大地との遭遇

第7回

マイナス2度、雪上の調理実習

2023.05.15更新

 2023年1月、小布施は10年ぶりの大寒波を迎え、少ないと心配された今シーズンの積雪を取り戻すかのように、大いに吹雪いた。それから数日、大地までの通園は、雪道を恐る恐る低速で走っていく。除雪が十分でない道は、ガタゴト道をいく時のように、車体が揺れて、たかちゃんはニヤリ。僕はヒヤリ。それにしても降雪後の、小布施、飯綱の雪景色の美しさといったら、筆舌に尽くしがたい。小布施の街並み、栗畑、飯綱の丘やリンゴ畑が一面に真っ白。空は真っ青。

 大地の丘に登る最中も、なかなかの坂道でヒヤヒヤするが、丘を登り切ると信州の雄大な山々がすっぽり雪をかぶって朝の光にキラキラと輝いて迎えてくれる。心がぐっとくるほどの美しさ。
「ああ、信州に住んでるわ、自分」とたかちゃんの手を握りながら、恐る恐る滑らないように歩く。

 今日は、大地で実施される保護者向け「シュタイナー勉強会」の第8回目。大地では2022年度、希望する保護者向けに青ちゃん夫妻がアメリカ人の教育者ラヒマ・ボールドウィンさんが書いた『赤ちゃんからのシュタイナー教育』をテキストに全10回の勉強会を開催している。毎回、ディスカッションや実習など様々な学びの機会が生まれている。

 毎回、各家庭の切実な悩みや課題などが共有され、青ちゃん夫妻が振舞ってくれる美味い昼飯を食らう。その過程で、僕たち親同士は「同じような子育ての悩みに直面し、同じ釜の飯を食う仲間」であるという強い一体感を感じるようになっていた。

 9時10分ごろに大地に到着すると、今日は僕とたかちゃんが一番乗り。大地の入り口に立ち、降りたての新雪を踏む喜びを噛みしめる。「ぎゅっぎゅっ」と雪がしゃべるのだ。園舎につくと、クロスカントリースキーの板が雪上に並べられている。今日は、大地の冬の風物詩「クロカン」の日のようだ。保育士がーくんに挨拶し、クロカンのブーツをたかちゃんに履かせるの手伝う。

 リュックサックをロッカーに入れて、弁当箱を薪ストーブの上に。たかちゃんに行ってらっしゃいのハグをして、ほっぺにぶちゅーとチュウをする。なんてアホな親だろう。でも、いいじゃないか。どうせ、こんなことができるのは、あと数年なのだ。10年たてば、命がけでこの子と取っ組み合いの喧嘩をするのだ(男の子を育てた少なくない親たちが、命がけの喧嘩の経験を語ってくれた)。

 たかちゃんは、同じクラスのいおりくんと一緒に自分でクロカンを履くと、板をガシガシ動かしながらゆるやかな坂を登っていった。今日が人生で2回目のクロカンというのに、頼もしいものだ。年長さんたちの様子を見ながら、後ろ姿を追いかけていく。このあと、大地の丘にあるサンクゼールワイナリーまで歩き、その真っ白な葡萄畑の合間を滑るのだろう。そこでは、うさぎや、たぬき、きつねの足跡をたどり、のどが乾いたら雪を食べる。

「なんだよ! この自然との豪快な遊び方は!」

 東京の保育園で、みんなで手をつないで、近所の猫の額のような公園を散歩する様子を目撃している僕は、改めてこの土地が持つ子どもを包む力を感じた。ここ飯綱の四季の力が大地には生き生きとある。この土地が大地を支え、子どもたちの成長を支えているのだ。

 さて、取り残された大人たちである。今日の勉強会は、調理実習だ。それも大地の調理実習。普通の実習であるわけがない。今日のメニューは「玄米ご飯・ごま塩ふりかけ、豆腐ハンバーグ・醤油ソースがけ、野菜サラダ・甘酒ドレッシング、大根わかめのいため煮、玉ねぎスープ、野沢菜のお漬け物」。そして調理の舞台は、半野外! ガンガーと呼ばれる屋根つきキッチンには、薪の釜がふたつと、調理台がある。通園のときの車の温度計はマイナス2度をさしていた。日本広しといえど、雪上の(半)野外調理実習が体験できるのは大地だけではないだろうか。

 保護者たちも状況は織り込み済みで、最大限の防寒着を着込んだ上からエプロンをかけている。僕もセーターにダウン、ジーンズにスキーのズボンとほぼスキー場に行く出で立ちにエプロンをしめた。ガンガーには、すでに仕込みなどを終え、薪釜の火の具合や全体の段取りに精神を集中する青ちゃんの姿があった。青ちゃんの料理のときの真剣な姿勢といったら、日本刀のような鋭さで、空気がピリピリするほどだ。頭の中では徹底的な段取り、シミュレーションがものすごいはやさで動いている。その真摯さは、僕たちにも当然伝わるので、こちらも勢い前のめりになる。

