第1回
古代文字で写経 安田登
2018.07.30更新
2018年4月にリニューアル創刊した「みんなのミシマガジン」。システムの関係上、これまでの記事は見られなくなってしまったのですが、「あの連載がどうしても見たい」という声がとても多く、そのリクエストにお応えして一部を復活させよう! というのがこの「復活ミシマガジン」のコーナーです。
第1回目は、リクエストの声が多かった安田登さんの「古代文字で写経」の連載のうち、はじめの数回をここに掲載します。
ゆる〜く、かる〜く。古代文字写経のすすめ
「古代文字好き」って案外多いかも
『あわいの力』をお読みいただいた方から「古代文字の部分が面白かった」とか「古い言語に興味がわいた」という感想をいただきました。
実はこれは思ってもみなかったことで、たとえば『あわいの力』の6章の「甲骨文字から「心」の誕生に迫る」で紹介した、「甲骨文字を読んでみよう」という内容などは、今までにもいくつもの出版社さんに「こんなのどう?」と提案をしてきたのですが、ほとんどのところから「それはちょっと」と二の足を踏まれていた内容でした。
今回の『あわいの力』でも、ミシマ社の三島さんに「本当にこんなの書いていいんですか?」と確認したのですが、「いいです。面白いです」と言われ、「ほんとかな」と思いながらも書いてみたら「面白かった」という反応をたくさんいただき、正直、びっくりしているのです。
で、ちょっといい気になってみました。
『あわいの力』の中には、甲骨文以外にもコイネー(古典ギリシャ語)やヘブライ語、アッカド語、シュメール語などを引用しました。あそこら辺もかなりマニアックな内容で、みなさん読み飛ばすだろうなぁと思っていたら、これまた想像以上にしっかり読んでくださっています。
で、さらにいい気になってしまいました。
ひょっとしたら「古代文字好き」の人たちは案外多いかもしれない。そういえばミシマガジンの連載にも松樟太郎さんの「究極の文字をめざして」がある。それならと、「ふだんやっている<古代文字写経>をミシマガジンに連載させてもらえませんか」と三島さんにお話したら即座にOKをいただき、今月からの連載と相成った次第です(文字の説明は松さんの連載にリンクして横着することもあります)。
というわけで、これまたマニアックな連載で、皆さまから面白がっていただけるかどうか、現時点ではまったく自信のないスタートですが、いまはかなりいい気になっているので、この機会に「えいっ」と始めてしまうことにしました。
本連載では『あわいの力』で紹介した旧約・新約の『聖書』やアッカド語の『ギルガメッシュ叙事詩』なども、原語で紹介します。いわば『あわいの力』の副読本ともいえます。
不愉快な古代語の門
古代文字や古代語は「勉強しよう」と思うと大変です。
大学で古典ギリシャ語やラテン語の単位を取った(あるいは取ろうとした)経験のある方の中には「もう二度と見たくない」という人が少なくないでしょう。
「ギリシャ神話やカエサルのガリア戦記などを読んでみたい」と思って授業を取ったはずなのに、格変化や活用を覚えるのだけでメゲてしまい、神話にも戦記にも到達しなかったという人が多い。
ヘブライ語やサンスクリット語に至っては文字を覚える時点で挫折してしまいます。
ひとごとではなく、自分がそうでした。
ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』に書かれている『イーリアス』のくだりが本当なのかどうなのかを確かめるために、古典ギリシャ語を勉強したときにも、動詞の活用に行く前の格変化で「こりゃあ、ダメだ」と思ってしまいました。
だいたい授業が途中からフランス語になっていくんです。
「へん、お前はフランス語もわからないのか。それで古典ギリシャ語を勉強しようなんて笑わせるぜ」と言われているようです。
「何かいい参考書はないかな」と思って探すのですが、手に取る本、手に取る本、みんな難しい。古典語の本というのは文法書にしろ何にしろ、なんであんなに難しく書いてあるんでしょう。
まるで「超アタマのいい人しか、こちらの世界に入ってくるな」と言われているようです。いやいや、「こんな難しいコトバがわかるんだから、俺はアタマがいいんだぜ」と自慢されているようで、不愉快この上ない!
冗談じゃねぇやと「写経」
不愉快になると燃えます!
