10年後を考える10年後を考える

第5回

小さな蔵が醸す農業と伝統の未来。発酵が生み出すローカルの可能性〈前編〉

2018.04.04更新

 「10年後を考える」をテーマに、未来に自分がどう生きていくべきかを考えるこの連載。前回前々回と僕の山梨での暮らしについて書いてきました。今回からいよいよ日本各地の僕の友人たちの取り組みを紹介しながら「すでに始まっている10年後のサバイバルライフ」を考えてみようではないか。

醸造家という生業との出会い

 僕は発酵の専門家なので、日本各地に醸造家の友人たちがいる。お酒や調味料などその土地に何百年も伝わる発酵文化を継承している、現代人からするとちょっと信じられない時間軸のなかで営まれる生業だ。

 僕が発酵文化に激しく魅了された理由は、もちろん発酵食や微生物の世界の面白さもあるが、この「醸造家という生き方」に惹きつけられたのも大きい。都会で生まれ育った現代人の僕の人生観を覆すような摩訶不思議な世界がそこにはあるんだね。

 例えば江戸時代からあるような古い街並みを歩いていて「あ、ここ風が気持ちいいな」とか「景色が開けて居心地がいいな」と思うような場所には決まって酒蔵や醤油蔵、味噌蔵がある。そしてその蔵がまた瀟洒な白塗りの土壁の建物で、見るからに「ウチがこの土地の風格守ってますが何か!?」みたいなオーラを放っていたりしてカッコよかったりするんだ。

 でね。そこの蔵に入ってみると、ゆで卵みたいにお肌ツルツルの女将さんが迎えてくれて、その奥にはピリッとした雰囲気の職人たちがキビキビ働いていて、その様子を上機嫌の旦那さんが、

「ウチの蔵の創業は江戸の寛政で・・・」

 なんて説明しながら案内してくれたりする。で、見学する蔵も江戸時代からあったりして、めちゃ立派で風情がある。醸造を担っている親方の話を聞くと、

「この蔵に棲みついている微生物たちが発酵を促すので・・・」

 なんて言葉が当然のように出てくる。

「えっ、てことは江戸時代からいる微生物で商品つくってるわけ〜!?」

 数年やせいぜい自分が生きている数十年の時間スパンで生きている、しかも360度見回しても人間しかいない都会で生きている現代人には信じがたい世界だ。

「ペリー来航のはるか前から、目に見えない微生物たちを飼いならして商売しているだと・・・?それってどういうこと〜!?」

 と気になって仕方なくなり、思わずデザイナーとしてのキャリアを捨てて微生物界の門を叩いてしまったんだよ、僕は。

 匠の職人たちが何か難しい顔をしながら大きな桶の中をかき混ぜている!的なステレオタイプなイメージの向こう側には土地への深い結び付きと目に見えない世界と向き合うユニークな方法論があったんだね。

その土地を知りたければ醸造蔵へ行け!

 各地に残る醸造蔵は地域に超ディープに根ざした存在でもある。それゆえにその土地のローカリティと歴史を司る存在でもあるんだね。

 具体例をいくつか挙げてみよう。日本酒の蔵は、水運の開けた場所にあることが多い。長野県木曽町にある2軒の酒蔵(中善酒造と七笑酒造)は、木曽川の川筋に位置している。今ではモノを運搬する時は陸運が中心だが、モーターがない時代の流通はだんぜん船で運ぶ水運だ(余談だけど木曽町の特産は木材。大量の木材を流通できるということは水運が発達していたということ)。

 陸路で見ると山間の陸の孤島のような木曽町だが、水運で見てみると信濃国を江戸や美濃、京都と結ぶ重要な交易ポイントだった。そこで米を酒に加工して各地に送り、富を得ていたわけだ。

 滋賀県木之本という小さな街道町にも日本トップクラスに古い酒蔵が残っているのだが、滋賀(近江国)は琵琶湖を拠点として関西の流通を握っていた「水運大国」だった。近江といえば「近江商人」が有名だが、彼らは縦横に張り巡らされた河川流通を使って日本中に酒とか調味料とか漬物とかを運んで大儲けしていたんだね(ちなみに木之本にある酒蔵の前の道の舗装を剥がすとかつての河川の水溝が残っていたりする)。

