第5回
『上方落語史観』(140B)発売記念トーク 髙島幸次×笑福亭たま×久坂部羊(2)
2018.12.19更新
「京都・和の文化体験の日」情報冊子『落語入門の入門』
伝統芸能の魅力を若い人たちに知ってもらうために、京都市さんが企画している「京都・和の文化体験の日」。その小冊子の編集を、今年もミシマ社が担当しています。
テーマは毎年変わり、これまで「邦楽」、「能楽」、「歌舞伎」を特集してきました。そして、4年目となる今年のテーマは「落語」。監修は、ミシマガジンの連載が元になった『上方落語史観』(140B)の著者である高島幸次先生にお願いし、製作いたしました。こちらの「落語入門の入門」冊子は、12月20日(木)以降に、京都市内の市役所、区役所、文化施設、大学、書店、カフェなどで配布の予定ですので、ぜひお手にとってくださいませ。
そして、この冊子をもっと楽しんでいただくために、今日から2日間、以前のミシマガジンで落語の特集した回を掲載いたします。
2日目の本日は冊子監修をご担当いただいた高島先生と、今回の冊子にもインタビューで出演していただいている、笑福亭たまさん、そして医療小説の名手である、久坂部羊さんによる鼎談です。
「落語入門の入門」を読む前に、ぜひご一読くださいませ!
ライブで落語を聞くことの快感
髙島 久坂部さんは、たまさんの"追っかけ"になるくらい、今やすっかり落語にハマっておられますが、もともとお好きだったのですか?
久坂部 桂枝雀さん(※1)の落語をずっとCDで聞いていましたが、それ以外は正月に桂米朝さんの落語を聞きに行ったりするくらいでした。今のように天満天神繁昌亭にしょっちゅう行くようになったのは、やっぱり好きな落語家に出会ったから。笑福亭福笑師匠の独演会で、たまさんの〈憧れの人間国宝〉(※2)というネタを見て、一気に好きになったんですよ。
たま そない言うてもらえたら嬉しいですね。
久坂部 そうして通ううちに、今度は桂春之輔さん(※3)が好きになってきたんです。だんだんとあの独特の演じ方の味がわかるようになってきた。そうやってハマるとまた聴きたくなって、そうするともうリピーターになるんですよ。
たま そうそう。3人好きな落語家ができたら、立派な落語ファンになりますよ。
髙島 それもできるだけキャラの違う3人の方がいいですね。
久坂部 やっぱり日によって出来不出来もあるんですけど、わかってくるとそれさえも楽しみになる。だから、騙されたと思って行ってみてほしいですね。他に比べたら落語のチケットは安いもんですよ。行ってるうちにだんだんお金が安く感じられるようになってくる。そういうファンになってしまうと、幸か不幸か...。
たま 底なし沼にはまったような(笑)。
久坂部 CDで聞くのも楽しかったんです。同じCDを聞いて、毎回同じところで笑う。一方でライブはものすごく当たり外れが多い。同じ人でもイマイチな時もある。だけど、当たりの時はもう腹がよじれて、次の日に腹筋が痛くなるくらい、涙が出て息ができないくらい笑う時があるんですよ。それはやっぱりライブでないと出会えない。
たま CDはその中のお客さんに自分が混ざる感じで、ずっと同じ空気なんですけど、ライブは自分も参加していて、自分もその落語をつくっている。お客さんがつくっているものでもあるので、会場に来てもらわないことにはね。
(左)笑福亭たまさん (右)小説家・久坂部羊さん
創作落語と小説の共通点
久坂部 『上方落語史観』を読んで感じたのは、やっぱり知ることが面白味を増すということですね。知らなくてももちろん笑えるけれど、歴史的な知識を知っていると笑う時の快感が違って来るでしょうね。
髙島 ありがとうございます。初心者には入門編として、落語ファンにはもっと落語を好きになってもらえたらと思っています。久坂部さんはそうして夢中になっているうちに、繁昌亭が開催する「上方落語台本大賞」(※4)に応募して、〈移植屋さん〉(※5)で優秀賞をとられましたね。
久坂部 応募するつもりはなかったのですが、髙島先生にそそのかされたあと、ふとアイデアが浮かんだので書いてみました。「奥の手」とか「心の眼」が移植できるというナンセンスSFです。
たま ふだん小説を書く時はどうやって書いてはるんですか?
久坂部 何かのきっかけがあって、「これは面白いんちゃうか」と思う。でも、そのままでは物語にならないので、知っている知識を入れたり、いろいろなエピソードをくっつけて、最後に読んだ人が「ああそうか」と納得できるところへ持っていく。落語の場合は、その間にギャグを入れたり、びっくりさせたりして作っていく。そういうプロセスなので、新作落語の台本を書いてみて、よく似てると感じましたね。
髙島 書く時は机の前で頭を捻って...というより、日常的に題材を探しているのですか?
久坂部 はい、それはもう新聞を読むわ、いろんな人に会うわ。昔のことを思い出したりしながら。
髙島 たまさんも何かに使えるかもしれないと、メモをしたりしますか?
