第18回
どんな記憶が残りやすいのか
2022.11.28更新
こんにちは。記憶の仕組みについての話が続いていますが、今日は私たちはどんな記憶をよりよく覚えているか、その記憶をどのように使うとよいか、についてご紹介しようと思います。
インパクトの強い記憶ほど、よく残っている
記憶のしくみでお伝えしましたように、私たちが長く保っている記憶は大きく分類すると意味記憶・エピソード記憶・手続き記憶・感情記憶の4つに分けられますが、これらは独立しているのではなく、それぞれが密接につながっています。たとえば、私たちが学校で試験勉強のために何かを覚えるときに、単に事実を覚える(意味記憶に留める)だけでなく、それを先生が教えてくれたときに話してくれた面白い出来事(エピソード記憶)と繋げて思い出したり、その事実を何度もノートに書いて覚えたり(手続き記憶の利用)、教わった時に褒められてとても嬉しかったり、逆にすごく叱られて辛かったりしたことと一緒に覚えていたり(感情記憶の利用)するのは、そのひとつの例です。
介護を受けている方ご本人にとっての良い記憶を共有して、共に良い時間を過ごしたいな、と考えるときには、この組み合わせの記憶をいくつか用意しておくと良いかもしれません。
たとえば、お父さんが「あの時は楽しかったんだよな」とおっしゃったり、もしくは折に触れて話題になさる出来事がある場合には、それをノートに書き留めておいて、介護をする時にちょっと困ったことが起きた際に、そのことを話題にしてみると、ご本人の興味がそちらに向いて、穏やかに進めることができることもよくあります。
ここで大事なのは「人生におけるインパクトが大きかったからといって、辛かった出来事について話すのは避ける」ことです。たとえば、親や配偶者が亡くなったことのインパクトはとても大きいものですが、ご本人がうれしくなる話題ではありません。ご本人が楽しかった思い出のリストを、ぜひご用意ください。
古い記憶ほど、よく残っている
私たちの生活の中の新しい出来事は、常に記憶の倉庫に運び込まれますが、私たちは全てをずっとそこにとどめておくことはできません。必要に応じて選ばれた内容が脳に記憶され、そのほかのものは忘れられていきます。とくに、みなさまもご経験がおありかもしれませんが、新しく学んだことはなかなか定着しません。逆に言えば、昔学んだことや経験はずっと覚えていることが多いのです。
認知症をお持ちの方の場合は、とりわけ新しいことを覚えておくことが難しくなります。
ついつい、「昨日の晩ご飯は何だった?」と記憶を確かめようと、ご家族はお尋ねになることが多くなるかもしれませんが、ご本人にとって重要でない内容を覚えておく必要がないことも事実です。たとえば、昨日の晩ご飯の献立は覚えていなくても、ご本人が小学校の時の運動会で家族と一緒に食べたお弁当箱やおかずのことはお話ししてくださるかもしれません。とても楽しかった思い出は古くても記憶の倉庫にしっかりと残っていることの例のひとつです。
覚えていないことについて周囲から責められると、誰もが辛く感じ、不安になります。介護で一番大切なことは、ご本人が安心して過ごせる環境をつくっておくことです。ご本人の記憶の倉庫に残っていることについて話すのは、ご本人の安心につながります。ご本人が自信をもって話せることを話題にすることも、介護の大切な技術です。
楽しい記憶は、何度話しても大丈夫
ご本人が自信をもって話してくれる楽しい記憶を選ぼうと言われても、すぐに話題が尽きてしまう、とご心配になる方もいらっしゃるかもしれません。でも、大丈夫です。自分の好きな話をすることは、どなたにとっても楽しいことです。しかも、認知の機能が落ちてくると、「さっき話した」ということもご本人は覚えていないので、「常に新鮮」です。
もちろん、聴く側にとっては「さっき聞いた」ことになりますが、ここで大切なのは「私たちがご本人から新しい情報を得る」ことが目的ではありません。介護を受けている人とよい時間を過ごすこと、私たちが届けたい介護を相手にうまく受け取ってもらうことが話を聴く目的です。そのための手段としての聴く技術を意識してみてください。このときには、以前ご紹介した「4つの柱」を使ってみると、よりうまくいくと思います。
記憶についてのアイテムを持っておく
冒頭でもご紹介しましたが、「介護を受けている方ご本人にとっての良い記憶を共有する」ための工夫として、「ご本人が好きなものリスト」を作ってみんなで(ご家族だけでなく、訪問看護や介護の方々や近所の方々とも)共有しておくことも提案したいと思います。
文字のリストだけでなく、ご本人の話題によく出る出来事の写真や本など、話題の手掛かりになるものでしたら、何でも大丈夫です。よろしければお試しになってみてください。