第9回
本屋さんと私 山下賢二さん編
2019.07.27更新
こんにちは、ミシマガ編集部です。
今日と明日は、先月刊行の『ホホホ座の反省文』特集です!
本日お届けするのは「復活ミシマガジン」。3年前に行った、ホホホ座の山下賢二さんのインタビューを再録いたします!
このインタビューの2カ月前に出された著書『ガケ書房の頃』についてや、山下さんが好きな作家についてなどが語られています。
ぜひお楽しみください!
※本記事は、「旧みんなのミシマガジン」にて、2016年6月30日〜7月2日に掲載されたものです。
これまでも、「本屋さんの遊び方」や、「本屋さん発・番外編」などにもご登場くださり、ミシマガジンではおなじみの山下賢二さん。記事にもある通り、現在はガケ書房を改名・移転し、ホホホ座のメンバーとして活躍されています。
そんな山下さんが、夏葉社から単著を出されたということで、メンバーもカメも(ガケ書房の亀は、今、ミシマ社の本屋さんにいるのです。詳しくはこちら!)興味津々。
そして本書、あらゆるベストセラーをさしおいて、なんとミシマ社の本屋さんの2016年春の売上(2月〜5月)で1位に輝きました。この本の執筆時のエピソードや、本のこと、そして本屋さんのこと、山下さんに伺いました!
(聞き手・構成:田渕洋二郎、写真:宮本陽子、構成補助:菊池まどか、宮本陽子)
『ガケ書房の頃』ができるまで
―― 『ガケ書房の頃』は、どういうきっかけでつくられたのでしょうか?
山下 夏葉社の島田さんからお願いされたんです。3年前ですね。島田さんが新刊の営業で京都にやってくると、いつも2時間くらい話してしまうんですけど、そのときに急にガケ書房のこと書いてみませんかって。まだ、移転も改名もまったく予定になかった時期でガケ書房は普通に通常営業してる時期です。そのまま僕が書くのをサボっていたら、メモリアル本になってしまいました(笑)。
―― おお!
山下 僕自身最初は、ガケ書房以前、ガケ書房以降、それからホホホ座のこと、大きく3つの章にしようと思っていたんですけど、目次を見たときに、掴みの要素が3つしかないのも寂しいし、1つ1つの章のタイトルもオモロかったらどこからでも読んでもらえるかなと思い、構成を組みなおしました。
そういえば先日、「最初から読まないとわからない小説ような本を読むのが最近は辛いので、この本はどこからでも読めたからよかった」と言われたなぁ。
―― 中間部に突然出てくる断片的な日記、「某月某日」の章が、とってもよかったです。
山下 おお! その反応が個人的には一番嬉しいかも。なぜ、これを入れたかというと、最初の原稿ではガケ書房の日々のことがあまり出てこなくて、いきなりホホホ座にいってしまう感じがあったんです。それでもう少しガケ書房の時間が感じられるものを書いて欲しいと島田さんから言われて。
それで、どうしようかなと思ってたら、以前、書いていたブログのコーナーを思い出した。この文章はガケ書房やっていた頃に書いていたものなので、まさに日々の心境というか日記的時間が記録されていました。
アフォリズム(格言)っぽくていいでしょ。僕がいうたら、アホリズムかもしれへんけど(笑)
本の主役を演じる体験
―― 本を書かれてみてどうでした?
山下 ちょっと前に『わたしがカフェをはじめた日』という本を編集したんですけど、そのときは本全体のイメージを俯瞰で見れたんです。でも『ガケ書房の頃』のときは、いくら書いても全体像が全然見えなくて。
結局それはどういうことかっていうと、この本は夏葉社・島田潤一郎の監督作なんですよ。僕は主演という感じ。ホホホ座の本の時は僕が監督だったから全体像が見えたんです。本を作る上で、そういうモードの違いが体験としておもしろかったです。
―― そうだったのですね。この本の中にも、「ホホホ座いうバンド」という章がありましたが、ホホホ座内でもボーカル的な「主役」的役割の人はいますか?
山下 バンドという例えは、<草野球的>という意味があるんですけど。大体、企画立案が僕と松本(伸哉)さん。主に僕が全体像や文章や遊び要素の担当。松本さんがビジュアルイメージや文章や整理の担当。早川(宏美)さんがそれらをイラストなどでデザインして具現化する担当。で、加地(猛)くんが、相づち担当。「それ、ええやん」という人。でもこれが必要なんですよ、本当に(笑)。
―― (笑)。本はどういうふうに書かれたんですか?
