第13回
夏の大地 保育士見習いDay
2023.08.15更新
7月に入り、夏がやってきた。朝日が昇るのも早ければ、子どもたちが起き出すのも、早い。朝5時には息子たちは活動を開始する。僕も彼らも家にいてもエネルギーをもてあますので、朝7時ごろには自宅を出発し、大地の近くの農家カフェ傳之丞にいるヤギ2匹と遊びに行ったり、産直所さんちゃんで旬のすももを手に入れ、頬張りながら大地の開園の9時半を待つ。今年度から大地の仲間に加わった次男ひろくんは、わんぱくぶりを見事に大地で開花させ、お兄ちゃんのたかちゃんとの2人での登園もすっかり様になっている。駐車場から、園舎へのアプローチを二人が駆け足で下っていく。遠景には高社山などの信州の山々が見渡せ、気持ちのいい風が吹いている。今日も青い空に白い雲が浮かぶ、文句無しの夏の日だ。
子どもたちがスロープの薪場に続々と集まっていき、円になって座っていく。スタッフのしずちゃんが絵本を読みながら全員が輪になるの待つ。今日は僕も保育ボランティアとして参加する。みんなが揃ったのを見ると、スタッフのガーくんがわらべ歌で、子どもたちの気分を徐々に盛り上げていく。そして、季節ごとのお祈り。
♩夏の大地〜緑のはっぱがひらひらり〜ころころころりん泥だんご〜くわがたお昼寝、いい気持ちい・・・今日1日、幸せな日でありますように
とみんなで手を合わせて、大地の1日がスタートした。
いざ、みんなでおさんぽへ。ののはな文庫そばの、プルーンの木がたわわに実っていたので、みんなで試食に向かう。僕が木の枝にぶらさがり、大きく揺さぶると、まるでマンガのように、どさどさっといくつものプルーンの実が落ちてくる! すかさず、子どもたちがわーと押し寄せて、口に頬張った。僕ももぎって食べてみると、ほのかな酸味と甘さがちょうどよくとても美味しい。あらかた、プルーンを落としたあとは、近くの森へ向かう。冬のころにクロスカントリースキーを履いて、歩いた森だ。当時は雪の斜面のS字カーブでみんなが転んでいた難所だったあたりが、夏には絶好の避暑スポットになっている。おのおのが、遊び始めた。木登りがはじまり、ガーくんが設置した特製の投げ縄式ブランコにまたがって、空中散歩がはじまり、バッタ、カエル、トンボを捕まえに水田のほうへ繰り出す子どもたちもいる。年中のくも組さんの男子たちは、手頃な長さの木の棒っきれを拾い集め、忍者ごっこだ。女の子たちがはないちもんめをはじめた。僕は年少のあっくんとセミの抜け殻探しへ。10匹ほど抜け殻を見つけ出し、はないちもんめの輪に混ぜてもらい、忍者屋敷に潜入し、田んぼの中にはまったここちゃんを救出した。
子どもたちが各所で遊びを展開している。次から次へと、「あっちゃん、やろう!」「遊ぼう!」と誘われるので、とにかく忙しい。子どもたちが夢中で遊んでいる天真爛漫さよ。夏の燃えるような緑に、青い空、その下で駆け回る子どもたちを見ていると、その光景の美しさが目に焼きつくようだ。そして、子どもたちに手を引っ張られ、遊びに参加していくうちに、段々自分が保育園に行っていたころの感覚が、体の底から蘇ってくる。彼らの遊びのムードのなかに入っていくと、34歳の自分の体感覚が、コナンのように縮んで、彼らと同じ5歳児のころの自分が引き出されていく感じ。そういえば、自分の通っていた保育園にはホールがあって、そこでみんなで布団を敷いて、寝ていたよなとか、レゴブロックで遊んで特に、テレビカメラのレゴ部品が好きだったな、とか記憶が湧き出てきた。
