第11回
冬の大地名物 クロスカントリーのたび
2023.07.12更新
「あっちゃんは、みんなの最後尾についてしんがりをお願いします」
と大地スタッフのガーくんは言った。今日は、大地のみんなとクロスカントリースキーにでかける。晴天に恵まれ、雲ひとつない。まさにクロカン日和だ。
大地の冬の風物詩である「クロカン」は年中の「くもさん」からはじまる。長男たかちゃんは、くもさんなので今年からクロカンデビュー。僕は彼と一緒に妙高山のふもとにあるウチダスポーツ店に出向いてクロカンの板、ストック、ブーツをシーズンレンタルで借りてきていた(1シーズン大人9000円、7000円)。
子どもたちは、朝の会を終えると、ガンガーの前でクロカンを装着する。年長の「そらさん」たちは、慣れた手つきでテキパキと準備をしていく。しかし、クロカン履きたてのくもさんたちはそうはいかない。やれ「スパッツが脱げない」「手袋がはまらない」「板にブーツがはまらない」とSOSが随所から飛んでくる。今日のクロカンの引率はがーくんと僕の2人なので、てんやわんやとなる。
しばらくして、いよいよ出発。ガーくんを先頭に、おおぞらさん(年長以上)、そらさん、くもさん、僕と続く10数名の隊列が雪の上を進み始める。
「クロスカントリースキー」と聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろうか。「雪上のコースをストックと板で駆け抜ける雪国の厳しいスポーツ」というのが僕の抱いていた印象だった。しかし、大地のクロカンはいわゆる「競技用のクロカン」とは趣が違う。みんなで木立の中を進み、冬の自然の美しさを全身で体感する、いわば「雪上の長距離散歩」。これが大地のクロカンだ。
なので、コースは丘を越え、斜面を滑り、森をゆく。大人にとっては、競技用の細身の板では操舵が難しいフィールドが続く(子どもたちは体重が軽いので、細身の板でも十二分に乗りこなす)。大地の子達とクロカンをゆく大人は板を(あおちゃんが)改造して、板幅を広げたスペシャルクロカンでいくのが便利だ。残念ながら、僕はクロカンあおちゃんスペシャルをゲットできなかったので、恐る恐るノーマルなクロカンで初めての大地クロカンに挑戦することになった。
園舎からサンクゼールワイナリーへ抜けるひまわりロードのゆるやかな斜面を登っていくと、右手には夏の大地の風物詩「超ロング流しそうめん台」が雪をかぶっているのが見えてきた。活躍する夏がくるのを。じっと待っているようだ。僕たちは、その先の森へ突入していく。
すると第一の難所「森のS字カーブ」がやってきた。木立の中を、下りながらS字にうねるこの斜面は、多くの子どもたちが尻餅をつかずには通れない。アルペンスキー板なら、決して難しい斜度でもカーブでもない。しかし、今履いているのはクロカンの細身の板だ。アルペンでは通常のボーゲン姿勢での減速も、カーブもいうことをきいてくれないのだ。
ガーくんは、素晴らしい腕前で華麗に滑りきった。そらさんたちも、「今年は粒ぞろい」とあおちゃんにいわしめる腕利たちで、果敢に難所に攻め入っていく。難所にからめとられたのは、くもさん軍団(たかちゃん、いおりくん、うたちゃん、ここちゃん、アメリー)の5人と僕である。S字カーブですってんころりん。くもさんたちが、そこら中でしりもちをついている。僕も必死の形相で両足を「ハ」の字にしてブレーキを試みるも、まったくスピードが制御できない。足元のなんとも頼りない細身の板を恨みつつ、危うく木に激突するところをしりもちをついて、転倒したことで、なんとか止まることができた。
転んだ衝撃で雪が舞って、粉雪が降りかかる。そこに、木立から太陽の日差しが差し込んで、幻想的な光景をつくりだしている。僕の目線の先では、くもさんたちがしりもちから、なんとか自分で立ち上がり、難所の突破に向かっていく。
僕は、あおちゃんの「大地の子たちは、年長のそらさんたちの後ろ姿に憧れて育つ」という言葉を思い出した。多少の難所や、転倒くらいではひるまずに、何度も立ち上がっていくくもさんの、目線の先には、たしかにそらさんたちの後ろ姿がある。これが「大地の子」なのか。
やっとのことで、くもさんたちとS字カーブを突破し森を抜けた。そこには一面真っ白の雪原と、突き抜けた真っ青な空の二色のコントラストがどこまでも広がっていた。ここは、サンクゼールワイナリーの裏手崖の斜面を舞台にした「大地専用ゲレンデ」だ。そらさんたちが、一足先に楽しそうに滑走している。くもさんたちも、ゲレンデへ合流した。
