遊牧夫婦こぼれ話。

第35回 何かを選ばないといけないときに

2017.04.07更新

 ここ6年ほど、京都の芸術大学の、編集者や作家を目指す学科で細々と授業をさせてもらっています。その学科を今春卒業することになった一人の学生からメールが届いたのは、先月初めのことでした。

 もう2年以上前、彼女はぼくの担当していた「職業人インタビュー」という名の授業を受けてくれていました。学生が自ら、話を聞きたい職業人にアポを取ってインタビューし、それを記事にまとめる中で、インタビュー記事の書き方を体感するとともに働くことについて考えてもらおうという授業です。
 手前味噌ながら、ちゃんとやり切ればそれなりに身になる授業なのではないかと思いながら毎年やっているのですが、誰かにインタビューすることは学生にとってだいぶハードルが高いようで、受講する学生も多くはなく、ここ数年、途中での脱落者が続出する授業になってしまっています(自分のやり方の問題もあるだろうと毎年反省し、試行錯誤しながら続けています)。

 ただ、熱心に取り組んでくれる学生も毎年います。メールをくれた彼女は、中でも特に熱心にがんばってくれた学生でした。
 彼女が受講してくれた年も、回数が進むにつれて授業に来る学生の数は減っていき、後半は彼女と1対1になるときが何度もあるという状況でした。マンツーマンの授業では気が重いだろうなと申し訳なく思ったこともあったのですが、いつも熱心に授業を聞き、吸収しようとしてくれる彼女の意志が徐々にわかり、ぼくも授業をするのがとても楽しくなりました。
 書いてきてくれた文章にぼくがあれこれ意見を言うと、いつも期待以上に考え、練り直してくれる。こうすればもっとよくなるはず、という指摘にもとても真摯に応えてくれました。そして最終的には練られた2編のインタビュー記事が完成し、彼女はその後、こう言ってくれました。この授業を機に、インタビューやノンフィクションの世界にとても興味がわくようになりました、と。

 その授業以来、大学で話すこともあまりなかった彼女からの久々のメールには、とても嬉しいことが書かれていました。卒業制作をインタビューによって書き、学長賞をいただきました、とあったのです。さらに、彼女がフィクションからノンフィクションへと興味を移すきっかけとなったのが自分の授業であり、それゆえぜひ作品を読んでもらえないか、とも。


 それから1週間ほど後、久々に彼女と会い、学長賞を受賞した作品を彼女から直接受け取りました。それは、自らの父親と祖母へのインタビューを軸として、彼女の実家が代々営んできた映画館について書かれたものでした。授業のときに書いてくれたものとも少なからず関係するテーマであり、それが卒業制作として長編に結実したことをとても嬉しく思いました。
 後日読んでみると、その映画館が持つ意味や映画の歴史、そして彼女の家族の思いや彼女自身が幼少期から持ってきた葛藤を含めた重層的な事柄が、落ち着いた文体で、かつ情感をこめて丁寧に書かれていました。一つの家族と日本映画史が交差する稀有な地点で育ってきた彼女にしか書けない作品であり、きっとこれからいい書き手になっていくだろうと感じさせられる作品でした。

 彼女はこれからどういったものを書いていくのだろうか。想像を膨らませつつ卒業後の進路について尋ねると、彼女は言いました。
「地元に帰って、実家の映画館で働くことになったんです」

 本当は京都で情報誌を作る仕事をしたかった。しかし諸々の事情からひとまず実家に戻らざるを得なくなった。学長賞を受賞してこの上ない学生生活の終わりを迎えることができたとはいえ、希望する道に進むことができなかったことを少なからず残念に思っているようでした。日差しの明るいカフェの席で、そんな彼女の言葉を聞きながら、ぼくはふと、自分もまた、複雑な思いを抱えながら学生生活を終えたことを思い出しました。
 もう15年も前のことになります。ぼくもまた、文章が書きたいと思いつつ、ある理由から就職することはなく長い旅に出ることを決めたのでした。


 なぜあのような思い切った決断ができたのかについては以前この連載でも自分なりに思うところを書きましたが、彼女の気持ちを想像しながら改めて感じるのは、自分もまた、決して積極的に望んで旅に出たわけではなかったということです。旅立つまさにそのときこそ、旅に出たいという高揚した気持ちで日本を出発したけれど、そもそもは、就職できそうにない、日本にはいづらいという、ある種追い込まれたような状況だったからこその選択でした。そうでなければぼくはきっと就職し、いまの自分には想像もつかない人生が広がっていたような気がします。一方、その道を歩んでいたら、いまの自分の人生もまた、全く想像がつかないものだったはずです。

 しかし、そう思いつつも、考えてみたくなることがあります。それは、人生の様々な選択において、果たして進路の選択というものが本当に他の選択に比べてとりわけ重要なものなのかどうか、ということです。いま思い返すと、進路の選択と同じくらい人生に影響を与えているかもしれない選択がいくつもあるように思うからです。

 中学時代、別の塾に通っていたら。
 大学入試のときに一年浪人していなかったら。
 最初の一人旅の目的地をオーストラリアにしていなかったら。
 あの日あの集まりに行くことがなかったら。
 この仕事を引き受けていなかったら......。

 いまとは大きく異なる人生を歩むきっかけになっていたかもしれないふとした選択を、無数に思い浮かべることができます。一見、進路の選択のほうが人生を大きく決める要素であるように思えても、じつは、あのとき地下鉄ではなくバスに乗るという選択をしたことの方が、人生を大きく変化させた、ということがあるかもしれません。


 学生を終えて社会に出ることが人生の大きな節目であることは間違いないと思います。それでも、その際の進路の選択と同じくらい人生に影響を及ぼす選択をぼくたちは日々知らず知らずのうちにしているのかもしれません。
 とすれば進路も、ある意味、その時の流れや状況に身を任せて選んでしまってもいいのかもしれないようにも思います。いまこの瞬間は、進路をどう選ぶかによってまったく違う人生へと導かれるような気がしても、結果としてはどの道を通っても、そう遠くないところへ落ち着くかもしれないようにも思うからです。

 しかし、では、ただ何も考えずに流れに任せていればいいだけなのかといえばぼくはそうは思っていません。特に20代という若い時期に何かを選ばないといけないときには、大切にすべきことがあるように思います。
 それは、いまそのときにしかできないことをできているかどうか、ということです。つまり、何を選ぶかではなく、何を選んでも、自分自身がそれを、いまそのときにしかできない経験にしていく気持ちがあるかどうかにかかっているような気がするのです。

 30代、40代、それ以上になってしまってはもうできないこと。振り返ると、そうしたことが少なからずあるように思います。それは決して、物理的にできないということではなく、同じことができたとしても、20代のころにやっていた場合とでは、まったく別な受け取り方しかできないだろう、ということです。もちろん、年を取ったからこそできることも多くあることはいま実感として感じていますが、20代という時期に、そのときならではの経験をすることは、きっと先で大きく生きてくるように思います。


 地元に帰って実家の映画館を手伝うことを決めた彼女は、きっとこの春からの日々を、そういった経験にできるような気がします。京都での仕事に未練があったとしても、またしばらく文筆の世界から離れざるをえなくなったとしても、これからの何年間かは彼女の一生のうちでとても大切な期間になるのではないかという予感がします。彼女の書いた卒業制作を読みながら、ぼくはそう感じました。そして、15年前の自分自身にも、ふと同じような言葉をかけたい気持ちになったのでした。


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※この学生の卒業制作は 2017年3月25日(土)- 4月16日(日)の期間開催されている「DIVE 2017 京都造形芸術大学卒業生優秀作品展」に出展されています。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

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