復活!ミシマガジン

第18回

君はバッキー井上を知っているか (1)

2020.08.10更新

 こんにちは、ミシマガ編集部です。

 ミシマ社8月の新刊は、『残念こそ俺のご馳走。――そして、ベストコラム集』です(8月30日発刊)。バッキー井上さんが『Meets Regional』誌上で創刊号から休まず連載されている、コラムのベスト版です。

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『残念こそ俺のご馳走。――そして、ベストコラム集』バッキー井上(ミシマ社)

 バッキー井上さんといえば、画家・踊り子・"ひとり電通"、そして現在は酒場ライター・漬物屋、居酒屋の店主と様々な仕事をされてきた、その数奇な半生を綴られた『人生、行きがかりじょう』でもおなじみです。その『人生、いきがかりじょう』が刊行する約半年前の2013年4月に、「みんなのミシマガジン」でバッキーさんに就活や「磯辺の生き物」としての生き方、また飲食店での心構えまでを伺うインタビューを行いました。

 本日と明日は「復活ミシマガジン」で、そのインタビューをお届けします。

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『人生、行きがかりじょうーー全部ゆるしてゴキゲンに』バッキー井上(ミシマ社)


※本記事は、「旧みんなのミシマガジン」にて、2013年4月22日〜4月25日に掲載されたものです。

 本特集は、ミシマ社に来ている学生さんたち(通称・デッチ)に、バッキー井上さんの話をしているときに決まりました。
「バッキーさんって、37歳で漬物屋を始めたんやって。それまでは、"ひとり電通"したかったらしいよ」
「な、なんですか、それ??」
「うーん、よくわからん」。
そんな会話の断片が、就職活動中の学生の胸に突き刺さったようです。

「なんか、自分らの生き方狭い気がする・・・。就活だけが、可能性じゃないのかも」

 そのつぶやきを聞いたミシマ社編集部はすぐさま、「生バッキ―さんに会ってみよう!」と即座に提案したのでした。
 そうして実現した本企画。ゴタクはこのへんにして、さっそく、「バッキ―井上」ご本人の肉声に触れてみてください。

(文:池畑索季、三島邦弘 写真:新居未希)

行きがかりじょう

―― バッキーさん、早速ですが自己紹介お願いします。

バッキー 基本的には漬物屋をやっています。錦・高倉屋っていう漬物屋をやっているんですけど、百錬って言う居酒屋も個人でやっています。百錬は小さい店で、僕が料理をつくるわけではないんですけど、・・・行きがかりじょう始めることになって。

 極端なこと言うと、僕は就職活動したことないんですね。なんか目指して、そこにたどり着くのが良いのかちょっとわからないんでね、僕がこうやってお話をさせてもらうのがいいのかなぁって。

 ここにたどり着きたいと思って、そこに努力するっていうのがね。まぁ、努力するって言うのは素晴らしいことやと思うんですけど、その段階で、到達点の予測って言うか、到達点に行けばどうなるか予めわかっているということについて、ちょっと疑問かなぁというふうに思うんですけどね。

 そこに辿り着こうとする努力とか、そこに辿り着こうとして色々勉強したり、いろんな人にあったり、経験したり、それはものすごい素敵なことだと思うんですけど、到達点を予め予測できるっていう感覚はどうかなぁっていう。まぁ、はっきり言って難しいですね。

 僕なんかは、「行きがかりじょう」っていうふうに、こう。行きがかりじょうっていうのは情けないことなんですけどね、それを情けないと言うてたら、もう勝手に年も行くしね、情けない言うてる間に人生終わってしまってもあれなんでね、行きがかりじょうの方がカッコイイんちゃうかって。
まぁ、言うてるだけなんですけどね。

backey1.jpg―― そういう考え方は昔からなんですか?

