雨宿りの木

第37回

社会基盤としてのユマニチュード

2024.10.30更新

 こんにちは。毎年9月に日本ユマニチュード学会の学術大会を開催しています。6回目の今年は福岡市で開催しました。学術大会では毎年テーマを決めていて、昨年はユマニチュードを看護学部教育の基本カリキュラムとして採択し、学生が4年間に渡り継続してユマニチュードを学んでいる富山県立大学看護学部を会場に、「ユマニチュードの可能性:教育の中にユマニチュードを取り込む」をテーマに開催されました。

 今回の学会のテーマは「自治体とユマニチュード:社会基盤としての実践」と定め、大会長に高島宗一郎福岡市長をお迎えし、福岡市で開催いたしました。というのは、福岡市では市の健寿政策「福岡100」の基幹事業としてユマニチュードを2017年に採択してくださり、それ以降、市民・家族介護者・市職員・救急隊・小中学校など、さまざまな角度からユマニチュードを社会で実践するためのプログラムを展開しています。さらに、2024年4月には市の福祉局に「ユマニチュード推進部」を設置してくださり、ユマニチュードを福岡市にお住まいの方々にお役立ていただけるよう、取り組みを進めてくださっています。今年のユマニチュード学会総会では、2017年から始まったユマニチュードを社会基盤として導入してくださっている福岡市の実践を広くご紹介する機会にしたいと考えて、福岡市のみなさまと相談を重ねて実現することができました。

 福岡市の中心部にある、市の健康づくりサポートセンターには、認知症フレンドリーセンターが設置されていて、福岡市のユマニチュード活動の拠点になっています。ここを中心に開催された今回の学会総会では、高島市長が大会長講演として「すべての市民がケアに参加するまち」を目指す健寿社会政策「福岡100」についてお話しくださいました。福岡市では児童生徒向けに実施されているユマニチュード授業(今年は福岡市内の小学4年生が全員この授業を受けることになっています)や地域住民向けのユマニチュード講座やワークショップが開催されているのですが、大会期間中に実際にその様子を参観できる特別企画のセッションが開かれたり、イギリスのスターリング大学の認証を受けた認知症の人にもわかりやすい街のデザインを実際に見学するための市内を巡るバスツアーが開催されたり、という福岡市のさまざまな取り組みを多くの方にご紹介し、体験していただける機会となりました。福岡市のユマニチュード推進部のみなさまには、ひとかたならぬご協力を賜ったことに深く感謝しています。

 教育プログラムとしては、「地域におけるユマニチュードの効果」について、ユマニチュードを正規に学んで地域の活動を展開している、福岡独自の制度「ユマニチュード地域リーダー」の方々の活動報告や(先ほどご紹介した小中学生の授業や、市民向けの講座はユマニチュード地域リーダーのみなさまが担ってくださっています)、福岡市在住のユマニチュード認定インストラクターのお話、厚生労働省の観点からのお話などを基に共に語り合うセッションや、認知症をお持ちの当事者が参画する活動についてのセッション、また行政・介護施設・医療機関それぞれの立場からユマニチュードの実践について語り合うセッションなど、幅広い観点からユマニチュードの実践とその効果についての発表や討論が展開され、これまで以上に活発な意見の交換の場となりました。

 今回の総会の特徴は、ケアの実務者にとどまらず、自治体の福祉や医療のご担当の方々がご参加くださったことにあります。これまで数多くの自治体からお声をかけていただいていますが、市民向けの講演会にお招きいただくことが主で、会場にお集まりになった方にユマニチュードの全体像についてお示しすることで終わっていました。もちろん、話を聞いてくださった方々がご自宅で試してみて、「本当によかった」「介護が楽になった」とご感想を寄せていただくことはたくさんあります。しかし、地域で活動を持続的に行うためには、打ち上げ花火のような講演を1回行うことではその実現は難しいです。

「ユマニチュードを福岡市に根付かせるためには、何が必要だと思いますか?」と、2016年に初めて高島市長にお目にかかった時に市長が尋ねてくださいました。その時にジネスト先生と二人で「地域にユマニチュードのエキスパートがいて、困った時にはその方が相談に乗ってくれるようなリーダーシップを持ってもらうのはどうでしょうか」とか、「高齢の患者さんの救急搬送で困ることが多いと伺っています。救急搬送のためのユマニチュードを隊員の方々に学んでいただくのはどうでしょうか」などとお答えしたことが、8年後の今、本当に実現していることに、感謝の気持ちでいっぱいです。

「ユマニチュードを活用してやってみたいことを、ぜひ福岡市で実践してみてください。そしてそれを<福岡モデル>として全国に広げていくのを応援します」とおっしゃってくださった高島市長のお言葉を忘れることはできません。実際に、今年中には「ユマニチュード自治体導入パッケージ」を福岡市と一緒に開発する予定です。

このパッケージが多くの方々の役に立つことができるといいな、と思っています。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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