復活!ミシマガジン

第26回

祝『思いがけず利他』増刷!

2023.07.08更新

こんにちは。ミシマガ編集部です。
このたび『思いがけず利他』の9刷が決まり、累計3万部となりました!!
発刊から2年近くが経つ最近でも、いろいろな世代の、いろいろな職業の方から、たくさんの感想を寄せていただいており、とても嬉しいです!

今回は祝増刷記念として、『思いがけず利他』発刊時に、中島岳志先生が寄せてくださった動画メッセージと、「利他的であること」と題してミシマガに連載いただいていた際の第1回目(『思いがけず利他』の「はじめに」にあたる部分)を再掲いたします。まだ読んでいなかった! という方はぜひ、お近くの書店でお求めください!!

「利他」と「利己」はメビウスの輪

 まずは、発刊にあたって中島岳志先生が寄せてくださった書籍紹介動画です!

 私は、「利他」と「利己」というのはメビウスの輪のようにつながっているものなのではないかと思います。
 すごく利他的なことをやっている人でも、その内面に「褒められたい」とか「名誉を手にしたい」という思いが強くあると、それはとても「利己的」であったりしますよね。「利己」と「利他」はなかなか分けにくい。厄介な問題があるのではと思っているんです。
 では、本当の利他とは何なのか? といったときに、キーワードは「思いがけず」なんです。あるいは、「偶然」。
 人間の意思によって何かをやる、ということを超えたところで起きてしまう行為や現象。そのなかに、利他の本質があるのではないか。(※動画より一部抜粋)

続いては、『思いがけず利他』の「はじめに」です!

利他への関心の高まり

 コロナ危機によって「利他」への関心が高まっています。
 マスクをすること、行動を自粛すること、ステイホームすること――――。これらは自分がコロナウイルスにかからないための防御策である以上に、自分が無症状のまま感染している可能性を踏まえて、他者に感染を広めないための行為でもあります。
 いまの私の体力に自信があり、感染しても「たいしたことはない」と思っても、街角ですれ違う人の中には、疾患を抱えている人が大勢いるでしょう。恐怖心を抱きながらも、電車に乗って病院に検診に通う妊婦もいる。通院が不可欠な高齢者もいます。一人暮らしの高齢者は、自分で買い物にも行かなければならなりません。感染すると命にかかわる人たちとの協同で成り立っている社会の一員として、自分は利己的な振る舞いをしていていいのか。そんなことが一人一人に問われています。
 ロンドン大学教授のグラハム・メドレイ(Graham Medley)は、ヨーロッパでコロナウイルスが猛威を振るった2020年3月に言いました。「あなた自身がすでに感染している前提で振る舞いなさい」―――。
 私たちは「巣ごもり」をしました。大切な人とも会えない。生きがいだった社会的活動も制約される。勉強も仕事も、思うように進まない。そんないらだちの中、「ソーシャルギフトサービス」(e-Gift)の市場が、若者を中心に拡大しました。高価な贈り物ではなく、日常のささやかな感謝を伝えるために、ささやかなギフトを贈る。スマホ経由でコーヒー一杯などのギフト券を贈る「ちょこっと贈与」が話題になりました。
 若者を中心に、利他的な行為への関心が高まっているというのは、世界的に確かな傾向のようです。医療従事者や様々なエッセンシャルワーカーへの感謝の伝達行為も広がりました。様々な寄付やクラウドファンディングなどに参加した人も多いでしょう。これは大変重要な潮流だと思います。

利他の困難

 しかし、一方で、「利他」には独特の「うさんくささ」がつきまとうことも事実です。利他的行動に積極的な人に対して、「意識高い系」という言葉が揶揄を込めて使われたり、「偽善者」というレッテルが貼られたりすることがあります。結局のところ、利他的な振る舞いをすることで「善い人」というセルフイメージを獲得しようとする利己的行為なのではないかという疑念が、そこには沸き起こってしまうのです。
 しかも利他行為の「押しつけがましさ」は、時に暴力的な側面を露わにします。誰かから贈与を受けたとき、私たちは「うれしい」という思いと共に、「お返しをしなければならない」という「負債感」を抱きます。うれしいんだけども、プレッシャーがかかるというのが、贈与の特徴です。もし、返礼をする余裕がない場合、二人の間には、次第に「あげる人」「もらう人」という上下関係が構築されていきます。「私はあの人を援助している」/「あの人からは一方的にもらってばかりだ」という双方の思いが蓄積していくと、ここに支配-被支配の関係が自ずとできあがっていきます。これが利他的な贈与の怖いところです。

利己的な利他?