ゲレンデの上まで、「ヒィーヒィー」いいながら這い上がると、ずっと先までくだり坂の斜面が広がっている。姿勢を整えて滑り出すと、するすると板は嬉しそうに滑り出す。前かがみになって膝を落とすと、ますますスピードが上がる。身体が風をきる。休憩している大地の子たちを追い越して、即席ジャンプ台が目前に迫る。
「シュルッ!」と、バランスを崩してジャンプ台の前で大転倒!雪しぶきが盛大に舞った。僕は雪の上で大の字になった。
「あっちゃん、惜しい!」とガーくんや子どもたちから歓声がわいた。横たわっている僕に子どもたちが「ねえ、あっちゃん。次はわたしと滑ろう」と誘いの声が次々にかかる。滑走の快感に味をしめた僕は、子どもたちとどんどん滑り始めた。ゆいちゃんとゲレンデの上まで登り、合図で一緒に滑り降りる。今度はうまく下まで滑り切ることができた。滑走後のゆいちゃんと、顔を見合わせてお互い、にんまりする。そのときの、ゆいちゃんの顔じゅうがはじけたようにほころんだ笑顔の美しさといったらどうだろう。普段、送迎のときに挨拶を交わすゆいちゃんは、かなりクールな感じ。それが、大地ゲレンデでこの笑顔だ。僕はノックアウトされてしまった。
さて、思うように加速して滑り切ることができないビギナーのくもさんたちは、思い思いに雪を食べたりして過ごしている。たかちゃんの様子をみると、思うように滑れないことに不満なのか、不機嫌になっているようだ。
「ねえ、パパ、どこにも行かないで!」と滑りにいく僕を止める。もっと滑りたい僕としては、「たかちゃんも一緒に滑ろう」と誘うものの、「転ぶから、嫌だという」。どうやら、疲れてきたようだ。それでも「一緒に滑ろう」という誘いがひっきりなしにくる。その様子に、さらに不機嫌になるたかちゃん。
これは、あおちゃんねえちゃんが憂慮していた事態だ。たかちゃんが「大地の子」モードから「パパと僕」モードになりつつある前兆だ。
ガーくんが様子を察してゲームチェンジの一声をあげた。
「おやつのみかん投げるよ〜!」
その一声で、すべての子どもたちが一斉にガーくんのもとへ駆け寄った。ガーくんの助け舟のおかげで助かった。子どもたちが一列にずらっと並ぶ。ガーくんがみかんを人数分、雪原の中に投げ入れる。美しい放物線を描いて、真っ青なそらを橙のみかんが飛んで、雪の中に潜り込んでいく。ガーくんの合図で、子どもたちがわっとみかんを探しに飛び出した。子どもたちがそれぞれみかんを掘り出し、またたくまに皮をむいて、口に放り込んでいく。僕も食べてみると、甘酸っぱい味が口に広がった。クロカン中の「おやつ・みかん」のうまさよ!
子どもたちとみかんを食べ、もうひと遊びしてから帰路についた。帰りは、サンクゼールの裏崖から、大地の丘のたもとを大きく迂回してりんご畠の木々をくぐりながら、大地正面スロープにつながる道をゆく。見えてくるのは、最後の難所「ヒロの木大斜面」だ。大斜面の中腹に立つヒロの木は、大地卒業生のひろくんを記念して植えられたものだ。大地が大好きだったひろくんは、大人になって、木こりとして活躍していたが00年、仕事中の事故で亡くなる。あおちゃんが追悼のためにひろの木を植えた。毎年命日には、大地関係者が静かに祈りを捧げる場所になっている。
大斜面のたもとに、しんがりの僕が到着したときには、そらさんたちがはるか高みを登っているのが見えた。帰り道も、くもさんチームは遅れ、とくにここちゃんが「足が濡れて力がでない」と、ブーツを脱ぎかけているのをなんとか励ましてたどりついた。いよいよ限界を迎えつつある、ここちゃんを応援しつつも、ここちゃんは三合目ほどでついに板をはずしてしまった。ここからは、僕がここちゃんの板をかついで、最後の力を振り絞って一緒によろよろと上がっていく。不思議にも誰も抱っこしてとは言い出さないのだった。
こうして、最後まで登頂したここちゃんと僕はヘトヘトになって座り込んだ。その後、スロープでお弁当を食べてデザートに。これまた大地の冬の名物「雪上かき氷」を食べた。「雪上かき氷」は、4人くらいのグループで雪をかき集めて、雪の小山をつくる。そこに各々スプーンを持って山を囲んでいると、スタッフがジュース、シロップ、フルーツ、おかし、あんこなどトッピングをふりかけてくれる。その豪快なかき氷をみんなでかっ食らう大地スイーツである。
ああ、冬の大地。東京にいた僕には想像の及ばない雪遊びの風景がここにはあった。