第29回
『46歳で父になった社会学者』工藤保則さんインタビュー(2)
2021.03.21更新
こんにちは、ミシマガ編集部です。みんなのミシマガジンで2018年11月から連載をしていた、工藤保則さんによる「46歳で父になった社会学者」が、一冊の本になりました。
「工藤先生ってどんな人?」そんな思いを抱かれる方へ、これまで担当してきたミシマ社のアライとノザキが、あらためて工藤先生に迫ります! 前編と合わせて、ぜひお楽しみください。
(聞き手:新居未希・野崎敬乃、構成:野崎敬乃)
できなさに直面したときに
――私(野崎)は結婚をしていないし、子どもを育ててもいないのですが、連載時からいつも自分が直接励まされているような感覚で、読んでいました。それってなんでだろうって考えていたんですが、自分が「できないこと」に直面した時の態度や気持ちに、この本が教えてくれることがいろいろあったからなんじゃないかと、書籍化の過程で思うようになったんです。工藤先生ってけっこうできないこと多いじゃないですか(笑)。
工藤 そうそうそう。できませんよ〜
――オムツ替えで新しいオムツを下に引き忘れたりとか、ミルクを飲ませるときの哺乳瓶の角度を全然気にしていなかったりとか、基本と思えることができなかったり知らなかったりしても、「あっそうなんだ」という素直な気づきとともに、日々だんだんとできるようになっていくんですよね。一方で、奥さんにも仕事と体調と家庭のことで悩んだり、苦しんだり、できなかったりすることがもちろんあって、でもそれを時間をかけて解決していって、その姿は自分が今働いている身としてのいっぱいいっぱいさとも重なって読んでいました。
工藤 そうなんですね。
――できなさに直面したときの、自分ではどうしようもできない感情とか態度とか、逆にまわりにいて手を差し伸べてくれる人の気持ちとか、存在とか、そういうものに気づかせてくれるような本だなあと思いますね。だから子育てをしていなくても、生きている上でのめっちゃ大事な一冊。
工藤 私は本当にできないことが多いんですよ。できないわ、忘れるわ。でもできないっていうことは面白いんですよね。それで、ちょっとできるようになったら嬉しいんです。歳をとっても、できるようになるっているのはやっぱり嬉しいんですよ。
――子育てなんて、全員ができないところからのスタートですからね。
工藤 そうですね。できなくても、助けてもらったり教えてもらったらできるようになることはあるし、何回かやったらできるようになることもあるし、それでできたら、また次にできないことがでてくるんですね。その繰り返しで。
コロナ禍に、初めて小学生の父親になる
工藤 社会化を扱う授業で、「お年寄りは、初めてお年寄りになっているんだよ」という話を学生にするんです。「あれ? 思ったようには動けない」って初めてなって、どうしようかって思って、そこからこういうふうに歩こうとか、あれこれやっているんじゃないかなって。「「初めて」という意味では、教室にいるみんなが初めて何かを経験しているのと実は同じで、お年寄りとして人生で初めての経験をしているのかもしれないね」という話をすると、学生は「なるほどな」という顔をするんです。
人生は「ずっと初めて」なんですよ。今、私は54歳なんですが、54歳になっても、初めてのことばっかり。今年度は初めて小学生の父親になるという経験をしましたしね。
――お子さんのじゅんくんは2020年の4月から小学生1年生ですね。
工藤 保育園の頃とは別の面白さがあります。じゅんは算数が苦手、とか。
――本の第6章はじゅんくんが保育園を卒園してから小学校にあがってからの話ですね。「距離」に、2020年春の緊急事態宣言下での話が書かれていますが、そこで小学校一年生のじゅんくんと、「一緒に家にいるが、離れている時間」をとるという話が印象的でした。コロナ禍で、「ステイホーム」とか、外では三密を避ける呼びかけが行われていましたが、実際家の中では逆に親と子がこれまで以上に密になってしまう状況もあったと思います。この時期は、どんなふうに過ごされていたんでしょうか。
工藤 このときは妻とずいぶん話をしました。子どもが寝てから、「どうしようか」って何日間か相談しました。基本的に私は、みんながしんどくないほうがいいと思っているんです。だから、家族のみんながしんどくないようにするにはどうするのがいいのかな、というのを考えて。そこには在宅勤務になった私がしんどくないというのも含まれていて、可能であるならじゅんを学童保育に預けよう、ということになったんです。そのほうが、長期的にみたら、家族みんなの精神的なことも含めた健康にはいいんじゃないかと思ったんです。
それで、じゅんに学童に行ってもらったんですけど。その学童も休校になって。1日や2日ならなんとかなりますけど、いつまで続くかわからない状況で、いくら親であっても、ずっと子どもがいるのは、正直なところ、ちょっとしんどい。
そこを根性でいこうとするのはだめだと思うんです。根性だから乗り切れたとか、家族だから乗り切れたとか。そうではなくて、もう少し冷静に考えて、「2時間だけ別の部屋で過ごすのはどう?」とじゅんに聞きました。たまたまですけど2時間くらいはひとりでいられる年齢だったので、そうお願いしました。
家族のしんどさを分散する
工藤 だから何か特別なことをしたというよりは、家族と話して、だれかがしんどいという状況はつくらないようにしたいなと思って、それでもどうしてもしんどいときは、そのしんどさを分散するようしていたという感じでしたね。しんどさは実際ゼロにはならないと思いますし、分散するといっても親のほうが多くなるとは思うんですけど、できるぐらいのことはじゅんにもちょっとだけ分散して、やってもらおうと思ったんです。
――分散って、大事ですね。一方的に親がすべて面倒をみて、尽くして、というよりは子どもも家族の一員なので、頑張る部分をしっかり子どもにも持ってもらうということですよね。
工藤 「じゅんくんと毎日ずっと一緒にいると、パパ、ちょっとしんどいかもしれないんだ」って正直に言いました。わりと分かってくれました。
――ただでさえ小学校一年生はいろんな状況が変わって、親も子どもも不安がある中でのコロナの状況で、本当にそれぞれの家庭での葛藤があったように思います。
工藤 他の家はどうしてるんだろう、というのはやはり気になりました。でも実際の状況はなかなか表面に出てきにくいですよね。だから、うちはうちで家族みんなでいろいろ相談して乗り切ろう、と。
――工藤先生の本を読んで、こんなにも日常生活をみつめている男性がいるんだという事実だけで、すごく救われた気持ちになりました。だから、性別や子どもがいるいないに関わらず、ぜひたくさんの方に、この本を手にとっていただきたいです。
(終)
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