 コロナ危機の中で、フランスの経済学者ジャック・アタリの「合理的利他主義」という考え方に注目が集まりました。アタリは、利他主義という理想への転換こそが、人類のサバイバルの鍵であると主張します。自らが感染の脅威にさらされないためには、他人の感染を確実に防ぐ必要がある。利他主義であることは、ひいては自分の利益となるというのです。つまり、利他主義は最善の合理的利己主義に他ならないというのがアタリの主張です。
 彼の議論は、利他的行為によって最も恩恵を受けるのは、その行為を行っている自己であるという「間接互恵システム」を説いています。利他行為を「善意」から解放し、利己的なサバイバル術として運用すべきというのですが、どうでしょう? やはり何か引っかかるものが残りませんか? 結局のところ、利己的欲望の実現やサバイバルのために「利他」を利用する構想は、利他が持っている豊かな世界を破壊し、利己的世界観の中に閉じ込めてしまうではないかという思いが、どうしてもよぎります。
 もし利己主義的な利他行為が広がっていくと、本当に利他の循環が起きるのか、私には疑問です。「利己的な利他行為」を受け取る側としては、常に「それって、あなたの利益のためにやっているんだよね?」という思いが沸き起こるため、受け取った利他のバトンを、他者に受け渡そうとする意思が失われるのではないでしょうか。利己的なメッセージ付きの贈り物は、やはり不愉快です。「これがいずれ私に利益をもたらしますように」と暗に記された物・行為を受け取っても、利他の喜びは想起されません。むしろ嫌な気持ちになりますよね。

利他の扉を開く

 利他には様々な困難が伴います。偽善、負債、支配、利己性・・・。利他的になることは、そう簡単ではありません。
 しかし、自己責任論が蔓延し、人間を生産性によって価値づける社会を打破する契機が、「利他」には含まれていることも確かです。コロナ危機の中で私たちの中に沸き起こった「利他」の中にも、新しい時代の予兆があると思います。
 では、どうしたらいいのか?
 私が勤務する東京工業大学では、2020年2月に「未来の人類研究センター」という組織を設立し、「利他プロジェクト」という研究をスタートさせました。私は、大切な仲間と共に、「利他」について日々考えています。そして、その成果を社会的に実践していきたいと願っています。
 私は、多くの人たちに、この仲間に加わって頂けないかと思っています。この連載が、その一環になればと思っています。
 では、「利他」の扉を、開いていくことにしましょう。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    ミシマガ編集部

    10月24日発売の『ちゃぶ台13』の実物ができあがり、手に取った瞬間、雑誌の内側から真新しい光のようなものがじんわり漏れ出てくるのを感じたのでした。それもそのはず。今回のちゃぶ台では、いろいろと新しいことが起こっているのです!

  • 『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    ミシマガ編集部

    10月の新刊2冊が全国の本屋さんで発売となりました。1冊は『ちゃぶ台13』。そしてもう1冊が本日ご紹介する、『tupera tuperaのアイデアポケット』です。これまでに50冊近くの絵本を発表してきたtupera tuperaによる、初の読みもの。ぜひ手にとっていただきたいです。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

  • 職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    ミシマガ編集部

    こんにちは! ミシマ社自由が丘オフィスのスガです。すっかり寒くなってきましたね。自由が丘オフィスは、庭の柿の実を狙うネズミたちがドタバタ暗躍しています・・・。そんな自由が丘オフィスに先日、近所の中学生が職場体験に来てくれました!