バッキー 徐々にですね。行きがかり上ということで納得する素質は物凄いあったと思うんですよね、子どもの時から。皆さんもあると思うんですけど、例えば裏山で基地とか作っていて、もうできそうやって時に、太い枝ごと折れたり、自分が落ちたり、いつもは来ないはずの親が来て止めさせられたりとかね。そういうのがあるでしょ。やっぱり泣きたくなるしね。

 そこでそれを良い展開に感じないと。晩飯もうまないしね、翌日も嫌やしね。全部、何もかも嫌になりますよね。 

 運動会でクラス対抗リレーの選手になるっていうことは誉れだったんですけど、ギリギリのところでコケたりね、脚の早いやつが転校したりして「ついに俺も・・・」なんて思っていたら怪我したりね。なんかあるでしょ。そういうこと。

広告会社に潜り込む

―― バッキーさんはこれまでどこかに就職されたことはあったんですか?

バッキー 広告会社に入りたくてね。なんにもわかってなかったんやけどクリエイティブの仕事をしたくて。電話帳を見て、何社か電話したんですよ。でも、制作系の学校出たのかどうかとか、作品を持って来いとかいうのがあってね。

 僕はそんなところ行ってないし、仕事をしたことがあるわけじゃないし、作品があるわけでもないし。それでずっと電話してたら、「うちは募集してないのになんで君は電話してきたん?」って言われてね。「オフィスから出てくる人がキレイやし」とか言うて、ほんまは行ってもいないのに。そしたらクスクスって笑わはって、「ほな、社長に聞いといたげるわ」とか言って。ほんで、ほんまに聞いてもらって、「納品係やったら来てもらってもええかも」って言うてもらって。もうなんでもええわ、と思って。とりあえずそういう世界に触れるんだったらと思って。

 それで行ったら、もうね、会うたこともないような人種ばっかりでしたね。今から思ったら大したことないんですよ。当時はね、ヒゲはやして、いかにも「クリエイター」って感じの人とか。そこへ潜り込んでね。そっからですよ、ボクが変になったん。

―― (一同 笑いをこらえる)

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バッキー そこの会社はね、社長が何もかも指示するんですよ。怖いんですよ。その社長の気が向くまで仕事しはらへんからね、待ってるんですよ。その先生がね、その事務所にピアノやらビリヤード台やら、カッコイイ事務所でね。仕事乗るまで、将棋したり、麻雀したり、お酒飲んだりしはるんですよ。僕は割とどれも付き合えたんで、オモシロがらはってね。「とりあえずお前は残っとけ」って。

 将棋もね、他のスタッフは先生には勝てへんのやけど、僕は割と互角の戦い。ビリヤードも互角の戦い。お酒も強いしね。歌もよう知ってるから、仕事以外のことは割と付き合わされるんですよ。それが得したんかな、ボク。

 で、周りもぽろぽろ辞めて行ったりしてね。なんでもかんでも「お前やっとけ」とか言わはるんですよ。やったことないのに。

 その時に、もうなんかいろんなコトで吸収するんやろうね。20代の前半やったからね。朝とか昼は納品行って、夕方から夜は先生の遊びに付き合って、夜中とか仕事しはるんでね、その時に手伝うんですよ。普通のスタッフは20〜22時くらいに帰らはるんですけど、俺はいとけって言われるんですよ。遊びの相手にね。それが割と得したんちゃうかな。

 そやから何があるかわからへんな。ただ、何かになろうと思って努力することはアレなんちゃうかなぁ。

「損得」で考えてみる 〜バッキー流取材術、開発秘話〜

バッキー 努力って言うか、ボクは割とすぐ「損得」に置き換えるんやけどね。例えば、ライターとかの仕事させてもらった時に、お店の取材とかにカメラマンの人と一緒に行くでしょ。店に行くのは一緒やんか。ボクは聞いたりしたりしてる時に、カメラマンの人は写真撮って。ボクらはレイアウトが出来てきたら、原稿書かなあかんのですよ。でもカメラマンの人は現像したら終わり。

 で、俺は損やって思ってたんですよ。俺は飲みに行けへんやんか。明日の晩、原稿書かなあかんとか、デートできひんとかね。カメラマンのやつはできるしいいな、こりゃあ損や。ギャラも変わらへんしね。

