第24回
【特別編】意外と実践的で、言葉にできない生活の本。 ―『坊さん、ぼーっとする。』を書き終えて
2020.02.13更新
本連載「感じる坊さん。」をもとにした書籍、『坊さん、ぼーっとする。 娘たち・仏典・先人と対話したり、しなかったり』が、2月20日(木)にいよいよ発刊を迎えます。
みなさんは、ぼーっとすること、ありますか? わたし(編集ホシノ)は、高校生のころ、授業中にぼーっとしすぎて、古文の先生に「そういう状態を古語では〈あくがる〉と言います」と注意されたほどの実績の持ち主だったのですが、最近は頭の中がいつも変に忙しく、すきまの時間があってもスマホをのぞいて気持ちがザワザワしてしまったりして、「ぼーっとする」のがすごく不得意になっていました。そんな中で、毎月この連載の原稿が白川密成さんから届き、また書籍化するにあたって何度もゲラを読むたび、頭の中が静かになって、呼吸が少しゆっくりになるような、そんな体験をしてきました。
発刊1週間前となる本日、白川密成さんより、本を書き上げた今、ミシマガの読者のみなさまへの言葉を寄せていただきました。この寄稿からも「ぼーっとする。」のエッセンスを少し先取りで感じていただきつつ、発売を迎えたあとは、ぜひ本書をじっくりと味わい、存分にぼーっとしていただけたらと思います。
(ミシマガ編集部)
白川密成『坊さんぼーっとする。娘たち・仏典・先人と対話したり、しなかったり』(ミシマ社)
この本はどんな本?
今、新刊『坊さん、ぼーっとする。 娘たち・仏典・先人と対話したり、しなかったり』は、印刷所からできあがった本の到着を待つばかりになりました。いったん、僕が原稿を書きあげてから、編集のミシマ社・星野さん、三島さん、今回校正者として参加してくださった牟田都子(むたさとこ)さん、そして装丁の寄藤文平さんの事務所「文平銀座」との共同作業の中で、何度も読み返し、細かい表現を見直して(とくに星野さんとは、印刷所に入る直前まで細かい表現に朱を入れながら練り上げていきました)、今はホカホカのお饅頭のような本が刷り上がるのを楽しみにしています。
「この本はどんな本なんですか?」と訊かれたとしたら、様々な答えがあると思います。例えば、僕が妻や5歳、7歳という小さな娘たちとのお寺での日々の中で、なにを感じ、どのように仏教や弘法大師の言葉と向き合ったか、という本です。
そして、その小さな「会話」や「心の流れ」の中に、僕なりに1編、1編がひとつの映画作品や小説のモチーフになるような「大きなもの」を込めたつもりです。しかし、それは僕自身にもうまく説明することができません。
「お父さんの体はあたたかいね」。本の帯にも印刷されている、この言葉を発した娘の目を思い出しながら、「人が生きるうえでの大切な感覚」をパッケージされた大切なアルバムのような感覚を、読者の一人ひとりが想起されるような本になってほしいと思っています。それは子供がいるとかいないとか、そういう話を超えて、ただ「大切な感覚」なんです。
真ん中にあるのは「生活」
この本は、坊さんが書いた本なので、どうしても仏教のことが前面に出てきて、それは望むところ(?)でもあるのですが、僕の書く本は、どこまで行っても「生活」が、その真ん中にあるのだと思っています。
つまり仏教の思想や言葉がメインテーマにあるのでなく、それを「生活」という舞台においてみた時に、どのようなことが起こるのか。
またこれは連載を書いている時から、よく思うことなのですが、「生活」というものが中心にありながら、それを「お寺」や「坊さん」、「仏教」というフィルターを通して眺めた時、なにか面白かったり、しんみりとしたり、静かで独特の風景が広がってくることを感じることが多いのです。もちろんそこには、あたたかい生と死があります。
著者の僕の役割は、それをスケッチして、みなさんと共有できる形にするような、今回の本はとくにそういう感覚を強く持っています。
時にとても実践的な「ぼーっとする。」ということ
僕もいくつかタイトル案を出し、ミシマ社からもタイトル案が出る中で、『坊さん、ぼーっとする。』というタイトルに決まりました。このタイトル、ストレートに言って気に入っています。帯には「今、必要なのは、情報でも評価でも判断でもなく、期待せずに、平気で待つ勇気」とあります。「うん、そうだ」と思います。
この本にある、僕が提示するヒントや仏教の智慧の中で、この「ぼーっとする」という感覚をピックアップしてくださったミシマ社のセンスはさすがだと思います。
