第6回
夜明けの親子雪遊び
2023.05.01更新
「ぴぴぴ!ぽぽぽ!」2023年1月29日日曜日、午前5時。携帯のアラームが鳴った。むくっと意識が起き出した。不思議な夢を見ていた気がする。寒い。布団の中の気持ち良さ。あともう少しだけ・・・。
「ぴぴぴ!ぽぽぽ!」午前5時5分。携帯のアラーム。はっ。あ、一瞬夢の続きを見た気がする。おしい気分だ。もう一度・・・。
「ぴぴぴ!ぽぽぽ!」午前5時10分。アラーム。あっ、続き見れず。布団気持ちよすぎる。今日はたしか、5時30分には出発しなければならない。よし、あと5分だけ眠れるはず・・・。
「ぴぴぴ!ぽぽぽ!」午前5時15分。どうしょうもない、しょうがない、起きるしかない。立ち上がる。今朝は一段と寒い。出発まであと15分。高速で着替えて、洗面。ゆかこが同時にたかちゃんを起こして、今日の持ち物の忘れ物がないかチェックしてくれた。生後三ヶ月の三男ふみくんが、RSウィルスにかかったため、今日のお出かけは僕とたかちゃんだけだ。
ドアをあけ、駐車してるボクシーをみるとうっすら雪をかぶり、窓ガラスが凍ってる。メガ水筒に準備していた温水をどばっと窓ガラスにかけて、氷を溶かす。車のエンジンをかけて、車内を暖めて、たかちゃんと乗車。出発する。午前5時38分。予定より8分遅れている! でも道は凍ってるところもあるから慎重に行かなければ。車の外気計をみると、マイナス7度。オッケー。こっちもちょっとやそっとでは、もう驚かなくなっている。たかちゃんと僕はおにぎりをもぐもぐ食べながら、大地へ向かった。
真っ暗な夜明け前の道はすいていて、いつもとは違う登園の状況にたかちゃんもワクワクしているようだ。今日は親子雪遊びの日だ。集合が朝の6時20分なのは、大地の丘からみんなで朝焼けを見る為だ。飯綱の長い直線の道に入ると、道のさき、道のうしろにヘッドライトが見える。きっと大地の車だろう。そうでなければ、日曜の朝6時まえに運転する用事がどこにあるだろう。
大地の駐車場に到着する。時刻は6時5分。大地のメンバーたちが続々と到着しているので、朝の挨拶をしながら荷物を車から取り出していく。まだ暗いので、それぞれヘッドライトをしている。今日は、雪かきようのスコップ、雪の上に敷く厚手のレジャーシート、どんぶりにはし、お盆、にぎりこぶし二つ分の味噌。それらをそりに乗せて園舎へ。ざっくざっくと雪道を進む。
到着するとすでに、ガンガーの雪下ろしの作業がはじまっていた。僕もたかちゃんも雪かきスコップを持って、りんご箱の階段を使って屋根の上に這い上がった。今朝までの積雪で30〜40センチほど積もった雪をみんなで下ろしていく。子どもたちが屋根のへりまでいかないように十分注意しながら、どんどん雪を落としていくのは、おもしろい。それにしても、これだけの大人と子どもたちが乗って、ガンガーの屋根は崩れないのだろうか。
時刻は6時30分。あらかた雪を落としたところで、あおちゃんが携帯していたラジオから「ラジオ体操」の軽快な音楽が鳴り響く。高校教師の藤松さんを中心に、屋根の上でそのままラジオ体操がはじまる(たぶんマイナス1度くらい!)。藤松さんの元気なラジオ体操に子どもたちから笑いがとぶ。ジャンプのところでは、屋根が揺れたので、ほどほどに。それにしても、なんで到着そうそう雪下ろし? なんで屋根の上でラジオ体操?
体操が終わると、あおちゃんは元気に言った。
「じゃあ、雪の上にとび降りましょう!」
「え?」
頭がまだ寝ぼけているのか、あおちゃんが何を言っているのか、瞬間意味不明だった。
保育士のがーくんが、どっさり降ろした雪の上に屋根の上からジャンプ!