 それで、取材している間に文章書くことにした。ぐわーって。取材しているときにいくらメモをしたりしてもね、インターバルあるでしょ。原稿を起こす時までに。レイアウト上がってきたり、2日か3日あるじゃないですか。そしたらもうね、わからないんですよ。その時の何かが。

 そやからね、行ってる最中に店の料理やお酒と全然関係ないことをいっぱい書くんですよ。カベの時計がちょっとだけズレてるとかね。額縁を壁に張っていた日焼け跡があるとかね。ご主人の字がキレイとか、奥さんの爪がどうやったとかね。そんなんぶわーって書いていくんですよ。もうホンマにびっくりするくらい。

 取材してる時はね、机の上には紙を置かないんですよ。テープレコーダーもやらない。これやると、起こす時に聞かなきゃいけないでしょ。それ時間かかるから、机の下でビューっと書くんですよ。もう何書いてるかわからなくなるんだけど。

 机の上で書いたら、そればっかり相手が見はるんですよ。テープレコーダー置いても、変なこと言ったら残るから、気になるんですよ。しゃべる言葉が慎重になるし。

 もう後はね、レイアウト上がってきたら、つなぎ合わせるだけ。早いんですよ。それで褒められんねん。江(「ミーツ・リージョナル」の編集長・当時)に。「お前の原稿はおもろいのぅ」とか言って。「飲んで書いてるんちゃうんかー」って。

 その場のやつを組み合わせてるだけ。そしたらはよ終わるからカメラマンと一緒に飲みに行けるし。損とか得とかって言うのはお金のことじゃなくてね。そういうことがきっかけになって仕事してることが多いですね。

いっぱい入っていたら重くなる

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バッキー たとえばお店のドア板がポーンと跳ねててね、別に誰も気にしてないんだけど、それがあったら誰か引っかかるかも知れんなぁと思ったりするでしょ。でもそれを取るにはね、ドライバーとか道具を取りに帰らなあかんとか言うことで、3日とか一週間放っておくとするやん。

 それで一週間後に道具でそれを取るのと、その時に取るのとでは、作業自体は同じ10分で終わっているのに、今やるのと一週間後にやるではだいぶ違うでしょ。損得で言うたらね。

 そんなんで言うたらね、パソコンも重くなるでしょ、データがいっぱい入っていたら。そやからそんなんをどんどん外していくと、割と軽く動くんちゃうかなってよう思うね。そんなん日常にいっぱいあるんですよ。重く重くなっていくんですよ。

降りてばかりいたら上手くならない

―― 今だったら、朝から深夜まで働かされたら「ブラック企業」扱いで、新入社員もすぐ辞めてしまいそうですけど、バッキーさんはなんでその環境で続けられたんですか?

バッキー そら、電話して出てきた女の人知らんのに、「キレイやから」とか言うて入ってるわけやし。そんなやって入って、「やっぱこれきついし」とか言うてもねぇ。自分でええ加減なこと言うて潜り込んでるのに、「きついし、失礼します」言うのもねぇ。そんなんしたら、潜り込んだ甲斐がないもんね。

―― それは損得で言ったら、損にはならないんですか?

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バッキー それはね、今やし得やったんやろうなぁって思うんですね。その時は、損得って言うよりも、もうそれ以外道がなかったんですよ。だって、睨まれたら怖いから、「先生お先に失礼します」とか言えないです。「お先に失礼します」って言うたらね、「お疲れさん」って言わはるんですけどね、やっぱり言えないんですよ。なんか「お先に失礼します」って言うことは、ゲームで言うたら「もう降りますわ」みたいなね。降りてばかりいたら上手ならへんからね、戦いって。麻雀もそうやし、ある程度そのフィールドで戦っていかないとね。たぶんね、その先生やらの世代もそういう風なフィールドやったんちゃうかなぁ。それが当たり前のようで、「明日早いし、しんどいし、もうお前帰れよ」とか言わへんのですよ。


 俺はそうやったけど、若者には時間がないからね、当時から「はよして、はよ帰らなあかんねん」って思ってました。もうその先生がダラダラしはるのはね、それはそれで理解してるんやけど、一方で「俺は絶対にこうなりたくない」と思ってて。「はよして、はよ帰る。若者には時間がない」ってずっと思ってましたね。そうしないと遊びに行けへんねん。

いつの間にかフリーランスに

―― その事務所から次への転機はどう訪れたんですか?

