遊ぶ子ブタの声聞けば

第7回

サンゴの静かなる死闘、ほか

2021.11.12更新

サンゴの静かなる死闘

「動物」というと、字面的には、活発でよく動き回る生き物、というイメージでしょうか。そのせいか、一ヶ所に定着してじっとしている生き物は、しばしば動物扱いしてもらえないことがあります。例えば、暖かい海に多く色とりどりの魚の住みかになっているサンゴ。植物や、場合によっては岩な何かと誤解されることもありますが、あれも立派な動物です。

 どういう動物かというと、クラゲやイソギンチャクの仲間です。一見したところ似ても似つかないのですが、それには理由があります。私たちの目に映るサンゴの多くは、1匹の生物ではなくサンゴ虫と呼ばれる小さな生き物がたくさん集まってできている、群体だからです。1匹1匹のサンゴ虫をよく見ると、体の真ん中に開いた口の周りに触手を備えていて、なるほどクラゲやイソギンチャクと同じような体の作りをしています。

 このサンゴ、じっと動かないように見えても、いや、実際ほとんどのサンゴは一度住むところを定めると2度とその場を動かないのですが、それでもやっぱり動物なので、エサも食べるしケンカだってします。

 ここでサンゴが使うのが触手。クラゲの触手にさわるとビリビリ痛いことがありますが、あれと同じで、サンゴの触手にも、触れたものに毒を打ち込む仕組みがあります。これでエサのプランクトンを麻痺させたりケンカ相手を攻撃するのです。用途に応じて触手は種類が違っていて、ケンカに使うものはスイーパー触手と呼ばれます。エサとり用の触手よりずっと長く、毒も違うものを備えています。

 スイーパー触手は強力かつ危険です。イスラエルはバル=イラン大学のエナート・ラピドさんたちは、紅海からヒラノウサンゴとカメノコキクメイシの仲間という2種類のサンゴをとってきて、10ペアを作って実験室で1cmの距離に置きました。するとヒラノウサンゴは、カメノコキクメイシと接する側で最長9cmにもなるスイーパー触手を何十本も成長させ、ユラユラと触れた相手にダメージを与えました。そして1年後、相手のサンゴのかなりの部分を死んだ状態に持っていき、3つのケースでは全滅させてしまいました。一つ一つの例を見ると、スイーパー触手を長く成長させたヒラノウサンゴほど、大きな損失を与えていたのだそうで、リーチが長いと強いのはどこの世界でも同じでしょうか。カメノコキクメイシの中にもスイーパー触手を作って反撃しヒラノウサンゴにダメージを与えたものがいたのですが、最終的には負けてしまったようです。

 サンゴは動きがないように見えて、いや、むしろ動けないからこそ激しいケンカをするのでしょう。自分たちの成長の邪魔になる誰かが隣にいたからといって、相手を避けてどこかへ逃げる選択肢はないわけです。排除一択。ということで、サンゴ礁が発達するような暖かく日の差し込む浅い海では静かな覇権争いが繰り広げられているのでした。

典拠論文
Lapid, E. D., & Chadwick, N. E. (2006). Long-term effects of competition on coral growth and sweeper tentacle development. Marine Ecology Progress Series, 313, 115-123.


メカウンカ

 虫はカッコいいのです。特に、機械っぽいところ。体の外側が硬い骨格で覆われ、いくつかの節からなる細長い脚が関節のところでしか動かないところは、まるでロボットです。クモが内側に水圧をかけて関節をピンとさせることで脚を伸ばすのも、柔らかい筋肉を使っている私たちと比べると、かなりメカっぽい。カブトムシやテントウムシといった甲虫が、空に飛び立つときに前翅を拡げ、その下から後ろ翅を展開させるところを見ると、その機械仕掛けの巧みさにうっとりします。生き物と機械は、少なからぬ子どもの二大好物。虫はこの2つが合体しているのですから、子どもたちが夢中になるのもよくわかります。

 され、機械のシンボルといえば歯車です。じゃあ歯車を使う虫がいるのかというと、これがよくできたもので、ちゃんといるのです。英国ケンブリッジ大のマルコム・バロウズさんたちが、マルウンカというウンカの仲間の幼虫で2013年に発見しました。

 ジャンプの名手のこの虫は、2本の後脚を同時に動かすことで跳ね飛びます。その時、正しい姿勢で真っ直ぐ跳んでいくために大事なのが、両脚を正確に同じタイミングで動かすことです。これを実現するのが歯車です。

 ウンカの体の下側からは、左右に後脚が伸びており、根本の部分で両脚が接触しています。そして前後にカーブを描いている接触部付近には、脚の内側に突起が一列に並んでいて、歯車の歯となって左右から噛み合わされています。こうして両脚は常に連結されているのです。おかげで、片方の脚が動けば、自動的にもう片方が動きます。歯車ですから。動きのずれはわずか数万分の1秒ほどだそうで、もし両脚の動きがこれほどピッタリでなければ、跳び出した時の左右の力の差のために、ウンカは横方向に回転してしまい、うまく跳べなくなります。

 ということで、歯車がウンカにとって必要不可欠なものであることがわかります。カッコ良いだけではありません。ただし、ということは、左右の脚を別々に動かすことができなくなっているのですが、ウンカには、旗上げゲームで赤あげて白あげて、とかやる機会はないはずなので、何の問題もないのです。

典拠論文
Burrows, M., & Sutton, G. (2013). Interacting gears synchronize propulsive leg movements in a jumping insect. science, 341(6151), 1254-1256.

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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