遊ぶ子ブタの声聞けば

第4回

ヘビ、空を飛ぶ、ほか

2021.08.06更新

ヘビ、空を飛ぶ

 カートゥーン映画のトムとジェリーに、「Flying cat」というエピソードがあります。このエピソードでは、ジェリーの他に小鳥もトムにドタバタ追っかけ回されるのですが、相手は鳥なのですぐ逃げられてしまいます。そんな話の後半、ひょんなことからトムは布でできた羽を腕にまといます。そして、気持ちよさそうに羽ばたきながら飛び回り、小鳥とジェリーを捕まえようとするのです。

 ところで、羽ばたくだけが空を飛ぶ方法ではありません。動物の中には、羽ばたくことなく滑空することで空中を移動するものが、いろいろなグループに見られます。ほ乳類だとムササビやモモンガ、は虫類にはトビトカゲ、両生類ならトビガエル。魚ではトビウオがいて、軟体動物ではイカの中に滑空するものがいます。

 ここで挙げた動物たちは、みな立派な翼を持っています。ムササビやトビトカゲは体の横に拡げた皮膜、トビガエルは長く伸びた指の間の水かき、トビウオはヒレ、イカはえんぺらを翼にします。滑空は、飛ぶといっても本質的には落ちていくだけなのですが、翼があれば、それまでの時間を長く引き伸ばすことで、より遠くまで移動できますし、空中での姿勢も安定します。

 しかし翼が絶対必要かというとそうではありません。東南アジアなどの森に住む滑空するヘビ、トビヘビがその証拠です。ヒレも足もない彼らには、他の動物のような大きな翼はありませんが、ちゃんと枝から枝へ飛んで移動できます。なぜそんなことができるかというと、一つの理由が体の変形です。トビヘビは空中に飛び出す時、枝の上でS字状に縮めた体を、さっと伸ばします。その時に、普通は円い断面を持つ体が、横に拡がって平べったい形になるのです。こうして、体全体で空気を受け止めます。

 加えてトビヘビは、枝から飛び出した後、空中を泳ぐかのように体をくねらせて進みます。米国バージニア工科大のアイザック・イートンさんたちは、この空の蛇行の役割を調べるため、モーションキャプチャー技術を使いました。ヘビの体にマーカーをたくさん貼り付け高速ビデオで撮影し、体のくねらせ方を細かく観察したのです。そして、滑空の様子をシミュレーションしたところ、体のくねりがなければ、空中で体が回転してしまい、前にうまく進めずすぐに落ちてしまうことがわかりました。つまり、トビヘビは、翼の代わりに体全体を使って、落ちるまでの時間稼ぎをし、飛行中の姿勢を安定させているのです。

 この話を聞いて私が思い出すのは、宮崎駿のアニメです。ルパン三世とか、空中に飛び出したキャラクターが、落ちながら必死で平泳ぎをして前に進もうとするシーンが時々出てくるではないですか。まるでトビヘビ。事実は小説よりも奇なり、とはこのことです。単なるギャグだと軽んじられません。じゃあ、ウチのニャーちゃんにも、羽をつけてやればひょっとして? と、あらぬ妄想に耽りながら彼女を眺めていると、大きなあくびをされてしまいました。

典拠論文
Yeaton, I. J., Ross, S. D., Baumgardner, G. A., & Socha, J. J. (2020). Undulation enables gliding in flying snakes. Nature Physics, 16(9), 974-982.



カだって叩かれたくはない

 生き物相手で夏に森に入ることが多いという私の仕事柄、カ(蚊)との戦いは永遠のテーマです。メッシュでできた虫除け服を着ると良いのですが、異様な見かけになるので、授業で学生を連れている時には着用を躊躇ためらわれます。でもこういう時は防御しなくても大丈夫。若い人が近くにいれば、カはみんなそっちに行ってくれるからです。きっと美味しいのでしょう。生きた虫除けスプレーになってくれる学生たちには申し訳ないですが、私は助かります。

 かように、カは吸う相手を選んでいるわけですが、ここに学習が関係しているかもしれないことを示したのが、米国ワシントン大のクレメント・ヴィノージェさんたちの研究です。学習といっても、学校の勉強のように九九を覚えたりドリルをこなしたりではもちろんなく、ある経験をした時に、同時に感じていたこと(難しい言葉で条件刺激と言います)をその経験と結びつけることを言います。学習ができると、その後同じ条件刺激を感じた時に行動の仕方が変わるようになります。

 さて、この研究では、管の中に閉じ込めた、ネッタイシマカというカの一種に人間の体の匂いを嗅がせながら、管に外から衝撃を与えました。これで生じる振動は、ちょうど人がカを叩き潰そうとした時とよく似たもので、このような経験をしたカは、その後、人の匂いを危険なものだと学習して避けるようになりました。その効果たるや、市販されている虫除けスプレー並みだったとのこと。体の匂いは人によって違いますから、カが学習した匂いをまとう人は噛まれにくくなる、ということがあるのかもしれません。

 そう言われてみると、思い当たる節があります。自分の腕や足に止まったカを叩こうとして失敗することが最近よくあります。しかしちょっと逃げられたくらいで、カとの100年戦争は終わりません。次こそは仕留めてやる、と、今度は晒した腕を注意深く監視し、止まったらすぐにピシャリとやるべく最高レベルの警戒体制に入ります。ですが、そんな時に限ってカは止まってくれないもので、さてはと思って周りを探しても、今度は飛んでいるところさえ見つからずがっかりします。ですが、そうか、あれは私が生きた虫除けスプレーになっていたからかもしれないわけだ。

 ということで、逃しても構わないのでピシャピシャ体を叩き続ければ良いのですから、歳とって衰え始めた運動神経を抱えた私には朗報です。虫除け服を忘れた時には自分をどつきながら森を歩きたいと思います。

典拠論文
Vinauger, C., Lahondère, C., Wolff, G. H., Locke, L. T., Liaw, J. E., Parrish, J. Z., ... & Riffell, J. A. (2018). Modulation of host learning in Aedes aegypti mosquitoes. Current Biology, 28(3), 333-344.

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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