「ひゅーどさっ」
と威勢のいい音がして、がーくんは腰まで雪のなかに浸かった。「ああ〜気持ちい!」それを見た年長のゆうくんが、今度はジャンプ! 大人にとっては二階の高さでも、子どもたちにとっては倍以上の高さに感じるだろう。「ぼすっ!」とやっぱり威勢のいい音がして着地成功。着地もなにも、ふかふかの雪に突き刺さってるだけなのだけど、それがとっても楽しそう。降りたての雪を降ろしたあとにしかできない遊びだ。子どもたちは怖がりながら、楽しそうにとび降りていく。ゆうくんは2回目のジャンプのためにまた登ってきた。
大人たちも戸惑いながら、屋根からジャンプ! とび降り、雪に突き刺さった大人たちから嬌声、歓声がとぶ。僕も、はやく飛んでみたい! たかちゃんの方をうかがうと怖いから嫌だという。とはいえ、みんな飛び込んでいるので、屋根のへりまではやってきた。一緒に手をつないで、いこうと誘う。うーん、朝の冷気を胸いっぱいに吸い込んで、見下ろすと少し足が竦んだ。
それでも意を決して二人でジャンプ! 地面から足が離れて急降下。一瞬、気がついた時には「ぼすっ!」と腰まで雪に突き刺さっていた。
「気持ちいい〜!」と思わず快哉を叫ぶ。このさらさらな雪。たかちゃんも掘り出して、また二回目のジャンプの列に加わった。ジャンプのあとに、僕の長靴にいくぶん雪が入ってきたが興奮で気にならない。しかし、たかちゃんはこの時、「ねえ、足が寒いよ・・・」と言う。いつもの大地のときのように、厚手の靴下に長靴、スキーウェアにスパッツの完全防備のはず。「大丈夫、大丈夫」と僕はそんなに気に留めなかった。このときの油断が、あとで大ピンチを招くことになる。
しばらく、この雪ジャンプをみんなで楽しんだ。あおちゃんが、「さあ、ここからどう雪と遊んでいこうか!」と気合を入れている。そんな気合の入れ方がこの世界にはあるのだ。あおちゃんは遊びの天才だ。僕にとっては、雪の遊びといえばスキーとかまくらづくり、雪合戦くらいしか思いつかない。しかし、のっけから、屋根上の雪を下ろしていくおもしろさ、そしてまさかの雪ダイブと機先を制せられ、「そんなのあり!?」と想像の上をいかれてしまった。
いよいよ日の出が迫ってきた。みんなで園舎横の高社の丘へ。そこからは信州の山が隆々とそびえ立っているのが見渡せる。今朝の日の出は、お寺の住職である陽宇くん父の季典さんの読経を聞きながら迎える。子どもたちと一緒に丘の斜面の雪の上に腰を下ろす。たぶん、氷点下だけどみんなとび降りたあとなので、アドレナリンが出ているのか、そこまで寒さを感じない。季典さんは住職の法衣を身にまとい、みんなに挨拶をする。
「おはようございます。今朝はとっても寒いので、みんながお経を嫌いにならないように、短いものを唱えさせてもらいます」と、一礼すると日の出の方向を向いた。
「・・・南無阿弥陀ー・・・南無阿弥陀ー」
子どもたちは、ぽかんと口を開けて見つめるもの、雪を食いながら見つめるもの様々だったが、本物の住職のお経の迫力と、面前の山々、そして徐々に日の光が差し込む大パノラマにそれぞれの時間を味わっているようだ。読経の「南無阿弥陀--」の箇所に差し掛かると季典さんのパートナーのあきさんがどこからともなく、「南無阿弥陀--」をハモる。僧侶の低い地響きのような読経と、女性のうつくしい南無阿弥陀の旋律が、場を異次元にワープさせるような感覚になった。ついつい僕も、一緒に「南無阿弥陀」と小声でハモってしまう。曇り空の合間から、たしかに朝日が立ち上ってくると、山々から大地の丘まで徐々に赤みがさしていくようだった。