本に含まれた多面的な要素に通底する言葉は、まさにこの「ぼーっとする。」ということだと思います。本書を通読していただくとわかると思うのですが、「ぼーっとする」の中には、例えば「やるべきことに向かい合い、雑音を遠ざける」ための前段階のような、とても実践的な側面もある、というのが今の僕の感覚です。"チューニングをあわせる"ような・・・。
そして、じつはこの本の元になった連載を書いている時は、僕自身この「ぼーっとする」という感覚が、上手くつかめない中で、目標として書いていたのですが、1冊の本という段階に入り、まだまだ「ぼーっとする修行」のほんの導入の段階ではありますが、「ぼーっと待つ」ということが、少しずつでき始めていることを、小さくですが感じるのです。
この本は、いわゆる自己啓発本と違い(じつはそういう本も嫌いではなく、いつか書きたいと思っているのですが)なにか特定のメソッドがあって、「こうすれば、うまくいきますよ」という明確な方法を提示しているわけでは、ほぼないのですが、(だからこそ)実質的な変化も僕にとってはあり、そのワクワクする感じ、「ちょっと、助かったかな」という感覚は、今回の本の読者の中には、少なくはなく起こってくるんじゃないかと期待しています。一緒にぼーっとしましょう。
やはりそこには仏教の知恵があります
連載との大きな違いは、エッセイの1遍、1編の末に、真言宗でもっともお唱えされることが多い、『理趣経(りしゅきょう)』の部分引用と、そこから僕が受けとった「生きるヒント」を盛り込んだことです。
あらためて『理趣経』を読んでいると、「見るということ」「聖と俗」「考えるということ」「時には刀を手に持つこと」「笑顔であること」など、自分自身もお経を唱えながら、ついつい忘れていた(!)ような新鮮な智慧が次々と目につきました。
そして執筆作業の中で、順番も特に考えずに頭からエッセイにお経の各段を振り分けていくと、僕の意図を軽く飛び越えて、不思議と自分が書いた文章にぴったりときたり、複合的な視点を与えてくれる智慧が次々と現れてきて驚きました。
ひとつだけ引用させて頂くと、
「欲(ねが)うが為の故に、熙怡微笑(きいみしょう)して」(『理趣経』第1段より)
【現代語訳 願うから、楽しく喜び微笑みをうかべて】
『坊さんぼーっとする。』p91より
そんなカジュアルで大切な人生のエッセンスが、仏教のお経にあることを、散歩するように楽しみながら、読み進めていただければと思っているんです。
「なんか、いいね」―言葉によって言葉をこえる
なにか少し大げさなことを、完成を控えた興奮の中で書いてしまった気がします。でももっとも届けたい感覚は、僕がこの本の原稿を再読する中で何度も感じた。「なんかいいね」の「なんか」という部分だと思います。
「なんか、うまく言えないけど、いいなぁ」。そんな感覚を味わいながら、『ボクは坊さん。』を作り始める10年以上前に、三島さんとはじめて栄福寺であった日、「密成さんはどんな本が作りたいですか?」と問われ、「言葉によって、言葉を超えるような本を作ってみたいです」と思わず答えたことを思い出します(その他は、プロレスラー・ジャンボ鶴田さんの話などをしていました)。
ささやかな本ですが、この本は僕とミシマ社のコラボレーションの新しい地点であり、今はそこで、ぼーっとしていることを楽しんでいます。
白川密成
編集部からのお知らせ
白川密成さんのトークイベントが開催されます。
■2020年2月21日(金)東京・荻窪
「坊さん、本屋で語る」
日程:2月21日(金)19:30〜
場所:本屋 Title
■2020年2月22日(土)東京・渋谷
「本屋さん、あつまる。」たのしい本屋さんが渋谷PARCOにやってきた!
に、「ミシマ社の本屋さん」が出店。白川密成さんによる30分ミニトークを開催します!
日程:2月22日(土)
場所:渋谷PARCO 8F ほぼ日曜日
① 白川密成さん×河野通和さん(「ほぼ日の学校」学校長)
13:00~13:30
② 白川密成さん×高橋久美子さん(作家・作詞家。『今夜 凶暴だから わたし』著者)
16:00~16:30
※いずれもお申込み不要、観覧フリーです。
※トーク終了後、サイン会予定です。
※22日(土)トーク以外の時間帯で、「坊さんの3分人生相談」も実施予定です。
(詳細は後日ミシマ社Twitterなどでお知らせいたします!)