雨宿りの木

第13回

物語をつむぐケア

2022.05.30更新

 こんにちは。

 前回まで、誰かにケアを通じてコミュニケーションを行うとき、「あなたのことを大切に思っています」と相手が理解できるように伝えることで相手との良い関係を築くことができ、結果として互いに良い時間を過ごせるようになることをお伝えしてきました。
 私たちは誰かと共に過ごすとき、自分では自覚していなくても、言葉による、もしくは言葉によらないメッセージを常に発しています。そのメッセージを出すための手段をユマニチュードでは「4つの柱」と名づけました。4つの柱とは「見る」「話す」「触れる」「立つ」です。この4つの柱はひとつひとつが相手へのメッセージや自己の確認の手段ですが、ひとつだけでは十分ではなく、とくに脆弱な状況にある相手、たとえば認知の機能が低下している方、の場合には複数の柱を組み合わせてコミュニケーションをすることが大切で、相手と過ごすその瞬間瞬間に複数の柱(モード)を組み合わせてメッセージを伝える「マルチモーダル・コミュニケーション」をユマニチュードでは重要だと考えています。
 ケアは相手のところに訪れ、ケアをして、辞去する、という一連の時間の流れの中で行われます。「4つの柱」がその時点のコミュニケーションで用いる技術であるのに対し、ケアのためにその場を訪れ、ケアを行って、その場を辞去するまでの一連の時間(シークエンス)をどのように過ごすかについてもユマニチュードは提案しています。それが「ユマニチュードのケアの5つのステップ」です。

 ユマニチュードではすべてのケアを5つのステップで構成される1つの物語(シークエンス)として考えます。順番に、1)出会いの準備、2)ケアの準備、3)知覚の連結、4)感情の固定、5)再会の約束と名付けています。この名前は覚える必要はありませんが、それぞれのステップで行うことについて思い出すことはとても簡単です。というのも、この5つのステップは、私たちが誰かと良い時間を過ごしたいと思っているときに、たとえば私がとても親しい友人から「家でごはんを食べよう」と誘ってもらったときに、自然と行っていることだからです。

 招いてもらった日を私は心待ちにしています。当日友人の家に行き
①玄関のインターホンをならします。
②扉を開けてもらい、本人の顔を見たら「お招きありがとうございます。会えてうれしいです」と伝えます。相手からも「ようこそ」と迎えてもらえます。
③一緒に美味しいご飯を食べます。ご飯の間は無言で食べるのではなく、いろいろな話をしてその時間を楽しみます。
④ごはんの後、コーヒーを飲みながら「今日は楽しかったね」と今宵の時間を振り返ります。
⑤最後に「ありがとう。今後はいつ会おうか」と次の約束をして、辞去します。

 このようなやりとりはどなたもご経験のあることだと思います。「ごはんに招かれた」ということは「食物を体に入れる」ために行くのではなく、「相手とともに良い時間を過ごす」ためのものです。実は、これはケアにおいても同じです。たとえば「体を拭く」という「体を清潔にする」ために行くのではなく、「相手とともに良い時間を過ごす」ためのもので、「体を拭く」行為はその手段なのです。

 次に5つのステップをケアの場において行う場合についてご紹介します。
①出会いの準備:ケアをする人が自分の来訪を告げ、本人のプライベートな空間に入っても良いかの許可を得ます。具体的には、ノックをして返事を少なくとも3秒待ちます。ノックをする場所は、扉でも、テーブルでも、ベッドボードや椅子のひじかけなど、適切な場所を選びます。
②ケアの準備:ケアを行うための合意を得る時間です。3分で合意が得られない場合には、いったんケアを諦めて後でもう一度①から始めます。「諦める」こともケアの重要な技術です。
③ 知覚の連結:ここがいわゆるケアを実施する時間です。4つの柱を用いて、ケアをする人がケアを受ける人に対して発するメッセージに矛盾が生じないコミュニケーションを行うことで「優しさを伝えるケア」を実現します。
④ 感情の固定:いわゆるケアが終わった後にすぐに辞去するのはなく、共に過ごした時間が良いものであったことを振り返ります。感情に基づく記憶はそのほかの記憶に比べて認知症が進行した人に保持されやすいことから、ケアに関するよい感情を残すことは、次のケアをより受け入れてもらいやすくなるため、とても大切なステップです。逆に、本人にとって辛いケアが実施された場合にはネガティブな感情記憶が残るために次のケアがより困難になってしまうため、ケアの終了時にできるだけ良い感情を残すことがケアをする人にとって重要な技術です。
⑤再会の約束:誰かと「また会いましょう」と約束をすることは誰にとってもうれしいものです。心地よい再会の約束は、次回のケアを受け入れてもらうための鍵となります。

 相手からお返事が返ってくる場合はもちろんのこと、言葉を理解したり発したりすることが難しくなったかたであっても、視線、感情表現、動作などの言葉によらない(非言語の)コミュニケーションのやりとりをする能力はお持ちです。ですから、たとえ相手が言葉を発しない人、反応がないように思われる人であっても、ケアをするときには、4つの柱と5つのステップを用いたコミュニケーションで一連の物語を紡ぐ気持ちで行ってみてください。きっとこれまでにない変化が相手にも自分にも生まれると思います。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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