読経が終わると、どこからともなく「そり遊びの神様がくるぞー」「そり遊びの神様が降りてくるから道をあけてー」と声が聞こえてくる。子どもたち、親たちがモーゼの海割りのようにさーと二手に寄る。丘の上には、先秋、あおちゃんが大工と立てた「東屋」があった。「東屋」は四つの柱に屋根があるだけの半外の建物で、中では火を囲んだりお話し会をしたりしていた。
「ん?」
よく見ると、その東屋の屋根の上に、誰かいる。
「そり遊びの神様がくるぞー!」その声が大きくなり、みんなが東屋の上に目線を向けると、神は屋根の上から飛び降りた。その足にはスノーボード。屋根の上から丘の斜面の雪原に見事な着地。そのまま急斜面の雪原を、木々をかわしながら、するすると丘の下まで滑り降りた。雪が飛び散り、子どもと大人の歓声がとぶ。あの神様は、あろちゃん、きほちゃんのお父さんの金ちゃんだ。
「さあ、みんなもすべるぞ〜!!!」とあおちゃん。神様の滑りに触発されて、それぞれ親子がそりにまたがり発進していく。この高舎の丘がちょっとした丘ではない。そう、見下ろせば、本当に下の方に畑が見下ろせるほど、それなりの高度、斜面、緩急があるしろもので、滑り出して油断すれば危険なほどだ。普段から斜面を滑り慣れている子どもたちでなければ、きっと怪我人続出だろう。
たかちゃんと一緒に、僕もそりに乗り込んで斜面を駆け下りる。はやい、はやい。雪をかっとばし、しゅびんっと安物のそりは走った。ぼさっと下まで到着すると、木立の間から、太陽の光が差し込んだ。一面の雪原に朝日、はらはらとそりが散らした雪が舞っている。まぶたの裏に刻まれ、身体がふるえるほどのうつくしさ。
そして、下から丘の上を見上げるとここからが大変。このふかふかの雪の丘の斜面を一緒に登らなければいけないのだ。滑り降りた直後は、その滑走感に笑っていたたかちゃんだが、この上り坂に大苦戦。
「足がつめたいから、うごけない・・・だっこして」という。なんとか手を引っ張って中腹まで連れていくも、まだまだ道半ば。その間にも、他の子どもたちや家族がいたるところから、そりで駆け下りてくる。法衣を脱いだ季典住職がこんどはスノボを履いて、東屋の屋根からジャンプして滑走してきた。年少のいっちゃんは、全身を見事に使いながらの体滑りでするすると滑り降りてくる。
なんでみんなこんな元気なんだろうというくらい楽しんでいる様子に、いまいちエンジンがかからないたかちゃんに、ムズムズしてきた僕は思わず、「早くいくよ!」とか「頑張って歩いて!」と、ぐずぐずしている息子に言ってはならないことばを投げつけていた。そんな僕の態度に、たかちゃんの不機嫌メーターは急速に高ぶれしていく。
足先は冷たいし、ズボズボの雪に足は取られるし、急な上り坂だし、寒いし、お腹は減るし、お父さんは抱っこしてくれないし・・・。たかちゃんの顔は切なさいっぱいを、もう抱えきれないほどになっていた。転んで雪の中に顔を突っ込んだのを契機に、「ウワーン!」とついに泣き出してしまった。
大地の子どもたちは、丘の斜面を北に移動しながら、どんどん新しい滑走コースを開発していく。遊びの中心点が、じょじょにずれていくのに、僕たちは取り残されてた。たかちゃんは沸点に到達して、ギャン泣きモードに突入(渡辺京二さんは、亡くなる間際のエッセイで、僕が「ギャン泣き」と本に書いていたことに、現代の若者の言葉遣いに驚きを隠さなかった)。さて、この「ギャン泣きモード」を我が家では「かんしゃくモード」と呼んでいた。
こうなってしまうと、にっちもさっちもいかなくなってしまう。たかちゃんの「かんしゃくモード」は中々のもので、これまでも外だろうが、室内だろうが平気で15分〜20分泣き叫ぶことだってある。これには親としては参ってしまう。