山下 自伝というか、これまで自分でやってきたことなので、作業としては、最初、箇条書きでなんの感情も込めずに書いていったんです。一番最後に詩的要素を加えていった感じですね。あと、文中に登場する現地にも行ったりしました。
でも、出版の途中にガケ書房が移転・改名するという出来事を経たときに、僕はどこかで「シメた」と思ったのかもしれない。というのは、現在進行形のことより、無くなってしまったもののほうが存在が偶像化されて、みんな思い入れしやすいだろうなと。そういうところはイヤらしい編集者的な考えですね(笑)。
帯に込められた3つの青春
―― 『ガケ書房の頃』になる前の没になったタイトル案などありましたでしょうか?
山下 最初はね、「ガケ書房の青春」やったんです。島田さんが言い出したんですけど。青春はないやろ〜と思って。あとは、「ガケ書房の詩」。これは僕が出しました。でも青春とか詩にすると、後から恥ずかしくなるという話になって。それで、『ガケ書房の頃』はどこにもギアが入ってないニュートラルな感じだったので決まりました。帯には、青春が入ったんですけど(笑)。
―― 帯もかっこよかったです。
山下 ありがとうございます。この帯の「青春」には、実は3つの青春があるんです。ひとつは僕の青春。もうひとつはそこに通ってくれたお客さんの青春。もうひとつは、本屋が本屋としてやっていけた書店業界の青春。今はもう取次を通して始める本屋さんはあまりなくて、僕はそういうやり方で始めた最後の世代なんですよ。
―― そうだったのですね。
山下 ガケ書房の外観も言ってみれば青春そのもので、僕の初期衝動ですよね。とにかく、俺を見てくれ!俺、俺!みたいな感じだったので。
でも10年もやってたら考えも変わってくるし、後半はもう恥ずかしくて(笑)。青春の墓標ですよ。毎日出勤のたびにどうにかできひんかなーって思ってました。でも、昔聞いた話なんですけど、京都駅でタクシーに載って「車が突っ込んでる本屋さん」って、特徴言ったらあっさり着いたらしいですよ(笑)。マジな話。そういう意味では成功でしたけど。
誤解を増幅させる
―― いろいろなアイデアはどういうときに浮かびますか?
山下 ルーティンワークのときですかね。運転してるときとか歯磨いてるときか、トイレ入ってるときとか。手がふさがってて体が勝手に動いてるときって頭は退屈だから人間って色々考え始めるんです。
でも最近はそういうときに、スマホいじるでしょ。そういう<思考を遊ばせる反復時間>をスマホをいじることに取られてしまうのはもしかしたら退化かもしれませんね。自分で操作しているから、能動的になにかやってるように見えるんですけど。実は何もしてないんじゃないかと思うんです。中毒になってる人たちの層を見ると、実はかつてのテレビような受け身のメディアなんじゃないかと。
―― ほんとそうですよね。
山下 昔、大学の「自己プロデュース論」の授業のゲストに呼ばれたことがあって、そのとき僕は事前に、生徒たちのSNSのアカウントを聞いておいてほしいって先生に頼んでおいたんです。なぜかというと、要するにSNSって一番身近な自己プロデュースだと思うんですよ。何を投稿するか、何を投稿しないかっていう取捨選択は自分が人からどう見られたいか、ってことだから。
―― たしかに!