 朝の挨拶を終えると、のんたん母さんを中心に今日の調理実習の動きの確認をした。僕たちの手元には「調理実習レシピ、当日までに必読!」が握られている。今日の主な段取りは以下の7ステップだ。

1 重ね煮をつくる(ガンガーの火)・スープをしかける(園舎のストーブの上)
2 玄米ごはんをたく(ガンガーの火)・すりゴマをつくる
3 大根わかめの下準備・サラダの野菜準備(レタスちぎる、きゃべつ切って少し塩もみ、わかめ、大根千切りなど)・豆腐ハンバーグの下準備(大和芋する・卵わってまぜる・豆腐をつぶす)
4 大根わかめをつくる(ガンガーの火)
5 豆腐ハンバーグを成型し、石釜の鉄板にのせて焼く(石釜の火)
6 スープ味付け
7 食器にもる
11:30には「いただきまーす!」

 僕は野菜を切る仕事に取り掛かる。ガンガー脇にある水道水からは氷のように冷たい水、それでレタスを洗いながらちぎる。手の感覚が一気になくなる。なるほど、さすが雪上の調理実習。鼻水が出てきそうだぜ。そして、十数名の親たちが同時並行で調理を進めるので、早い。どんどん段取りが進んで行く。このスムーズな進行は、青ちゃん夫妻の入念な仕込みによるのはもちろんだ。玉ねぎをむいて、スープをしかける。卵をわってとく。豆腐をつぶして、ハンバーグの下準備を終えた。

 豆腐ハンバーグの成型に入る。18人分のハンバーグを手で練り整えて、鉄板に敷いたキッチンペーパーの上へ。この頃になると寒さなんてなんのその。料理をみんなで進めていくダイナミックなエネルギーが場を沸かせていた。青ちゃんがピザ職人のように石釜にハンバーグの乗った鉄板を挿入した。うーん、ハンバーグを石釜で焼く光景って初めて見るよ。そう、読者のみなさんお気づきでしょうか。この調理実習では、一切のガス、電気が使われていないのです! 薪の具合を確認しながら、青ちゃんが何回か鉄板の方向を出し入れして変えて、焼き具合を調整する。周囲には香ばしい匂いが立ち込めてきた。今回のメニューはビーガン料理です。

 みんなの本気の取り組みのおかげで、なんと時刻ぴったりに料理が完成した。僕はガンガーから園舎へ出来立てのスープの大鍋を運ぶ。ゆるやかなくだり坂の雪道はスリップ多発地帯。大ゴケしたら、みんなの本気スープが雪上に吸い込まれてしまう。責任重大、父親仲間の寛樹さんの護衛のもと、慎重に、慎重に足を運ぶ。くだり坂の次は大屋根からの落雪注意地帯にも油断ができない。何かの拍子で大雪が落ちてきたら、スープもろとも生き埋めだ。

 園舎に、到着。室内では木のテーブルに食器が並べられ、食事が配膳されるのを待っていた。炊きたてご飯、焼きたてハンバーグ、熱々スープが注がれ、みんなで「いただきます」。大地流のいただきますのご挨拶を子どもたちと同じように唱えるといざ食す!

「う、うまい!!!」

 かじかむ手を酷使したレタスのシャキシャキ、手でこねたカリカリハンバーグ、ほかほか玄米。うまい、うまいじゃないの! 各所からも「美味しい!」の声が飛び、青ちゃんも満足そうだ。この人は、保護者の胃袋を掴むのだ。きっとこれまでも散々うまいものをつくって、親たちを喜ばせ、子どもたちを喜ばせてきた。それは青ちゃんにとっても無上の喜びであり達成感なのだろう。だから、大地は危険だ。胃袋をつかまれたら、もうどこにもいけないではないか。

 僕の食事の左手には、親仲間のあきこさん。我が家と同じ三人男子のママだ。長男ゆうくんのスキーの話を聞く。息子と一緒にゲレンデを滑るのは今シーズンの僕の夢なのだ。あきこさん曰く、とにかく一緒にリフトに乗って、あとは上から滑ってくるの繰り返しで特にレッスンにも行かせなかったという。あきこさんは三男が一歳を迎えるのだが、このベイビーこうちゃんを胸に抱きゲレンデを滑ることもあるそうだ。なんと、リフトに乗っている間に授乳をすることもあるという。

「え〜!!! そんなの、あり!? 信州ママ、つよすぎ!!!」

 僕の右隣には、父親友達の寛樹さん。寛樹さんは、ものづくり職人として、業界では知られた存在で、家具から何からみんな自分でつくってしまう。星野道夫の愛読家でもあり、先日は星野さんを辿ったアラスカの旅に出かけていた。寛樹さんとは、山小屋の木々にかけるための巣箱づくりの相談。春が来る前に巣箱をかけたいと思っていた。「なんの鳥の巣箱をつくるの?」と寛樹さん。どんな鳥が来ることを想定して、巣箱の大きさを考えるのか! 当たり前だけど、言われて気づいた。「フクロウとかどうっすかね〜」と僕。これは巣箱づくりも奥が深そうだ!