この記事のバックナンバー

08月09日
第34回 【お盆に読みたい!】内田樹×釈徹宗
「今年のお盆の迎え方
〜日本宗教のクセを生かして」
ミシマガ編集部
07月13日
第33回 小山哲×藤原辰史「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」後編 ミシマガ編集部
07月12日
第33回 小山哲×藤原辰史「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」中編 ミシマガ編集部
07月11日
第33回 小山哲×藤原辰史「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」前編 ミシマガ編集部
06月26日
第32回 メンバーが選ぶ、小田嶋隆さんの本と言葉 ミシマガ編集部
05月22日
第31回 仲野徹×若林理砂 "ほどほどの健康"でご機嫌に暮らそう ミシマガ編集部
10月13日
第30回 『味つけはせんでええんです』発刊記念
中島岳志先生による「土井善晴論」
ミシマガ編集部
10月11日
第29回 編集部が『ちゃぶ台10』をあつあつに語る(1) ミシマガ編集部
07月16日
第28回 『ぽんこさんの暮らしのはてな?』発刊からちょうど1年! ミシマガ編集部
07月09日
第27回 中田兼介×本上まなみ 「教えてもえもえ博士!もっと いきもののりくつ」 ミシマガ編集部
07月08日
第26回 祝『思いがけず利他』増刷! ミシマガ編集部
06月25日
第25回 特集:小田嶋隆さんの本を読みたい週末 ミシマガ編集部
06月18日
第24回 今日はパパの日!『パパパネル』によせて、tupera tuperaさんからのメッセージ! ミシマガ編集部
06月06日
第23回 2014年 今年の一冊! 百々ナイト ミシマガ編集部
05月25日
第22回 第22回「本屋さん発!」ウィー東城店発! ミシマガ編集部
05月14日
第21回 ナガオカケンメイ×井川直子「つづいているもの」が持つ、"なんか正しい感じ"の正体(2) ミシマガ編集部
05月13日
第21回 ナガオカケンメイ×井川直子「つづいているもの」が持つ、"なんか正しい感じ"の正体(1) ミシマガ編集部
05月09日
第20回 中島岳志×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 「思いがけず発酵」(1) ミシマガ編集部
04月10日
第19回 微風台南・店主が教える 単純、豪快、台湾屋台飯! ミシマガ編集部
08月11日
第18回 君はバッキー井上を知っているか(2) ミシマガ編集部
08月10日
第18回 君はバッキー井上を知っているか (1) ミシマガ編集部
02月23日
第17回 言葉はこうして生き残る 河野通和『言葉はこうして生き残った』発刊記念インタビュー ミシマガ編集部
02月21日
第16回 周防大島に「宮田さん」を訪ねる。 ミシマガ編集部
02月18日
第15回 ボクは悩める坊さん。~ミッセイ和尚、2冊目を書きあげることができるのか?(後編) ミシマガ編集部
02月17日
第15回 ボクは悩める坊さん。~ミッセイ和尚、2冊目を書きあげることができるのか?(前編) ミシマガ編集部
01月13日
第14回 暖ドリ! 寒さを乗りきる 暖のとりかた (後編) ミシマガ編集部
01月12日
第14回 暖ドリ! 寒さを乗りきる 暖のとりかた (前編) ミシマガ編集部
12月27日
第13回 本屋さんと私 滝口悠生さん編(後編) ミシマガ編集部
12月26日
第13回 本屋さんと私 滝口悠生さん編(前編) ミシマガ編集部
12月08日
第12回 本屋さんと私 青山ゆみこさん編(後編) ミシマガ編集部
12月07日
第12回 本屋さんと私 青山ゆみこさん編(前編) ミシマガ編集部
09月25日
第11回 森の案内人・三浦豊さんと行く! 京都御所ツアー(2) ミシマガ編集部
09月24日
第11回 森の案内人・三浦豊さんと行く! 京都御所ツアー(1) ミシマガ編集部
08月26日
第10回 大島依提亜さんに聞きました!『今日の人生』の秘密など ミシマガ編集部
07月27日
第9回 本屋さんと私 山下賢二さん編 ミシマガ編集部
05月06日
第8回 Born to Walk!〜「心の時代」の次を探して(2) ミシマガ編集部
05月05日
第8回 Born to Walk!〜「心の時代」の次を探して(1) ミシマガ編集部
03月03日
第7回 細川貂々さんとツレさんに聞く! 電車と子育て ミシマガ編集部
02月05日
第6回 〈戦争できる国〉にしないためのちゃぶ台会議 戦後70年、元海軍兵の言葉を聴く ミシマガ編集部
12月19日
第5回 『上方落語史観』(140B)発売記念トーク 髙島幸次×笑福亭たま×久坂部羊(2) ミシマガ編集部
12月18日
第5回 『上方落語史観』(140B)発売記念トーク 髙島幸次×笑福亭たま(1) ミシマガ編集部
11月18日
第4回 「未来の今日の人生」 ミシマガ編集部
11月13日
第3回 増田喜昭×後藤美月 自分の人生に落とし前をつける絵本 ミシマガ編集部
09月24日
第2回 僕たちの世代 光嶋裕介×後藤正文×三島邦弘(2) ミシマガ編集部
09月23日
第2回 僕たちの世代 光嶋裕介×後藤正文×三島邦弘(1) ミシマガ編集部
07月30日
第1回 古代文字で写経 安田登 ミシマガ編集部
ページトップへ