雨宿りの木

第27回

ユマニチュードの理念が実現する場を作るために ~ユマニチュード認証制度と富山県立大学の取り組み~

2023.09.28更新

 こんにちは。前回お伝えいたしましたように、9月の中旬に福岡市に「福岡市認知症フレンドリーセンター」が開設されました。このセンターは市民を対象としたユマニチュードの拠点でもあり、そのオープニングイベントにユマニチュードの考案者イヴ・ジネスト先生とロゼット・マレスコッティ先生が揃って招かれ、福岡市の高島市長と共に開設セレモニーでテープカットを行いました。私たちは2017年以降、福岡市で家族介護をしている方々への講習会などを行ってきましたが、参加した方々から「もっとユマニチュードを福岡市の市民に知ってもらいたい」という声が生まれ、研修を受けた方々が市民に対してユマニチュードの存在を伝える20名の「ユマニチュード地域リーダー」が誕生しました。地域の公民館や小学校でユマニチュードについて伝えてくださる地域リーダーのみなさまは、自治体をベースにユマニチュードを地域社会に広げるシステムの中核となり、これは世界で初めての試みです。そのような素敵なプロジェクトの実践者である地域リーダーの方々に直接いろいろな話し合う機会ができたら、とジネスト先生とマレスコッティ先生はお考えになり、認知症フレンドリーセンターの開設式の後で、ジネスト先生とマレスコッティ先生が地域リーダーの方々を対象にしたミニセミナーを開催しました。福岡市と共に養成したユマニチュード地域リーダーの方々に、ユマニチュードがなぜ生まれたのかという成り立ちや、ユマニチュードの哲学、具体的な技術の振り返りなど、おふたりのエネルギッシュなお話を伺い、さらに活発な質疑応答などの楽しい時間を過ごしました。福岡市ではユマニチュードをケアにとどまらず、本来の起源であるコミュニケーションの技法としてとらえてくださっていて、今後もさまざまなプロジェクトが始まります。一緒に計画を考えることは、いつも、とても楽しいです。

 またその数日後には、市民公開講座も開催され、ユマニチュードを導入した病院や介護施設で、とても細やかな評価基準を達成した施設に付与されるユマニチュード認証制度についての講演会がありました。フランスで2011年に始まった施設認証制度は、現在30の施設が認証を取得しており、100を超える施設が認証取得に取り組んでいます。

ユマニチュード認証にあたっては5つの原則
1: 強制ケアをゼロにする。しかし、ケアをあきらめない
2: 本人の唯一性とプライバシーを尊重する
3: 最後の日まで自分の足で立って生きる
4: 組織が外部に対して開かれている
5: 生活の場・やりたいことが実現する場を作る

 が具体的に実現していること、そしてそれによって病院や施設にいる方々が市民権を維持した生活ができる場になっていることが求められます。

 この五原則と共に、認証に取り組む施設には「生活労働憲章」への合意も必要です。「生活労働憲章」とは、ユマニチュードに取り組む施設の入居者(患者)・職員・経営者の3者がユマニチュードの価値観に基づいて目指す入居者(患者)の暮らし、職員の行動、施設運営の原則を記したもので、それぞれがこの憲章に署名をするところから施設認証取得に向けた取り組みが始まります。この憲章はケアを受ける人とケアをする人が共に自由で、自律し、対等であること、そして人としての権利を互いに尊重しあって信頼関係を築き、暮らし・働く生活の場の実現を目指すために作られました。初めてみたときにはちょっと驚きましたが、実際に「良い生活の場」の実現のためには、入居している方々(患者さん)が大事にされるだけでは十分ではなく、働いている人々も尊重され、その場を作る経営者の関与も不可欠であることは明白で、このことを文章にしてみんなで共有しておくことの大切さを、認証のプロセスを進めるにあたって私も痛感しました。自由と自律は何の仕事をするにおいても、どんな生活をするにおいてもその礎となることを感じています。

 3年以上にわたる準備期間を経て、日本でも昨年度からユマニチュード施設認証制度が始まりました。日本においては、フランスの制度をそのまま実施するにはあまりにもハードルが高いので、そのレベルを3つに分けて、ブロンズ認証・シルバー認証・ゴールド認証の3段階で取り組むことにしました。今年、病院と施設が一つずつ、ブロンズ認証を獲得しました。現在もいくつもの病院や施設が認証取得を目指しています。

 また、9月の下旬には、富山県立大学の看護学部のキャンパスで第5回の日本ユマニチュード学会総会が「ユマニチュードの可能性:教育の中にユマニチュードを取り込む」をテーマに開催されました。富山県立大学の看護学部は5年前に開設された新しい学部ですが、設立にあたって、文部科学省と相談しながらユマニチュードを4年間に渡って学ぶ、日本のみならず、世界で初めてのカリキュラムが作られ、全ての教員がユマニチュードを学び、学生に教えるシステムを確立しました。ジネスト先生と私も毎年1週間の集中講義を受け持っています。今年は専門職教育のなかにユマニチュードを導入している学校や医療・介護機関、自治体からそれぞれの経験や臨床研究など30を超える演題が発表されました。とくに、4年間にわたってユマニチュードを学び、今年の3月に卒業した第1期生の看護師さんが仕事を通じて感じているユマニチュードの教育効果についての発表は、学部教育がもたらす影響の大きさを改めて理解する機会となりました。「これからもユマニチュードを実践していこうと思います」という発表の最後の言葉を、とてもうれしく、心強く受け取りました。富山県立大学看護学部の取り組みについて、授業の様子を取材に来てくれたテレビ局がニュース番組で紹介してくださいました。学生さんのインタビューもよかったです。

 認証制度も教育も、いずれも目指すところは自由と自律が守られるケアの場の実現です。ユマニチュードの理念が絵に描いた餅にならないよう、実効性をもつプロジェクトとしてこれからも続いていけるよう努めていきたいと思っています。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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