そこで「よっしゃ!」と始めたのが『新約聖書』の写経です。
『新約聖書』は古典ギリシャ語で書かれました。
・・・なんて書くと、「『新約聖書』はコイネーで、古典ギリシャ語ではない」と叱られそうでうすが、本連載はそういうことをあまり気にせず、「古代文字ってなんとなく神秘的だし、かっこよさそうだからやってみたい」という人向けに「細かいことはちょっとわきにおいて、古代文字で写経してしてみましょう」という連載です。
文法とか、そいうことはほとんど触れません。
なんといっても「写経」なのです。「写経」なので、文字にしろ、文法にしろ覚える必要はまったくありません。だからストレスがまったくない。
写しているうちになんとなく自然に覚えてくる、それを待てばいいのです。どうせ放っておいたら一生触れることもないかもしれない言語であり、文字です。何の役にも立たない言語です。10年かかったって、20年かかったって全然問題ではありません。
あきたら何日でも何年でも休憩すればいいのです。
また「写経」ですので、「聖句」を中心に写していきます。写しているうちに気持ちも落ち着いてきます。この効果は思ったよりありました。
で、これに味をしめてさまざまな文字、さまざまな言語の写経を始めたのです。
これをみなさまにも味わっていただこうと思って始める連載です。
本連載でも、さまざまな言語の「聖句」を中心にして紹介していきますので、毎朝・毎晩のちょっとした時間を利用して「写経」をしてみてください。カフェに入って、珈琲の香りをかぎながら写経をして「プチ瞑想タイム!」なんてのもいいかもしれません。
連載なので、ゆる~く進んでいきますし、僕は何の専門家でもないので、「もっと本格的に勉強したい!」という方のためには参考書やサイトも紹介する予定です。
また、この連載がきっかけになって、さまざまな言語や文字をかる~い気持ちで学び始める方が出てくると、これまた面白いことになりそうだとひとりわくわくしております。そのような方が増えると、古代文字や古代語の入門書がもっと増え、そうなるとまた学ぶ人が増え・・・という善循環が始まります。
そうそう。僕が古代文字や古代語に興味を持ったのが高校生のときだったので、本連載は高校生がわかるくらいで書いて行きたいと思っています。
「難しい!」という方がいらっしゃいましたら、どうぞお知らせください。
なぞって写経
本連載では、「鉛筆でなぞって写経」方式で、なぞり書きができるように写経部分は薄い墨を使います。
(例)
画像をダウンロード&プリントアウトして、実際になぞってください。
筆記具は鉛筆で結構!
でも、ちょっとそれらしく書いてみたいという方はカリグラフィー用のペンを使うと「ぽく」なります。特にサンスクリット語、ヘブライ語、古典ギリシャ語(コイネー)などはカリグラフィー用のペンを使うと、かなり「ぽく」なります。
カリグラフィー用のペンはいろいろ出ていますので、いくつか紹介しましょう。
・フェルトペンタイプ・タイプ
なんといっても安価だし、大小2つのペン先があるので魅力です。小さいところに書くときは2mmで、大きな文字を書きたい時は3.5mmを使います。ただし、これは使い捨てです。
呉竹 ZIGカリグラフィー2 ツインマーカー 3.5mm芯&2.0mm芯 ブラック
¥850(2014年3月時点でのアマゾンの価格)
・ロットリング
ロットリングのアートペンです。インクの交換ができます。ペン先の太さはいろいろあるので、ご自身のお好きなものを選んでください。
ロットリング アートペン カリグラフィ用 1.1mm
¥2,100(2014年3月時点でのアマゾンの価格)
・写譜ペン
これは楽譜を書くというのが本来の用途のペンです。呉竹と同じくフェルトペンですが、ペン先やインクの交換ができます。でも、アマゾンを見ると交換ペン先などは送料がかかりますね。ペン先105円なのに送料が120円! ・・・というわけで交換用のペン先と交換インク付きのものを紹介します。近くに交換ペン先、インクを売っているお店(大きな楽器店か大きな文房具店)のある方はそうでないものをどうぞ。
MUSIC FOR LIVING P-100 写譜ペン(交換用ペン先+交換インク付き)
¥1,380(2014年3月時点でのアマゾンの価格)
★そのほか「カリグラフィー ペン」で検索をしてみてください。万年筆タイプのものも含めてたくさん出てきます。
もっと本格的に
「もっと本格的にやりたい」という方は、紙も羊皮紙に、ペンも羽ペンにする・・・なんていう手もあります。これに関してはヘブライ語の時に詳しく紹介します。
羊皮紙や羽ペンを扱っている「羊皮紙工房」さんを紹介します。
こちらは羊皮紙工房さんが作られた作品集です。こんなのができたらすごいですね。
羊皮紙工房さんでは、本格的な羊皮紙のほかに「名刺サイズ」や「葉書大」の羊皮紙も販売されています。
自分は「倫理性にちょっとなあ」という方(僕もですが)は、名刺サイズの羊皮紙にモーゼの「十戒」をヘブライ語で書いたものを手帳に入れておいて、ときどき自戒するというのもいいでしょう。
あるいは『般若心経』の呪文部分を書いて、お守りとして持っておくとかね・・・。いろいろなアイディアで使うことができます。
※「十戒」の中から6つの戒律を書いたもの(これは羊皮紙ではなく紙ですが)
『論語』の写経のときには竹簡を作ってみるのも楽しいです。実際に『論語』一巻を作ってみると、古代人の「読書」が、今とは全然違っていたということに体で気づきます。
※『老子(郭店楚簡老子甲本)』後藤正子さん臨
また、楔形文字の時には粘土に刻んでタブレット(粘土板)を作るのもいいかも。
実際に写経をやってみたい! というかたは、こちらよりどうぞ。