山下 で、僕が意地悪なのは、そのアカウントをスクリーンに映して、これなんでアップしたん? なんでこんな言葉書いたん? なんでカフェのカップ撮ってんの? とか。それを一人一人に解説させたんです(笑)。そしたらそのうち生徒は皆、下を向いて目も合わせてくれなくなって(笑)。
―― (笑)。
山下 でも、それはSNSに投稿するということを一回、客観的に考える行動なんです。投稿をただするのと、自己プロデュースの一つだと意識してやるのとでは全然違うんですよ。そこにツールがあるからやるっていうのではなくて、意識的に投稿したらSNSってすごく効果があると思うし。
―― なるほど。
山下 SNSとかインターネットって誤解を増幅させられるメディアなんですよ。それは良くも悪くもね。そのいいほうの誤解の増幅をホホホ座は今、やっています。この半年で全国にたくさんの異業種のホホホ座が出来てるんですね。内情を言うとただ名前を使ってもらってるだけなんですけど、でも第三者の事情を知らない人が見たら、え、ここにも店舗があんの!? 全国展開してる企業なの!? っていういい誤解のパブリックイメージが生じて、何かと役に立ってます(笑)。
娯楽、ソフト、お土産として
―― 最近は、ホホホ座は本屋ではないということを、推してらっしゃいますよね。
山下 そうです、売るための戦略として、買ってもらう動機を下げたいなって思うんです。本は、アプリとはまた違う面白さを持った「娯楽」なんだとアピールしていきたいですね。昔は本を読むことは教養でしたけど、そうやって本を読むことが偉いこと、難しいことみたいにしてしまうと、みんなますます本から遠ざかってしまう。純粋にソフトとして付き合ってほしいです。
―― うんうん。
山下 あとは、お土産として買ってほしい。ネットでワンクリックで買うだけだと、ついてこない<モノにまつわる思い出>というものを、店への行き帰りだったり、店内の空気だったり、一緒に行った人との時間だったりという思い出を家の本棚に持って帰ってもらえればと思います。
―― 電子書籍などはデータ飛んだら終わりですもんね。
山下 あと紙の本は、時間を止めたメディアなんです。SNSは現在進行形で時間の誤差が限りなく少ないけど、紙メディアは印刷までの工程を経た時点でいつも過去の出来事なんです。つまりこの次元への記録です。100年前の言葉が紙で残ってるってわけやからね。
山下 考えてみれば本屋さんって不思議な空間なんですよ。全く違う思想がとなり通しで並んでいる。そういうのって大切やと思うんです。いろんな考え方があって、いろんな人がいるってことを空間で感じられる。
ひとつに染まるのが嫌い
―― 感動しました。
山下 僕は、なんでもひとつに染まってしまうのが嫌いで。だから電車の中とかでも、スマホ一色じゃなくて、いろいろなことをしている人がいた方が安心します。
街とかも同じで、渋谷とか若者ばっかりの街はどこか居心地が悪いんです。
―― 昔からそうでしたか?
山下 うーん、でもまあでも店をやりはじめた頃は、自分の趣味を押し付けたものばっかり並べてたんです。本当に男臭い、柔道部の部室みたいな(笑)感じの男臭さ。もうとにかくインパクトが強いもの、奇をてらった在庫。そんな感じやったんです。それが実績として、みるみる売り上げが下がって分かったので、どうしようかと思って。
―― そうですか・・・。
山下 それで、スタッフに無理矢理入ってもらって、その子達がマイルドにしてくれたんですよ。その棚をみたときに、ああ、これでいいんや、とコロッと方向転換したんです。自分の我を出すんじゃなくて、ちゃんとお客さんと対話して、いろんな価値観に触れて、その対話のなかで生まれてくる商品を出したほうがいい。そうやって売れたときの方が嬉しいんですよね。
血だらけの猪木がかっこ良くて...
―― 小さいころに読んでいて印象に残った本などはありますか?
山下 大百科シリーズですね。全怪獣怪人大百科とか。あとは学研のひみつシリーズ。なんかね、優等生的なのは好きじゃなかったんです。親から偉人の伝記モノも押し付けられたんですけど、好きじゃなかった。優れた児童書とか子供に選択肢として導くのはいいと思うけど、この価値観だけがいいんだとあてがうのはよくないと思いますよ。それは英才教育ではないと思う。
中学校くらいからは、普通の本はあまり読まなくなったんですよね。プロレスにはまってしまって(笑)。そこから将来の夢はもうプロレスラーって決めて、毎日トレーニングとかしてたんです。
―― おお!
山下 中学校2年でブリッジとかしてたんです。プロレス雑誌が毎週2冊出るんですよ。だからそれを毎週買って、隅から隅まで読んでました。
―― プロレスにはまったのはどんなきっかけがあったのですか?