「しまった、これはまずいパターンだ!」と気づいたときにはもう遅かった。たかちゃんの泣き叫び声が、雪原の木立のなかに鳴り響いた。保育士のゆみちゃんや、年長さんたちが、駆け下りて声かけをしてくれるものの、効果なし。たかちゃんは泣き、僕に「あっち行って!」と叫び、僕があっちへ行くと「こっち来て!」と叫んだ。僕は雪のなかに立ち尽くした。
思えば、大地での勉強会でも「かんしゃく」については何度もディスカッションのお題に上がっていた。3歳児から4歳児にかけては、この「かんしゃく」をもよおす子どもたちが多いこと。「かんしゃく」に入ると、子どもたちもわけがわからなくなって泣き叫ぶので、そうなってしまっては親は立ち尽くすしかないこと。一番有効なのは、親が子どものパターンを先読みして、子どもが「かんしゃく」にたどり着く前に手を打って、なんとか気分の軌道修正を試みる「予防措置」だということもわかっていたのに。
たぶんたかちゃんは、この寒さ、空腹、朝が早すぎたことからずっと不快指数をためていて、かたやそれを全く感じ取らずに、ひとりでテンションをあげている父親にさらに断絶を感じていたのだろう。僕は飴玉なり、チョコなりをポケットに忍ばせて、彼の血糖値をもっと早い段階であげて、気分を盛り上げておかなかったことを悔いた。
あおちゃんは常日頃から言っていた。「かんしゃくを起こしてしまって、どうにもなくなって立ち尽くしている親を見ると、子どもも親もかわいそうだ」。泣き続けるたかちゃんに、僕は面倒くさくなってすべて投げ出したくなった。背中から雪の上にぱたんと倒れこみ、木々と空を見上げた。珍しい鳥が何羽か飛び立った。「あ〜! もうなんでこんなに朝早くやるんだよ。せめて9時とか10時とか開始にしてくれたらいいのに」と人のせいにしだしたり、「そり滑り気持ちよかったなあ、もっと滑りたいのになあ」と別の思考に逃げ込んだりしようとした。
それでも現実は変わらない、たかちゃんは変わらず泣き叫んでいる。大地の子どもたちは随分丘の向こうのほうまで行ってしまった。カラフルなスキーウェアが雪の上を滑走しているのが見える。親たちがスノーボードを足にはめ、滑り出していた。おそらく大地の集団はこのまま、北上する。昨年の親子雪遊びで、プロスノーボーダーのはるなさんに「あんなとこ、そりで飛ぶなんてちょっとやばい」と言わしめたサンクゼールの裏丘(崖?)に行くのだろう。
雪の斜面に取り残され、たかちゃんが泣き叫びどれだけ時間がたっただろうか。泣き疲れた様子の彼を背中にかつぐと、一歩一歩、ときに足を雪に取られながら丘の上を目指す。なんとか登り切ると、僕はぜーぜー息を切らし、汗ばんでいた。たかちゃんは、「もう帰る!」と宣言すると、大地の駐車場のほうへてくてく怒って歩いていく。ガンガーでは、あおちゃんとのんたん母さんが、お昼ご飯にふるまうラーメンの準備に勤しんでいる様子を横目に、僕はたかちゃんを追いかけた。
こうして僕たちは戦線離脱し、車の中へ。車内で長靴を脱がしてみると、たしかに足は冷え切っていて、長靴の中は相当冷たくなっていた。しばらく車の中で休んでいたが、たかちゃんは泣き疲れぐっすり眠ってしまった。予定では、メインの丘でのそり滑りの後は、雪のテーブルをスコップでつくり、その上で出来立てのラーメンを食べることになっていたが、僕も心折れていた。のんたん母さんにことわって、大地から撤退することにした。時刻はまだ朝の9時50分だった。
編集部からのお知らせ
税所篤快さん『僕、育休いただきたいっす!』
(こぶな書店)のご紹介
小布施に引っ越す前、長男のたかちゃんが生まれてからの1年間、育児休業を取得した日々をつづった『僕、育休いただきたいっす!』は、2021年のこぶな書店から出版されています(元の連載はスタジオジブリ「熱風」)!