たま メモはよくしてますね。でも、最近は締め切り前にノートに書き出したり、思い出したりすることが多いです。締め切り前に慌ててワーッと書いたやつが、だいぶ経った後にネタになる時も。
久坂部 〈おとぎ噺殺人事件〉(※6)とか、ネタおろし(※7)の頃から聞いてますけど、だんだんと膨らんできてますよね。ショート落語が入ったりして。
髙島 落語のネタは回を重ねるごとにアレンジを加えて面白くなるということがありますね。小説はそれは難しいでしょう?
久坂部 雑誌掲載、書籍、文庫本と3段階あって、文庫本が一番完成形と言えるかもしれません。
髙島 どのくらい変わるものなんですか?
久坂部 作品によりますね。初めから出来上がっているものもあれば、文庫本になる時にあらためてゲラを読んで、「ここいらんわ」と削っていく場合もある。
髙島 とはいえ、文庫本になる時に大幅に変えられたら、読者にとっては複雑ですよね。ところが、落語の場合は自由自在、面白くなれば誰にも文句は言われないですよね。むしろ変わっていたら、そっちの方が嬉しいかもしれない。
たま ただ、小説の場合は本として残りますが、落語のネタは噺家が変えたものは、お客さんは二度と見られないんです。一期一会が大きい。そういう違いはありますね。
『上方落語史観』(140B)著者、髙島幸次先生
落語家にとって「売れる」ということ
久坂部 それにしても、この本は連載をまとめたということですが、うまく編集しておられますよね。最後の名越康文さんと桂春之輔師匠との鼎談もよかったです。春之輔師匠の芸人に向けての言葉なんて、ほんまにその通りやと思ったし。
髙島 「凸凹がない。みんな同じような感じや」と嘆いてましたね。
久坂部 たまさんを前にして言うのも恐縮ですが、大卒の芸人に対する厳しい言葉もありました。別に大卒だからダメというわけではなくて、芸人という資質についておっしゃっているのだと思います。世の中全体が"優等生"ばかりになって、失敗や批判を恐れる人ばかり。文句を言いたがる人ばかりになっている中で、「末路哀れは覚悟の前」(※8)という芸人は絶滅危惧種になっていると。このあたりは落語を好きな人だけではなく、どんな人でも読んで発奮するものが書かれていると感じましたね。
たま この鼎談はぜひ読んでほしいですね。「お前、そんなことやったら売れへんぞ」「いや、それでええんです」「僕は自分の道を歩みます」。この部分は僕のことですから(笑)。
髙島 それは本当に売れなくていいとは思っていないからですよね。自信があるからこそ言えることでね。
たま もちろん売れへんかったら意味がないんですよ。ただ、芸術家ではないけど、実はわかる人に売れたら成立するんですよ。まあ、この「売れる」という点については、いろんな見解がありますからね。
久坂部 確かに、小説でも売れないとあかんけど、なんでもいいわけじゃない。私だって自分の書いた本をたくさん読んでほしいけど、ぜんぜん理解してくれない人に読んでもらっても嬉しくない。
たま 例えば、ノーベル文学賞を目指そうと思ったら、英語に翻訳できないと可能性がないわけですから、イングリッシュ・スピーカーに読まれへん言葉で書いている人は絶対もらえない。それで「そんなこと書いてたらノーベル文学賞もらわれへんぞ」と言われても、「それでいいんです」ってなるじゃないですか。
髙島 自分が考える売れ方というのは、人それぞれですよね。『上方落語史観』もたくさん売れてほしいですが、ノーベル賞は狙えそうにないなあ(笑)。
『上方落語史観』(140B)、ぜひご一読を!
『上方落語史観』高島幸次(140B)
(終)
註釈
※1|桂枝雀 1939年~1999年。3代目桂米朝に入門。古典落語をベースにしつつ、独自の研究を重ねて笑いを理論的に追究。大爆笑を巻き起こすスタイルで人気を誇り、今もなお根強いファンを持つ。
※2|憧れの人間国宝 笑福亭たま作。文楽の人形遣いの師匠が倒れ、虫の息で「人間国宝になってから死にたい」と言う。そこへ人間国宝認定の連絡があるが、認定式当日に死んでしまう。師匠を何とか人間国宝にするべく弟子が奔走するドタバタコメディ。
※3|桂春之輔 1965年、3代目桂春團治に入門。独特の色気と味のある芸で知られる。上方落語協会副会長として、落語の普及や若手の育成にも努める。間もなく4代目桂春團治を襲名。
※4|上方落語台本大賞 上方落語協会が主催し、広く落語の台本を募集する。入選した作品は、実際に落語家によって口演される。
※5|移植屋さん 久坂部羊作。医学が進んだ近未来。町の移植屋で相手の心が見える「心の眼」を移植してもらった男が、世間のえげつない本音に絶望し、ついでに妻の本音を知って泣き笑いの結末を迎える。
※6|おとぎ噺殺人事件 おとぎ噺の世界で次々と殺人事件が起こる。被害者は、かぐや姫・シンデレラ・桃太郎・一寸法師・親指姫など、洋の東西を問わない。そして、わらしべ長者とこぶとり爺さんが捜査に乗り出すミステリー落語(?)。
※7|ネタおろし ネタを初めて高座で披露すること。
※8|末路哀れは覚悟の前 本に収録された鼎談の中で春之輔さんが紹介した、四代目桂米團治が芸人の心構えを説いた言葉。