雨宿りの木

第25回

ケアの実践・暑いとき

2023.07.26更新


 こんにちは。暑い夏の日が続きますが、お元気でお過ごしでしょうか。暑さは人にさまざまな影響を及ぼします。今日は気候と介護の関係について考えてみようと思います。

 私たちは自分で意識していなくても、たくさんの情報を外から受け取っています。14回目の「記憶の仕組みを理解する」でご紹介したように、情報を受け取る窓口はいわゆる感覚器です。感覚器の働きは、誰しも年齢を重ねると徐々に精密さを失っていきます。また、感覚器から届けられた情報を分析して、対応を決めて、行動をとる、という一連の働きをしている脳も、その情報処理に時間がかかるようになったり、適切でない反応をしてしまったり、反応をしなくなったりするようになってしまいます。

 とりわけ高齢の方々の暑さに対する反応は、この変化についてのとてもわかりやすい例だと思います。

 私たちの体の体温調節のしくみは、体の生体反応としての対策と、私たちが知識に基づいて考えて行う行動による対策のふたつでできています。まず、体の生体反応として私たちの体の中で起きていることからご紹介します。皮膚は人間のもつ面積が最も広い感覚器で、触覚や温度、痛みを感じています。これらの情報を受け取る皮膚で、温度を感知する機能が下がってきます。また、人は体温の調節のために、体温が上がった時にはそれを下げるために皮膚への血流を増やしたり、必要に応じて汗をかいたり、汗を外に出すために毛穴を開いたりする機能をもっているのですが、年を重ねると、次第に皮膚の血流が減ったり、汗をうまく出せなくなるので、皮膚から熱を発散させる熱放散能力が下がり、体の中に熱がこもりやすくなります。このように年を重ねると、暑さに対する生体としての反応が誰しも低下してきます。これがご高齢の方が熱中症になりやすい原因のひとつです。

 しかし、熱中症になる理由はそれだけではありません。私たちが夏に半袖や袖なしの薄い生地の洋服を着たり、服の素材も木綿や麻など通気性がよくて乾きやすいものを選ぶのは、私たちがその知識を覚えているからです。「暑いね」と言いながらエアコンのスイッチを押したり、室温を設定することや、扇風機をつけることも道具の使い方を覚えているからです。これがふたつめの対策「知識に基づいて考えて行う行動」です。

 もっと単純な例では、「暑い」と感じて「喉が渇いた」と思い、水道の水を飲む、という一連の当たり前と思える行動も、「この感覚は"暑い"ということだ」と理解できていて、「口の粘膜が乾燥しているのは体内の水分が足りないからだ」と思い、「そのために水分を補給しよう」と決め、「水はこの蛇口から出る」ことを覚えていて、「水を受け取る容器を蛇口に持って行って、水を入れよう」と水道に近づき、「コップに入れた水をもつ腕をこのくらい曲げると水を体に取り入れる場所の口に届く」、「口元のコップをどのくらい傾けると中の水を口の中に入れることができる」、「口に入った水をごっくん、と飲み込むと体内に水が入る」という分析と記憶と行動ができて初めて実現するものです。私たちが日常的に無意識に行っている行動は、実はこのような細かな分析と記憶に基づいて脳が筋肉に命じて行っている動きなのです。

 認知機能が低下すると、私たちが今無意識に行っているこれらの分析、評価、行動がとれなくなってしまいます。介護をしたことがある方の中には似たようなご経験をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、夏なのに洋服を重ね着したり、冬の素材を身につけたりしてしまうことは、ご本人が暑さを感じていなかったり、暑い時にどうすれば良いかを忘れてしまっていることで起こります。また、「暑くて喉が渇いたら水を飲む」ことを忘れてしまっていると、体の水分がどんどん足りなくなって脱水症になり、もうろうとするなどの症状も起こります。

 認知症をお持ちの方と一緒に過ごしている方々には、体温調節のしくみには①体の生体反応と、②私たちが知識に基づいて考えて行う行動のふたつがあることをまず思い出していただけたらと思います。周りにいらっしゃる方々が効果的に役に立てるのは②の「知識に基づいて考えて行う行動」に上手につなげるお手伝いです。

 お水やお茶をすぐ手の届くところにコップに入れて置いておくことや、「お水飲む?」と誘ってみることは脱水予防のとても有効な手段です。また、今どんな服を着たら良いのか、わからなくなっているようだな、と思ったら、適切な素材と形の洋服を提案して、着替えの手伝いをすることも体の熱を放散させるために役に立ちます。もちろん環境も重要な要素なのでエアコンを入れて室温の調節をすることも大切です。

 消防庁のサイトでは今年の7月10日から16日の1週間で全国で搬送された熱中症の市民は8189人もいらしたそうで、その半数が高齢者です。約4割が住居の中で起きています。夏らしい天気がつづきます。ぜひ、若い方も含め、暑さへの対策として熱中症の予防を心がけていただけたらと思います。


本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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