遊ぶ子ブタの声聞けば

第5回

ヤドカリの怪談、ほか

2021.09.07更新

ヤドカリの怪談

 今回はこわーい話をします。岩場のある海岸に行くと、巻貝の小さな貝殻がチョコマカと動き回っているところをよく目にします。しかしそんなに素早く動ける軟体動物はいないもので、これは貝ではありません。さてはと思って、1つつまみ上げてみると、貝殻の口の部分から小さなハサミがちょこんと覗いていたりします。ヤドカリです。

 いや、貝だと思ったらヤドカリだった、というのが怖いわけではありません。むしろかわいい。このヤドカリ、エビやカニなどに近い生き物ですが、腹部が柔らかくなっているのが特徴で、巻貝が死んだ後に残す貝殻にその脆弱な体の後半を収めて暮らしています。なんとなれば体全体を貝殻に引っ込めてしまえば、体のつくりを検めてやろうという不埒な二足動物に捕まっても安心です。

 ヤドカリは、成長して大きくなると、自分の体に合わせて貝殻を乗り換えます。人間だって独身の時は六畳一間で十分だったところが、結婚して、子供ができて、学校に上がって、と、どんどん大きな家が欲しくなるものです。それはともかく、この貝殻、大きすぎると無駄ですし小さすぎると身をうまく守れません。1匹1匹のヤドカリにとってちょうど良い大きさがあるのです。もし、フィットしない貝殻を背負うと、成長は遅くなるし生存率は下がるし子どもの数は減るしで良いところがありません。そうならないよう、ヤドカリは新しい貝殻を見つけると、それを念入りにチェックし、今住んでいるものよりピッタリ、となると、すぐに引っ越します。

 さてここからが怖い話。今、ヤドカリの住む海には、プラスチック製品が細かく砕けてできたマイクロプラスチックがどんどん溜まっています。英国クイーンズ大学のアンドリュー・クランプさんたちは、このマイクロプラスチック汚染がヤドカリにどう影響しているかを調べました。まず、ヨーロッパホンヤドカリを小さくて手狭な貝殻の中に強制的に住まわせました。そして、直径4mmのポリエチレンの粒を5グラム含んだ10リットルの海水の中で5日間過ごさせてから、ピッタリサイズの貝殻を与えたのです。ヤドカリからすれば、狭くて窮屈な家で我慢していたところ、突然目の前に理想の我が家が現れたわけで、一も二もなく引っ越しすべきところです。ところが、ヤドカリの中で移動したのは3割しかいませんでした。これは、きれいな海水で暮らしていた場合と比べておよそ半分の値です。そのうえ、引っ越しするまでの時間も長くかかりました。つまり、マイクロプラスチックに曝されていたヤドカリは、貝殻選びが上手くできなくなっていたのです。

 こうなる詳しいメカニズムについてはまだよくわかっていないのですが、今住んでいる貝殻と新しい貝殻を比べてどちらが自分にとって質が高いかを判断するヤドカリの能力が、マイクロプラスチックによって損なわれたと考えられる結果です。マイクロプラスチックは今や、海だけではなくあらゆる環境に存在しており、私たちも日々体に取り込んでいます。そんな私たちの判断能力も、ひょっとしたらヤドカリのように・・・。これ以上は怖くて書けません・・・。

典拠論文
Crump, A., Mullens, C., Bethell, E. J., Cunningham, E. M., & Arnott, G. (2020). Microplastics disrupt hermit crab shell selection. Biology letters, 16(4), 20200030.


社会生活の達人、ワタリガラス

 昔から私は人間関係の機微に疎く、◯◯さんと△△さんが実は気脈を通じている、とかがイマイチうまく把握できず、よく失敗します。◯◯さんと意見が合わない時に、△△さんに「◯◯さんのおっしゃってる事は奇妙ですよね」とか無防備に言ってしまい、不興を買ってしまうのです。でも、◯◯さんの意見が奇妙なんだから、その通り言ってるだけで、怒られても困っちゃう。

 そんな私の社会生活を送る能力は、ワタリガラスにも見劣りするのかもしれません。この鳥は、ナワバリを作って繁殖を始めるまで、自由に行動しながら常にメンバーの離合集散があるような集団を作って暮らしています。そんなワタリガラスの中には他のカラスと友好的な関係を結ぶものがいて、集団の中でケンカが起こった時に互いに助け合ったり慰め合ったりします。その結果、友好的なパートナーを持つことのできたワタリガラスは、孤独なものより集団内で高い順位を占めることができます。彼らの社会関係は複雑なのです。

 そんなワタリガラス、誰かと仲良くするだけではありません。オーストリアはウィーン大学のジョージャイン・スジプルさんたちはワタリガラスが順位の高い他のカラスから攻撃された時に、鳴き声をあげる時の状況を詳しく調べました。すると、近くに自分と血の繋がりのあるカラスがいた時は頻繁に鳴いたのですが、近くにいるのが攻撃しているカラスのパートナーだった時はあまり鳴きませんでした。つまり、ワタリガラスは助けてもらえそうな相手ならその注意を引こうとし、一緒になって自分を攻撃するかもしれない相手の場合は気づかれないよう静かにしていたのです。これは、集団にいる他のカラスの人間関係ならぬ烏間関係をきちんと把握し、その知識を利用して自分の振る舞いを変えていることを意味します。

 ということで、私が極めて苦手にしていることを、ワタリガラスは易々とやってのけています。うらやましいような気もしますが、いつも人間関係に神経すり減らして奇妙なことを奇妙と言えないストレスフルな社会生活を送るのもどうかと思うので・・・と言っている間はずっと失敗し続けるのでしょう。しかたないですね。

典拠論文
Szipl, G., Ringler, E., & Bugnyar, T. (2018). Attacked ravens flexibly adjust signalling behaviour according to audience composition. Proceedings of the Royal Society B, 285(1880), 20180375.

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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