遊牧夫婦こぼれ話。

第28回 異国に住みたい、仕事はどうする?

2016.09.02更新

 家族で新たな長期の旅を始めたい。
 長女が生まれてしばらくすると、そう思うようになりました。しかしそれから何も動き出すことはないままに5、6年が経ちました。
 再び長旅に出ることにあまり興味を示していなかった妻は、当初こう言っていました。
「賃貸の部屋を引き払って旅に出て、数年して戻ってきたら住む場所もなくてとりあえず子連れで実家に転がり込んで、『さあどうする?』っていうのはありえへんで」
 その言葉には説得力があり、確かにそれはそうだよな、とぼくも返す言葉がないままでした。
 ではどうすればいいか。その一つの方法が戸建ての家を買うということでした。妻はこうも言いました。
「でも、家を持って、それを人に貸すことができれば、旅に出てもローンも返し続けられるし、帰る場所もある。そしたら数年旅に出るっていうのもありなんじゃない?」

 もともとぼくは家を買うなど自分にはまったく無縁な気がしていて、全然積極的になれませんでしたが、妻にそう言われてみると、なるほど、確かに家を買ったほうが旅にも出やすいのかもしれないと思うようになりました。そして何よりも、それで妻が旅に出ることに前向きになるのであれば、それが一番大きいと感じました。
 一方それとは別に、一度家を買ってしまえば月々の支払は賃貸に住むより安そうだし、ローンを組むなら年齢的にも早いほうがいい、といったテクニカルな問題もあり、ほどなく妻は熱心に家探しをするようになりました。その甲斐あって、2013年、次女が生まれたすぐあとに、ついに戸建ての家に移ることができたのでした。

 旅立ちのためにまずは最低限の環境が整った。よし、いいタイミングを見て旅に出よう。
 引っ越し後、ぼくの中でそういう気持ちが少しずつ高まり、新たな旅について具体的に考えるようになりました。子ども2人も一緒のため、かつての5年の旅のように行き当たりばったりにはいかなそうなので、どこか異国の町に住もう、期間も1年でもいいし、とりあえずどこか新たな土地に行こう。そう考え、場所をどこにしようかといろいろと検討し始めたのでした。
 イスタンブール、アラスカ、ギリシアの島、さらにはキューバ。いくつもの候補があがりました。ただし、ぼくと妻の希望の食い違いもあり、話にはなるものの何も具体的に進まないまま時間ばかりが過ぎました。二人目が生まれて以降、あれやこれやと日々の生活に追われっぱなしということもありました。
 しかし昨年、「人生は有限だ」ということを切実に感じさせられる経験があり、それによって、若干自分の気持ちも動き始めたのでした。このままでは何も進まずに人生が終わってしまう。ギリシャだとか言っていてもどうにも実現する気がしないので、もっと現実的に考えられる場所にしよう。そう考えるようになりました。やはりすぐに生活をしていかないといけないことを考えると英語圏にならざるを得ない。オーストラリアかカナダはどうだろう。そのように、具体的なプランをイメージできそうな場所でちゃんと考えていこうという気運が若干高まったのでした。

 しかし、それから1年ほどが経ちましたが、その後もまるで進展のないまま、いまに至っています。
 というのも、今年に入って一時収入が不安定になり、移住の現実性がますます乏しく感じられてきたからです。
 前の旅のときは二人だけだったためにそれぞれ働くことができましたが、子連れではそうはいきません。子どもたちがすんなりと小学校や保育園に通うことになればいいのですが、そう仮定するのはちょっと安易すぎるため、とりあえず働けるのは一人だけだと考えざるをえません。とすれば、これまでの流れを考えるとぼくが働くことになるわけですが、いまの生活を一度リセットして異国で生計を立てようと思うと、日本では可能だとしても、どうしても異国で書くだけでやっていくイメージがつきません。
 いつもそこで考えが行き詰ってしまいます。
 とりあえず行ってしまってから何かを探そう、それでもきっと大丈夫、なんとかなる、という気持ちはいまなおそれなりにあるものの、しかし、日々二人の子どもを目の前にしていると、なかなか、よしそれで大丈夫だと、思い切って行動することができません。
 やはり無理なのか......。ずっとそんな気持ちを抱えたまま、ただ毎日があわただしく過ぎていき、正直、徐々に気持ちが薄れていっていることも感じます。


 そもそも異国に住みたいのはなぜなのか。それは決して、日本がいやだ、海外により良い場所、理想郷を求めたい、ということではありません。住めばどこもいいところはあるし悪いところもある。日本に住むことに特に不満はありません。むしろ仕事に関していえば、日本でしていたいという気持ちが強くあります。文化的にも言語的にも自分が最も深くコミットできる場所で、深く掘り下げて書いていきたい。そういう気持ちが強まっています。
 しかしそれでもやはり、何年かおきに住む場所を変えたいという気持ちが自分にはあります。それは、一つの場所にいると、どうしてもいろんなことがルーチンになり、停滞していくように感じられるからです。
 住み始めたときにはいいと思っていたことにも、いつしか新鮮味がなくなっていき、喜びや感謝する気持ちもなくなってしまう。そして知らぬ間に考え方も凝り固まっていったり不平ばかり言うようになってしまう。文化の異なる新たな土地で暮らし出せば、きっとまた日々の出来事一つひとつが新鮮に感じられ、停滞しつつある気持ちの多くがリセットされるように思うのです。

 こうして言葉にしてみると、やはりいまのうちに、1年か2年でいいからまた異国で住みたいという気持ちがわいてきます。子どもたちにとってもきっとそれは何にもかえがたい日々になるのではないかという気持ちもします。
 ではどうすればいいのか。
 何かまったく別な仕事をやってみるのもありかもしれない。いまふとそんな気持ちがわきあがっています。書き続けたいという気持ちに変わりはありませんが、何年かまったく別な仕事をするのもありかもしれない。住む土地を決め、そこでできる仕事を考えてみる。するとそこからまったく予想しなかった人生が広がっていくかもしれません。そしてきっとその経験は、これから書き続ける上でもプラスに働くのではないか......。

 もちろん、異国で自分に何ができるかということをまず考えなければなりませんが、自分は住む場所への柔軟性に比べて仕事への考え方がまったく柔軟ではなかったことにいま気づかされました。
 いったい自分には、どんな可能性があるのだろう。そう考えてみるだけで、世界は少し、広がるのかもしれません。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

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