山下 友達の家に行ったら、壁に猪木が頭血だらけでマイクもってるポスターがあったんです。それ見た瞬間、わあ、かっこいいと思って。そこから一気にプロレスに興味がわいてきたんです。
あと僕の時代はタイガーマスクやアントニオ猪木とかが全盛期で、金曜夜8時はプロレスみたいな。ちなみに僕はテレビとかで放送されて盛り上がる前から好きだったんですけどね。これは言っときたいです。ブームに乗ったんじゃないぞ! って(笑)。どうでもいいこだわり。
―― なるほど(笑)
山下 で、高校になると興味の対象が音楽にいくんです。だから本から離れてしまう。音楽ばっか聴いて、ギターばっか弾いて。それで、家出して...って感じかな。それからは、読んでもカルチャー誌とかですね。スタジオボイスとか宝島とか。
でも僕、ポパイとかね、ああいうのにはまったく興味なかったんですよ。シュッとした都会系の本はなんか逆に田舎モンが必死で読む雑誌のような気がして。あとはチャールズ・ブコウスキー。パンクじいさんです。下品なこといっぱい書いてるんですよね。そういうのに最初は惹かれました。
都会を生きていくための本
『愛についてのデッサン 佐古啓介の旅』野呂邦暢(みすず書房)
―― お店を始められてから読まれた本で印象に残っているものは?
山下 店を始めてからは、好きな作家は自分の中で決まって来ましたね。硬質の、シリアスな文体の作家。たとえば佐藤泰志、野呂邦暢、初期の丸山健二とか。ああいうちょっと男っぽいというか、あんまり夢見る感じではないところが好きです。その中でも、現実をそこにそのまま、ただ書くんじゃなくて、そこに詩的要素が入ってるのがいい。
『ガケ書房の頃』も彼らの文体の影響が知らず知らずのうちに出ているかもしれないです。良いことばかりだけじゃなく、シビアな現実の中にあるもの。最近はかっこよく生きるためのことばっかり書いてる本が多くて、もちろん売れるからお店にも置くんですけど。若い人はそういうのにコロっと騙されてしまうんですよね~。カッコわるいカッコよさを知らずに。
―― さっきの野呂邦暢、佐藤泰志さんの本で言うとどのタイトルの本がいいですか?
山下 野呂さんは『愛についてのデッサン』『丘の火』とエッセイ集。佐藤泰志は『海炭市叙景』とか、丸山健二は、初期の短編集が大好きです。これらの本は、自分が都会で生きていくために読み返してきた本かな。
名もなき本屋こそおもしろい
―― 印象に残っていたり、よく行った本屋さんはありますか?
山下 まずこの本の冒頭に書いたこま書房ですね。あとは、あんまり思いつかへんなあ。僕、元々あんまり情報を追っかけないタイプなんですよ。実はガケ書房を始めるとき、恵文社一乗寺店も知らなかったんですよ。同じ左京区にあるはずなのに。物件探しにきて、はっ、こんなお店あるんやって。流行ってたり、話題の情報に興味がなかったりする。出会いが遅いほうが面白かったりもする。
―― そうでしたか...。
山下 古本屋さんとかは入ってくる本がそれぞれ違うし、値段も違うし、いろいろ探して行ったりするんですけど、新刊書店とかはまず行かないんですよ。地方に行ったりしても、あくまで入るのはその近くにある普通の本屋さん。でもそういうとこに置いてある何気ない在庫が面白かったりするんですよ。いわゆるセレクト系の書店の人が目につけたもんじゃなくて、偶然配本で入ってきた本とか、まったく自分の店と接点がない本が並んでいたりするので、意外な発見もあったりするんです。
―― 『本屋さんと私』に本屋さんの名前が出てこないのも、新鮮でいいです。
山下 それでいいんですかね(笑)。でも好きなのは、本当に名前も覚えてへんような本屋ばっかりです。たぶんこの「こま書房」も、最初に出会った単に近くにある本屋。どこにでもあるような名もなき本屋なんですよ。でもしっかり街に根付いてる。そういう本屋が好きです。
編集部からのお知らせ
【8/10 イベント】「ミシマ社とホホホ座のやり口」
6月に発刊した『ホホホ座の反省文』。このタイトルに辿りつくまでには、紆余曲折がありました。「無粋志向」、「ホホホ座の話」など色々な案がであるなかで、最後まで残っていたのが、第4章の章タイトルにもなっている「ホホホ座のやり口」でした。何かと話題になる、ホホホ座とミシマ社。いったいどうやって話題をつくっているのか、アイデアを出すのか…、ミシマ社とホホホ座がそれぞれの「やり口」について語り合います。
■日程:2019年8月10日(土)17:00~(開場16:30~)
■会場:カフェ martha(大阪市西区江戸堀3-8-16)
千日前線「阿波座」より徒歩3分、中央線「阿波座」より徒歩5分
■入場料:1,000円(+1ドリンク)
■出演者:山下賢二(ホホホ座)、三島邦弘(ミシマ社)