 「流通に向いている」というビジネス的な条件の他に、良い酒を醸すために重要なのが「風通しがいい」ことと「キレイな湧水がある」という条件。酒造には大量の天然水が必要だし、空気が淀むと酒が腐ってしまう可能性がある。

 となるとどんな場所に蔵を建てるのか。水運に近く、風通しが良く、清水が湧き出る森を背負う、人の集まりやすい場所。つまり鎮守の森のある神社の近くや岬の近くだ。

 えー、つまりだな。酒蔵というのはその町で「いちばんいい場所」にあることが多い(その証拠に大きな津波や地震があっても比較的ダメージが少なかったりするんだね)。

 商売的にも建築的にも長続きする場所。そこに優先して醸造蔵が建てられる。

 良い場所に蔵が建てられ、100年200年と続いていく。すると人やモノ流れが歴史となってその醸造蔵に蓄積していくことになるのであるよ。

 これはつまり「蔵を紐解くと、その土地の特性と歴史を紐解くことができる」ということなんだ。その証拠に、古い酒蔵にはたいがい古文書や貴重な道具が残されているし、なかには蔵のなかに私設の資料館を持っているところもある。

 醸造蔵はその土地の「生きたミュージアム」であり、そこで働く醸造家たちは「その土地の守護神」なんだよ。めちゃ奥深いんだよ〜!!

ローカルと発酵の関係性

 思わずアツく語りすぎてしまった。実は発酵と建築・都市計画の関係性については色々と語りたいことが尽きないのだがキリがないのでこの辺にしておこう。

 その土地を象徴する場所にある醸造蔵は、土地の特性と歴史を背負っているだけに・・・

 移転しない。

 ここ!ここ重要なんだ。醸造蔵はそう簡単に引っ越さない。今の条件よりも良い場所をゲットするのは容易でなく、大量の設備とか桶とかを移動させるには膨大な手間がかかり、人間とモノは引っ越せても発酵菌は一緒に引っ越せない!

 醸造蔵は移転しない。ずっとその土地にある。そしてそこで働く醸造家たちは、その土地に根付いて生きていかなければいけない。

 それではこの連載の本題に入ろう(前置きなげーよ!)。

 その土地の未来を握っているのは醸造家と発酵文化だ。醸造家たちは土地に根ざして生きる前提があるからこそ、その土地の未来をつくらなければいけない。さもなければその土地とともに滅ぶことになってしまうからだ。

「ヒラク君何をそんなに大げさに!」

 とツッコむ読者も多いと思う。でもホントなんだよ。その土地のキャパシティを引き出し、価値をつくっていく役割が発酵にはあるんだ!

発酵が生み出すローカルの価値

 前述した滋賀県木之本に、富田酒造という約450年も続く老舗の酒蔵がある(七本槍という銘柄で日本酒ファンにはおなじみ)。この蔵の酒造りを担う若旦那の酒造りに、ローカルにおける発酵の可能性が宿っている。

 それでは説明しよう(ちょっと専門的なトピックスも出てくるけどなるべく易しく説明するね)。

 七本槍の若旦那がいまチャレンジしているのは、地元の若い農家のつくる、

 ・有機栽培の
 ・ローカル米で

 酒を醸すことだ。2つを分解してみるとだな。

 まずローカル米について。これまでの日本酒造りでは、山田錦や五百万石といった「高品質な日本酒造りにチューンナップされた米」を使うのがメインだった。ところが七本槍では一昔前まで滋賀で多く栽培されてきた玉栄をはじめとして、ローカルなお米を多用する。

 次に栽培法。古風なローカル米は背が高くて倒れやすかったり米粒のなかの成分が均質じゃなかったりするリスクがあるが、生命力は強い。栽培法も農薬を多く使う慣行農法ではなく減農薬や有機栽培でやるとその生命力がさらにパワーアップする。

 ローカル×オーガニックの合わせ技でつくる米はパワフルでユニークになる。じゃあそのパワフル&ユニークな米で酒をつくるぞ!となると、米のパワーと拮抗するために微生物の働かせかた=醸造の方法論も変わってくるんだよ。

