雨宿りの木

第21回

ケアの実践・ご本人に安心を届ける技術

2023.03.28更新

 こんにちは。
 自宅で介護をしている相手が、なんとなく落ち着きがなくなったり、理由がよくわからないことで怒り出したり、どこかへ行ってしまおうとするとき、私たちはどうしたら良いのか、と途方に暮れます。ご本人の様子が変わった原因を探究しないと解決できないのでは、と追い詰められてしまいますが、そんなときにはまず「ともかく、何か不安な状態にある」と考えて、ご本人の不安を取り除く方法を考えてみることも、解決策のひとつになり得ます。

 私たちは、自分がよくわからないところで一人ぼっちになると、心配になります。たとえば、自分が中東の国の街角にひとりで置き去りにされた、と想像してみると、周りは知らない人ばかりで、自分が理解できない言葉で話しかけられ、見える看板に書いてあることも分かりません。自分がどこに行けば良いのかもわからず、困ってしまいます。

 介護をしているご家族が落ち着かない状態になった時には、ご本人は今そのような状況にいらっしゃるんだと考えてみてください。そのように困っている時に、誰かよくわからないけれど感じの良い人が近づいてきて、自分がよく知っていることについて話してくれたり、心地よい場所に連れて行ってくれたら、ほっとします。私たちが、ご本人を安心できる場所にお連れする道案内役となることで、このような状況を改善することができます。

 では、具体的にどうすれば良いか。
 まずは「誰かよくわからないけれど感じの良い人」になります。もちろん自分のことを息子だ、とわかってくれると嬉しく思いますが、別に息子だとわかってもらえなくても、何の問題もありません。名前を間違って呼ばれても大丈夫。ここで大切なことは「感じの良い人」になりきることです。

 このためには「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを相手が理解できるように伝えます。これが、これまでご紹介してきた「4つの柱」の技術の見せ所です。

・見る技術:少し離れたところから相手の正面に周り、できれば物を叩いて音を出し、自分が来たよ、と伝えます。(これが5つのステップの一番目、出会いの準備です)相手が気がついてくれたら相手の視界の中心に自分を位置付け、相手の瞳を捉えます。それから、その視線を外さず近づいていきます。

・話す技術:アイコンタクトが成立したな、と思ったらだいたい2秒くらい以内に声をかけます。黙ったまま近づくと、感じが悪い人になってしまいます。ここで大切なことは「相手に安心してもらえる言葉を選ぶ」ことです。「何してるの!」「やめて!」では安心してもらうことはできません。「どうしたの?」という質問も、ご本人にとっては答えを考えなければならないので、負担になる可能性もあります。こんな時には、たとえば、「助けに来ましたよ」「元気そうですね」など、前向きなメッセージを「言い切る形」で伝えるとご本人の安心につながります。

・触れる技術:「助けに来ましたよ」と声をかけながら、「敏感ではない場所」に「着陸の技術」を使って触れます。(連載10回目の「相手と良い関係を結ぶための触れ方」をご参考になさってください)ここで大切なことは、自分が意識していなくても、自分の触れ方が相手にメッセージを伝えてしまっている、ということです。「こっちだよ」と手首を掴んで連れて行こうとすると、相手には「誰かに逮捕されている」ようなとてもネガティブなメッセージが伝わってしまいます。触れる基本は「掴まない」「下から支える」「できるだけ広い面積で触れる」ことです。

 この、見る・話す・触れる技術で「出会いを作り出す」ことができたら、次はご本人が安心できる材料を繰り出します。このとき、ご本人のことをよく知るご家族だからこそできることがたくさんあります。

 たとえば、ご本人がいつもお話しになっているとても楽しかった思い出のことを話したり、話すだけでなく、そのときの写真などを一緒に見ることもご本人の安心につながります。そのために薄いアルバムを用意しておくと、ご本人にお示ししながら話題を広げることもできます。

 「そんないつも同じことばっかりやって、飽きてしまわないか?」とご心配になるかたもいらっしゃるかもしれません。でも、認知の機能が低下した方々の特徴として、記憶を長くとどめておくことができないことがあります。つまり、「常に新鮮」なのです。自分が好きなことを楽しく語らう相手がいると、ご本人の不安は徐々に消えていきます。ご家族の介護をしていらっしゃって、時々このようなことをご経験になる方がいらっしゃいましたら、ぜひこの「思い出のアルバム」を1冊作ることをお勧めいたします。写真はそんなにたくさん必要ではありません。1枚でも良いです。ご本人がよく知っていて安心できる環境を作り出すために必要なことは、物理的にどこかにお連れすることではなく、ご本人の記憶の旅に一緒にでかけることです。もし好きな歌がおありでしたら、その歌を一緒に口ずさむのも良いと思います。その時には「思い出のアルバム」にその歌詞を入れておくと、介護にいろんな方々の手を借りる時にも役立ちます。

 もしよろしければ、どうぞお試しになってください。
 「思い出のアルバム」については、NHK厚生文化事業団と制作したDVD「優しい認知症ケア ユマニチュード」の中でも紹介しています。このDVDはNHK厚生文化事業団のwebsiteから申し込むと無料で2週間ほど貸し出してくれます。貸出手続きはこちらからご紹介しています。
 お役に立てばうれしいです。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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