第14回
記憶の仕組みを理解する
2022.06.29更新
こんにちは。
認知症をおもちのご家族と一緒にお住まいの方々から、さまざまなご相談をお受けすることがあります。「何度も同じことを尋ねられます。3回くらいまでは笑顔で答えることができますが、回数が増えてくるとだんだんイライラしてきてしまう自分が嫌になります」「自宅にいるのに、『お邪魔しました。家に帰ります』と言って何処かに行ってしまおうとしてしまいます。そんな時、いったいどうしたら良いのかわかりません」など、これまでのご本人の振る舞いからどんどんかけ離れていってしまうご家族を目の前にして、途方に暮れてしまう方々も少なくありません。
私たちが困ってしまうご家族の振る舞いには、実はご本人にとってはとても理屈に合う理由があります。私たちがクイズを解くように、または探偵ごっこをするようにその理由を探していくことで、困った状況の解決策を見つけ出せることも少なくありません。今回からは、解決策を探し出すためのヒントについてご紹介していこうと思います。
私たちが日常生活を営んでいけるのは、私たちにそのための記憶があるからです。ご飯を食べることを例にとってみると、食卓は食事をするときに利用するもので、椅子は座るもので、お皿の上に載っているものは食べ物で、お箸をどのように持てば良いかを知っていなければ、つまりその記憶をもっていなければ、私たちはご飯を食べることができません。もっと細かく言うと、食卓に近づくために二本の脚を相互に動かして移動すること、椅子の座面にお尻を合わせて座ること、お箸を持った手と腕を動かして食べ物をつまむこと、その食べ物を自分の口まで運ぶために手と腕の動きを調節することもみんな、私たちの記憶があるからできることです。
記憶は私たちの経験からできあがっています。認知症は記憶についての機能が変化していくことで生じます。認知症をお持ちの方の振る舞いに戸惑うとき、ご本人が何にお困りになっているかを理解することが解決の手掛かりになります。そのためには、記憶の仕組みを理解しておくことがとても大切です。今回は人の記憶のしくみについてご紹介します。
私たちは周囲からの情報を感覚器を使って受け取っています。感覚器には、目、耳、鼻、舌、皮膚などがあります。感覚器から届く情報は脳に届けられます。人が知覚できる情報は膨大で、その中から今自分に必要なものだけをフィルターを通して選び、それが脳で分析されます。
たとえば、自分が読書に集中しているときに、横から誰かに話しかけられても気がつかない、ということがあります。耳の機能は十分に音声の情報を受け取っているのですが、読書に夢中になっているので、フィルターが音声情報を遮断してしまっているために気がつかないのです。また、たとえばとても賑やかな場所で誰かと話している時に、周囲の人の話し声や音の中から自分と話している相手の音声を選択して聞き取れるのは、たくさんの音声情報の中から自分に必要な情報をフィルターを通して取り出しているからです。
つまり、外部からの情報は、自分が必要なものだけを選び取るフィルターで選択されて初めて、脳での分析が始まります。フィルターを通った情報はまず1つめの記憶の箱に入ります。これを「短期記憶」と呼んでいます。「短期記憶」はたくさん覚えておくことができず、また長く留めておくこともできません。「短期記憶」の箱に入った情報の大多数はそのまま忘れ去られていきます。短期記憶の中で、脳が「これは覚えておこう」と判断した内容だけが「長期記憶」と呼ばれる記憶の倉庫に入れられます。
認知症が進行するにつれて記憶についての機能が変化していきますが、最初に変化が起こりやすいのが「短期記憶」です。「短期記憶」が失われると、今あったばかりの出来事を覚えておくことができません。冒頭で「何度も同じことを尋ねられ、困っています」という相談をご紹介しましたが、同じ質問を繰り返すのは、「自分がさっき質問をしたこと」と「その答えを教えてもらったこと」の記憶を保つことができなくなっているからです。1分前に尋ねたことを覚えていないので、また尋ねる。答える人にとっては「さっきから何度も言ってる」ことが、尋ねたご本人にとっては「初めての質問」なのです。
とはいえ、「お父さんにとっては"初めての質問"なのだから・・・」と理解していても、10回を超える質問に笑顔で答え続けることはどなたにとっても容易ではありません。質問をするには理由があります。何か心配だから、もしくは何か気になることがあるために尋ねているのかもしれません。質問が不安の表出として行われていることもよくあります。そんな時には、質問そのものではなく、その意図は何なのかを考えてみると解決につながることがあります。
また、質問に関連している別のことをこちらから提案することもご本人に落ち着いていただくきっかけになるかもしれません。たとえば「何時?」と尋ねられた時に「あ、3時。おやつの時間ですね。一緒にお茶の準備をしましょう」など関連している別のことを提案することも介護の技術のひとつです。この提案を映像でご紹介している(東京医療センター・高齢者ケア研究室のYouTubeチャンネル)がありますので、もしご興味のある方がいらっしゃいましたらどうぞご覧になってください。