 僕がふと外を見ると、クロカンから帰ってきた子どもたちが、なんと雪上で火を囲みながら弁当を広げている。ええ〜! 薪ストーブで暖めた部屋があるのに、なんで外!? しかし、彼らの堂々とした弁当の食いっぷりはどうだろう。まさにクロカン、雪の散歩を楽しんできた残り香を感じさせる余裕な雪上弁当タイム。いいね、いいじゃん! もう! それでいこうよ!

 なんだったら、俺も、そんな小さいときに仲間と雪の上を冒険したかったよ。雪の上で弁当パーティしたかったよ・・・でも、俺たちも雪上の調理実習したんだぜ。そう、これが青ちゃんのいう大地で保護者が味わう「第二の青春」であり、失われた「子どもの時間」を取りもどすということなのかも・・・。

 さて、お腹もいっぱいになったところで午後の部だ。内科医で園医でもある橋本先生が登場。今回のテーマは「こんにゃく湿布」。

「こんにゃくしっぷ!? なんだそりゃ!?」

 僕は青ちゃんの指示で隣の部屋の薪ストーブの上にある大鍋を持ってくることになった(大地には5つから6つの薪ストーブが設置されている!)。蓋を開けると、まるで中くらいのクラゲのように、分厚いこんにゃくが大鍋の中でゆらゆら浮いていた。これまた転倒して、ぶちまけないように慎重にこんにゃく大鍋をみんなの部屋へ運ぶ。

 内科医の橋本先生は大地のOBで三人のお子さんを大地に通わせた。「私も大地で第二の青春を楽しみました。現役のみなさんが羨ましい!」と柔和な笑顔で語ってくれた。橋本先生は、職業として取り組んできた西洋医学だけではなく、漢方や自然療法の研究にも取り組んでいて、今回教えてもらうのは橋本先生も愛用する「コンニャク温湿布」。『あなたと健康1月号』によると、コンニャク温湿布では手軽で効果があり、疲労回復をはじめ病人のために大きな働きをしてくれるとある。効能としては、胃腸病、風邪、熱、高血圧、肝臓病、糖尿病、結石、ノイローゼ、アトピーetc。疲れたり、風邪かなと思うときは、少食にして、このコンニャク湿布をすると翌日は全身がすっきりと元気になる。

 やり方はとてもシンプルで、スーパーで買ってきた分厚いコンニャクを鍋に入れ水とともに沸騰させる。沸騰して10分ほど茹でて、タオルで水気をとり、一丁をそれぞれタオル2~3枚に包む。それらを肝臓や丹田、脾臓などに当てて血行をよくしていく。

 僕たちはホカホカのコンニャクをタオルで包み、仰向けになって天井を見た。そして腹部にコンニャク湿布をふたつ載せる。ひとつはおへその下の丹田に。もうひとつは、右肋骨のあたりで肝臓を温める。バスタオルをかけ、約20分横たわる。じょじょにコンニャクの暖かさが皮膚に届いてきた。じんわりと熱を帯びていく感じが、妙に気持ちがいい。本来は食後にやらないほうがいいらしいのだが、これは心地よくて眠くなる。

 そして、後半はうつ伏せになって背中の下のあたり。腰あたりにコンニャクを載せる。これもじんわり気持ちいい・・・やっぱり眠ってしまいそう。つくって、食べて、寝る。なんて勉強会だ。むにゃむにゃ。ああ、生きててよかった。他の親たちもうとうと、眠りの世界へ落ちていった。

 はっ! と目を覚ますともう退園時間が間近に迫っていた。気づいたら寝ているのは僕と寛樹さんだけで、ほかの親たちは橋本先生を囲み談笑していた。僕はぼんやりしながら、改めてこの世界の不思議さを思った。この世界には、雪の上で調理実習することもあれば、こんにゃくを湿布にすることを思いつく人もいる。まだまだ世界は広くて深い。クロカンでクタクタに疲れながらも満足げな我が子を抱きしめて、僕は雪道を家路についた。

税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

編集部からのお知らせ

税所篤快さん『僕、育休いただきたいっす!』
(こぶな書店)のご紹介

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税所篤快・『僕、育休いただきたいっす!』

小布施に引っ越す前、長男のたかちゃんが生まれてからの1年間、育児休業を取得した日々をつづった『僕、育休いただきたいっす!』は、2021年のこぶな書店から出版されています(元の連載はスタジオジブリ「熱風」)!

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