遊牧夫婦こぼれ話。

第31回 危険だと承知でもなお、旅に出るということ

2016.12.02更新

 先月、長期旅行中だった日本人大学生が南米コロンビアで強盗に撃たれて死亡するという痛ましい出来事がありました。
 ニュースによれば、その大学生、一橋大学社会学部4年生の井崎亮さんは、コロンビア北西部のメデジンにたどり着いたその日、宿に荷物を置いて近くのパン屋さんへ向かっていた。その道中、脇に抱えていたタブレット端末を2人組に奪われ、追いかけて犯人を捕まえようとしたところ、頭部を撃たれてしまったとのことでした。
 亡くなる数分前までは、おそらく彼と同年代の多くの若者と同じく、人生が間もなく終わるなどということは全く想像もしていなかっただろうと思います。明日も、来週も、来月も、来年も、訪れることは疑いもないはずだった。しかし、不運にも彼の人生は、たまたま通りで出くわした強盗によってその一切を絶たれてしまったのです。

 タブレット端末を奪われて、彼は犯人を追いかけた。そして追いかけた先で彼は銃で撃たれてしまった。
 そのことを知ったとき、ぼくは2年半ほど前、自分が上海でまんまと男に騙されてしまったときのことを思い出しました。ぼくはその男と路上で知り合い、一切疑う気持ちもなく一緒に数時間過ごした後に彼の誘いに乗ってお金を巻き上げられる展開になったのですが、そのことにかなりのショックと怒りを覚えて、翌日、たまたま男を見つけることができたために、捕まえて揉み合いとなったのでした(顛末の詳細はこちら)。
 ぼくはそのとき、男に散々言いたいことをぶちまけたのですが、ちょっとしたタイミングに彼は一気に逃げ出しました。その瞬間、追いかけたいという気持ちも沸きましたが、男が走り去った先に広がる暗がりを見て、その闇の中で起こりうる危険を想像して、追うのをやめました(体力的に追うことができなかったということもありました)。そして、彼が逃げる後ろ姿を、悔しい気持ちと、とりあえず言いたいことは言えたというある種の達成感のような気持ち半々ぐらいを抱きながら見つめたのでした。
 ぼくの場合、詐欺師に騙されて金を失ったのは自分の落ち度によるところが大きく、しかも男と揉み合ったのは騙されてから丸一日経ったあとだったこともあり、お金は戻らずとも、まあ仕方ないという気持ちでした。しかし、自分も井崎さんのように、大切なものを盗られた直後で、まだ取り返せる可能性があったとすれば、彼と同じく、そのままどこまでも追っていったかもしれないような気がします(ネットで見た記事の中で彼が泊まっていた宿のオーナーが語っているように、井崎さんはタブレットそのものよりも、その中に保存していただろう旅の写真などを取り戻したかったのではないかと想像します)。

 ぼく自身、長旅の途中、中央アジアのキルギスで、乗り合いバスの中でスリに合って財布をすられ、恐らくこの男だと思った人物とともにバスを降りて問い質したことがありました。そのときは、その場で彼の身体を調べさせてもらい何も見つからなかったものの、あきらめきれずしばらく彼についていきました。
 しかし、状況からしておそらくバスの中に仲間がいて、ぼくの財布はすでにその仲間の手に渡っていたため、どうしようもないだろうという気がしていました。しかもその仲間は、同じ停留所でバスを降りた男で、少し前に自分の目の前を早足で通り過ぎていった人物であっただろうということも、途中で推測がつきました。そしていずれにしても、目の前の男がとった証拠は何もないし、自分が間違っている可能性もある。そのため、結局はあきらめざるをえなかったのですが、あのとき、さらにあの男を追及していたらどうなっただろうか、ということがふと頭に浮かびました。

 冷静に考えれば「追いかけたら危ないかもしれない」という気持ちは沸くようにも思います。しかし、旅中の高揚した気分、さらには長旅を経てきた経験が、危険を危険と感じさせないということは確かにあるように自分の経験からも思います。状況は少し違いますが、北朝鮮と中国の国境で、国境職員を説得して若干強引に北朝鮮へと国境を超えたことも、いま思えば、なぜほとんど躊躇もなくあんなことができたのだろうかと我ながら不思議で、それが良くも悪くも、旅が与える力なんだろうと感じます。
 自分の経験を重ね合わすと、きっと井崎さんとぼくとの、危険に対する感覚はかなり近かったのではないかと想像します。彼の立場に置かれたとしたら、ぼくもまた犯人を必死で追いかけていたような気がするのです。それゆえに、井崎さんの死が他人事には思えなくて、この事件を聞いてから何度もぼくは想像しました。知らない町に着いたその日に、重い荷物を宿に置いて、雨の中、美味しいと評判の近所のパン屋へと向かった彼の気持ちを。新しい町の知らない道を歩く喜びと興奮、見たことのない風景が与えてくれる清清しい心地よさ、そしてこれからこの町で何をするのもすべて自分次第であるという解放感のようなものを抱えながら歩いていたであろう彼の姿を。

 ぼくは京都のある大学で、旅をテーマにした授業をここ5年ほどやらせてもらっています。旅することが人にとってどのような意味を持つのかということを、自分の経験、映画や文学作品、世界の出来事などから自分なりに伝えられたらと思い、毎年講義をしてきました。
 いまの若い人は旅をしない、旅に興味がないとはよく言われることですが、実際に大学生と話したり講義の感想を読んだりすると、旅することへの興味そのものは、自分たちの世代と全く変わらずあるように感じます。どこか知らない場所へ行くということへの興味は、きっと人間の本能的なものなのではないかと思っています。
 ただ、もしいま、実際に海外に行っている若い人が少ないとすれば、それはきっときっかけがないだけなのではないかと思います。だから、自分の講義がきっかけとなって、少しでも多くの学生に、それぞれにとっての未知の土地を旅してくれればと願っているのですが、そう考えているだけに、今回の事件は自分にとってとてもとてもショッキングなものでした。
 井崎さんはきっと、本当に無念だったと思います。ご家族のお気持ちを想像すると、胸が締め付けられるものがあります。
 しかしそれでも、彼が旅の中でしてきた経験は決して無駄なものではなかったと思うし、彼はこの旅を通じて、毎日本当に貴重なものを得ていたのだろうと想像します。彼はその経験を、これからの人生に大いに生かすつもりだっただろうし、きっとそうできたはずでした。しかし、あまりにも不運な出来事が、彼の将来に広がっていた全ての可能性を奪っていってしまいました。
 
 旅には、喜びや自由があるのと同時に、思わぬ危険が確かにあります。それはよく承知した上でもなお、若い人には旅に出てほしいと思っています。未知の土地で、自分で状況を判断して行動を決め、数々の選択をしていくことが旅をすることに他なりません。それはまさに生きることの縮図であり、だからこそ、旅は人を成長させる可能性を持っているのだと思います。
 井崎さんにはきっと、帰ってから友人や家族に話すべき素晴らしい経験が無数にあったはずです。それがいったいどんなものだったのか。多くの若い人たちには、自ら旅に出て、経験してきてもらえたらと思っています。危険には注意をしながら、しかし、思い切り外に目を向けて。

 井崎亮さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

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