐ理解できるなどということはないものの、考え方そのものはじつはかなりシンプルだったりすることに気づかされるのです。ニュートリノもそうですが、一見難しそうに聞こえても、よく読んでみると、興味があればおそらく多くの人が「なるほど、そうだったのか!」と思えるはずのものは多くあります。
 それなのに自分は、大学時代、そういう概念的な部分をちゃんと知ることもないままに、ただ、難しそうな理論の部分だけを見て、ああ、ダメだと思って脱落してしまっていたのです。 

 たとえば、ニュートン力学の世界観と、20世紀に入ってそれにとって代わった相対性理論の世界観は根本的に何が違うのかということを学生時代の自分はうまく説明できませんでした。ニュートン力学については、F=m aという運動方程式の意味はわかるし、それを用いて物理の問題は解けたけれど、ただそれだけ、という感じ。相対性理論については、その核となる式がE=m c2であり、「エネルギーと質量は等価である」ということを示していること、また、なんとか効果は相対論的現象だとか、そういった事例をいくつか知ってはいるものの、それらの間にいったいどのようなつながりがあるのか、ニュートン力学とはどんな関係になっているのか、といったことがよくわかっていませんでした。
 でもいまは、ニュートン力学と相対性理論の違いは何かと言われれば、絶対的な基準とするものが異なっている、それが本質である、ということがわかります。

 すなわちニュートン力学は、「空間と時間は、誰が測定しても同じ結果が得られる絶対的なものである」ということを出発点として世界を作り上げているのに対して、相対性理論は、「空間も時間も絶対的なものではない。見る人、測定する人によって異なってくる。一方、光の速度だけはだれが測っても平等に等しい絶対的な量である」ということを出発点として世界を築き上げています。その出発点の違いによって描かれる世界観が全く違ってくるというふうにぼくは理解しています。
 とりあえずそれさえわかれば、あとの部分はそこから導き出される結果であり、案外すんなりと理解できそうな気がするのに(実際は相当難しいことは間違いないのですが)、大学時代はなぜか本質的ではない細部にばかり目がいって、まったく全体像が理解できていませんでした。いま思うとあまりにも基本的なことなのに、なぜそこからスタートできなかったのか、我ながら非常に疑問に思うことがあります。


 同じようなことを、スポーツでも感じます。
 ぼくは高校時代にバスケットボールをやっていたのですが、いまバスケットボールの試合を見ながら当時の自分を思い出すと、なぜ自分はあんな動きしかできなかったんだろうと思うことが多々あります。あそこでこうフェイクを入れたらじつは簡単に抜けたんじゃないか、あのとき外にパスをしていればあの局面は打開できたのではなかったか......と。
 まあ、バスケについてのこうした気持ちはほとんど妄想に近く、実際にやってみたら全く身体が動かなくて、頭でシミュレーションするようにはできっこないということはわかるのですが、ただ当時は、実際にできるかどうかは別としても、そのように考えることすらしていなかったのではないかということをよく感じるのです。

 物理学を学ぶにしてもバスケをやるにしても、おそらく自分は、一歩下がって全体を俯瞰して考えるということがまったくできていなかったのです。そして、おそらく多くの人にとっても、それは同じらしいということを最近感じるようになりました。
 たとえば歴史の勉強について、少なからぬ人が次のように言っているのを耳にします。
「大人になってから歴史の本を読んで全体の流れを知ったらとても面白いことがわかった、なんで子どものころは全体の流れを見ずにただ年号だけを覚えようとしていたのだろうか」
さらに「中学時代にいい先生に当たっていれば、あの先生が流れをちゃんと教えてくれていれば」という記憶も結構な人が持っているような気がします。

 そのように、多かれ少なかれ誰もが同じような記憶を持っていることを考えると、おそらくそれは、先生のせいばかりではないはずです。こちらのものの見方の問題だったのではないかと思うのです。
 みなそのことを、あとで振り返って初めて気づく。そういうものなのかもしれません。おそらくそれが、年を取るということの意味の一つなのかもしれないな、と思います。


 しかし、同時に気づくのは、進路の選択でもスポーツの技術でも、「いまやればできたはず」ということは、ほとんど意味を持たないだろうということです。そのときにできたかどうか、その年齢のその場面において、そう考えることができたかどうかが重要であり、その積み重ねこそがその人の人生になっていくのだと思います。それだからこそ、その瞬間瞬間を大切にしなければならないのだ、と。
 人生が有限であることとはきっとそういうことなんだろう。
 と、いま改めて思っているのは、先日ついに、生きてきた時間が40年という節目を迎えたからなのかもしれません。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

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