 「ちょっとディープすぎるかしら・・・」と若干心配になるがもうちょい突っ込んで話してみよう。パワフル&ユニークな米をキレイに醸すためには、微生物たちもまたパワフルに解放しなければいけない。

 従来のエリート米を端麗辛口に醸すスタンダードな酒造りでは、上等な酒になればなるほど麹菌や酵母といった微生物の力をなるべく抑制し、繊細に繊細に発酵を進めていくこと※が求められた。
※このあたりの詳細は拙著『発酵文化人類学』をご一読あれ

 しかし七本槍の現場を見てみると、スタンダードな酒造りにとらわれない醸造テクニックが取り入れられていることがわかる。もちろん繊細な仕上がりにするための気遣いも随所にあるのだが、スターターになる麹菌を元気いっぱいに育てたり、あえて米をそれほど磨かず米由来の力を引き出したり、ボディのある酒を熟成して出荷したりと、これまでの高級酒とは違うアプローチでブランドを構築しようとしていることがわかる。どこでも通用するスタンダードな酒ではなく、この木之本だからこそできるユニークな酒。これが七本槍の目指す醸造の未来だ。ローカルから価値を生み出し、外の世界にその価値を届ける。「10年後の未来」がこの小さな蔵に具現化されている。

 原料の米がユニークになると、醸造法もユニークになる。するととうぜんユニークな酒ができる。そしてユニークな酒を待望している日本酒ファン(僕とか)は全国にいる。したがって最近の七本槍の酒は全国からラブコールが届く人気銘柄になったんだよ(ちなみに若旦那のトミー自身もまたワイルド&ユニークなイケメンなんだ)。

 この「ユニークスパイラル」を構造的に考えてみるとだな。ユニークな酒を醸すことによって、その蔵自身のブランド力だけでなく、実はその原料をつくる農家、さらにその米や水を生み出す木之本という土地そのものの価値をつくっていることになるんだね。

 嗜好品としての日本酒は、その個性とブランド力によって「付加価値」をつけることができる。その付加価値の伸びしろのなかにローカル米や稲作に挑戦する若い有機農家の価値を巻き取ることができる。

 日本酒という一つのプロダクトをつくることによって、その土地にまつわるたくさんのモノや人や、歴史や伝統という目に見えないものの価値を生み出すことができる。

 七本槍の蔵とトミーを訪ねに、人口8000人足らずの小さな木之本(現在は長浜市に併合)の土地に全国から見学者がやってくる。美味しいお酒を目当てにきてみたら、蔵を通してその土地の歴史を知り、原料の米を通してその土地の農業を知り、ローカルで頑張るイケてる若い農家を知り、ローカリティの中からモダンな文化が醸されていることに元気をもらえる。一本の酒のなかに、たくさんの価値がギュッと詰まっていることを感じながら乾杯できるわけさ。最高だぜ・・・!

 ということでキリのよい文字数になったので、次回はミシマガジンの読者の皆様におなじみのタルマーリーのお話を軸に、発酵とローカルの関係をさらに深掘りしてみようではないか。今回多くを語れなかったコミュニティや経済モデルのつくりかたをもうちょっと詳しく話したいと思うぜ。

 それではまた来月会いましょう。

小倉ヒラク

小倉ヒラク
(おぐら・ひらく)

発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。 東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2015年より新作絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくりワークショップ」をスタート。 のべ1000人以上に麹菌の培養方法を伝授。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で発酵学の講師も務めているほか、海外でも発酵文化の伝道師として活動。雑誌ソトコト『発酵文化人類学』の連載、YBSラジオ『発酵兄妹のCOZYTALK』パーソナリティも務めている。新著に『発酵文化人類学』。

編集部からのお知らせ

小倉ヒラクさん、ミシマ社代表三島が登壇するイベントが、来週京都にて開催されます。ぜひ足をお運びください。

小倉ヒラク×藤本智士×三島邦弘 「発酵と魔法 『ちゃぶ台』公開企画会議」

■日時:2018年4月9日(月)19:30~(開場19:00)
■場所:恵文社一乗寺店
■入場料:1,500円(税込)

■お申し込み方法:
ウェブご予約フォーム、もしくは恵文社店頭、お電話:075-711-5919 にて承ります。

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