バッキー フリーランスになるような形になって行ったんですよ。なんか知らんけど。他に事業もやり出さはったりして、フリーランスになるような形に自然になったんですよ。「辞めますわ」じゃなくてね。それで、その先生のとこの会社ともすぐ傍にいて、形はフリーランスみたいになったんかな。そこで、ドイル・ディーン・バーンバックが出てくるわけですよ。

―― 元々フリーランスでやりたかったというわけではないんですか?

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バッキー ではないですね。でも、会社のアシスタントやってるより、ドイル・ディーン・バーンバックをはじめる方が圧倒的にモテるしね。別にね、決断をするその時々で「どっちがモテるか」なんて考えへんのやけど、後から思ったら、たぶんそんなことで選択してたんちゃうかなぁって思うね。

ひとり電通

―― ドイル・ディーン・バーンバック?

バッキー 広告の仕事やりたいとか思った時はね、きっかけは広告ブームだったんですよ。コピーライターブームとかね。糸井重里とか。70年代のブームみたいなのがあって、そういう世界ってやっぱりなんか憧れるでしょ?なんかカッコイイみたいな気がしてね。

 でも、僕の先輩が「お前アホか」って言うて、アメリカの広告会社の伝記みたいなものをくれたんですよ。「お前これ読め」って。アメリカの広告代理店の始まりから今に至るまで書いてあってね。それがかっこ良くてね。

 DDBっていう会社でね。ドイル・ディーン・バーンバックっていう3人がやってるんですよ。だいたいアメリカの広告会社ってね、アートディレクターとコピーライターが二人でやっているって言うのが基本みたいで。

 フォルクスワーゲンのキャンペーンやレンタカーのエイビスのね「No.2主義宣言」とかね。エイビスはハーツっていうところに次いで2番やったんですよ。2番だから1番の所よりも良いサービスをするっていうようなキャンペーンでね。それで1位と2位がぎゅっと縮まってね。そんなストーリーとか、そんなんがたくさんあってね。

 それがオモロイから、他のアメリカの広告会社もそんな伝記みたいなね、「広告の鬼」とか、色々あったんですよ。あ、それは電通か。そんなん読んでるうちに「かっこええ」思って。それで「ほな俺も、もう一人誰か見つけて『井上&なんとか』やろうか」なんてね。まぁ電通ですよ。そんなんをしたかったんですよ。そんでそういうのを始めたんですけど、「キミらは何をしてるんや」言われるんですよ。「なんなんキミら」みたいな。


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 「いやー、わかりやすく言えばね、"ひとり電通"ですよ」って。余計わからないっていうね。

 要するにその時言いたかったのは、どういう市場があって云々とか、それに対してMDも、イベントも、パブリシティも、電通みたいに全部やるって言うてたんですけど、頼まれるのは「チラシとステ看(捨て看板)とラジオ1本入れといてくれ」とか、そんなもんですよ。情けないやろ?ステ看って今はないけど、昔はあってね、電柱に巻いていくやつですよ。捕まるんですよ、あれ。情けないでしょ。でも受けてたんですよ。仕事ないから。何が"ひとり電通"やって。電通の人怒るよね。

 僕の友だちは早稲田に行っていて、英語もペラペラで、賢いやつで、博報堂入りましたよ。物凄い努力しとったなぁ、本当に。よう遊んどったけど、勉強もしとったしねぇ。博報堂入って良い仕事してたね。

 でもね、やっぱり憧れんねん。片やステ看やって、片や博報堂で女優使ってハワイにロケとか行くわけよ。・・・なぁ。それは「行きがかりじょう、こっちの方がええ」とか言えませんよ。それはずーっとハワイの方がええって。

(明日につづく)

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