第1回
ゆりかもめ
2018.04.03更新
各国の大使館、インターナショナルスクール、高級スーパーにベーカリー、カフェ、子犬やら大型犬を連れて歩く人......お洒落と言われる落ちついた東京の街。その街の横断歩道で、わたしは鳥にフンを落とされた。なぜだ。なぜここ広尾で。
「イテッ」
どんぐりが頭に当たったかのような小さな硬い衝撃だった。なんだ?
当たった感覚の残る部分に手をやると、指に白いものがついた。うへー。
鳥の種類は確認できていない。唯一の救いは服につかなかったこと。
服の汚れにわたしは辛抱強くない。髪はすぐに洗えるが、洋服のクリーニングはお金も手間もかかるし嫌だ。
東京で京都を見つける(はずの)話は、こんな頭にフンのついた女優がしている。広尾を訪れていたのはパーソナルトレーニングを受けるためだった。なんと女優風の事柄。でもわたしは間抜け運の持ち主。
小学生の頃、鴨川でゆりかもめに餌(ちぎった食パンの耳)をあげているときもフンを落とされたことがあった。そのときはお気にいりのナイロンのジャンパーを着ていて、上腕あたりにべちゃっとついた。かわいいと思っていたゆりかもめも憎悪の対象に。餌をあげてやっているというのに何という仕打ちを。向こうはそんなの知ったこっちゃない。嫌なことをしてやろうなんて思ってもいない。「ただの生理現象ざます」
「京都にカモメがいるの?」と菊さんが聞いた。
「そう、ゆりかもめが」
当たり前の冬の風物詩である、鴨川の上空を旋回するゆりかもめの群れ。
カモメは海辺にいる鳥だ。なぜ鴨川にいるのだろう。わたしの見ていたゆりかもめという鳥は、果たしてカモメなのだろうか。一瞬の混乱に襲われ、「なんでかよく知らないけど」とわたしの語気は弱まった。
「東京で京都が見つかるかな」
仕事で脚本を書いている菊さんはいちいち鋭い。その言葉から(京都など)まるでなかろうにというニュアンスを汲んだわたしは、広尾でのフン事件によって真冬の鴨川でゆりかもめを見上げていた子どものわたしを思い出したことを話そうとしたのだ。しかし胸の中にあった京都の景色が出てきただけで、それは他者に共有され得る代物ではない。菊さんの言う通り、東京で京都は見つからないかもしれない。
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