今年、年長になったたかちゃんは、2年前に東京のど真ん中の保育園にいた時の様子からは考えられない野生化を果たした。トンボを捕まえると器用に、指をチョキにして羽をつまみ、両方の手に一羽ずつ挟んだまま駆け回っている。トンボを捕まえて喜んでいると思ったら、大地の園児たちの大好きな「かねちょろ」(細長いトカゲ、かなへびの北信地方での呼び名)を発見。ばっ! と跳躍し、手のひらに見事に納めてしまう。見事な瞬発力だ。かつて、大地を初めて訪れて、木にかかるブランコを見て、「これは危ないから、遊ばないほうがいい」と言っていた幼児は、自然児への道を確かに歩んでいる。
森、田んぼを彼らと駆け回っているとあっという間にお昼の笛の音が聞こえてきた。今日は、大地の夏の風物詩、流しそうめん給食だ。雪をかぶってしばらく眠っていたロング流しそうめん台が、ついに始動する。園児たち20名がずらっと、流しそうめん台に並ぶのは壮観だ。上流から未満児さん、年少さん、年中さん、年長さん、それ以上の子達という順番で並ぶ。ホースから水が流れ、子どもたちが箸を水の流れにつけてキャッチの準備も万端。最上流で、流すガーくんは、「いくよ〜!」と元気な声をあげて、そうめんを流し始めた。白い糸の塊のような麺は、小気味好いスピードで水の中を走り、待ち構える年少さんたちが、威勢良く箸ですくっていく。一番下流の年長さんたち以上にまで、麺が届くのにはしばらく時間がかかるが、上流のほうからは、「おいっしい!」「うまい!」と子どもたちの元気な声が上がった。子どもたちが、箸を水流につけ、獲物を待ち構えるその真摯な表情の可愛らしさ、食べっぷりの豪快さといったら、これまた世にも美しい光景だ。そうめんがしばらく流れると、きゅうり、にんじん、トマトなどの野菜も流れ出した。特に高速で水に乗ってくるミニトマトをはしで取るのに苦戦する子も。その後も、そうめんではないものが、続々と流れてくる。こんにゃく、おいも、オレンジゼリー、白玉、わらびもち。特に、鹿のうんち(ブルーベリー)や、宝石(金平糖)が流れてくると、子どもたちの盛り上がりは最高潮に。
そんな彼らの様子を見ながら、ガーくんはつぶやいた。「これ、ほんとは流す人が一番楽しいんです」。こうして今日も、流しそうめん給食は、子どもたちの歓声であふれたのだった。みんなの真剣な表情を見ていると、こちらまで、幸せで満ち足りた気持ちになってくるから不思議だ。
みんなでご馳走さまをして、流しそうめんで大いに汚れた彼らの服を園舎で着替えるのを手伝った。年少児、未満児さんたちと一緒にお昼寝スペースで寝かしつけ。ピンクのヴェールで包まれた昼寝部屋はあまりに居心地がよく、寝かしつける担当の僕の方も思わず一緒に眠りに落ちていってしまった・・・15分くらいすると、ガーくんが僕を揺り起こす。
「あっちゃん、除草にいきましょう!」
わけがわからぬまま、ガーくんの運転する軽トラの後ろに乗ると、みんなで田植えをしたばかりという田んぼへ。軽トラの後ろに立ちながら、山道を下り、美しい緑のカーテンをくぐり抜ける。軽トラの荷台に立って、枝をかわしながら、身体に吹き寄せる風を感じるの気持ち良さと言ったらない。田んぼに到着すると、綺麗に並んだ稲のあいだに、たしかに草が生えてきていた。7月に入ってから、子どもたちが何度かチェーンを使った除草に取り組んでいたが、効果がいまいちのようだ。今回は稲の列のあいだの除草に特化した刈り払い機で、一気に除草してしまおうということで、がーくんと靴も、靴下も脱いで、田んぼの中へ足を踏み入れた。「むにゅう、むにゅう」と、柔らかい泥を踏みしめて、冷たい水の感触を楽しみながら、初めての除草仮払い機の運転に取り掛かった。エンジンをかけ、始動すると、3列分の刃が勢いよく回転し、稲の列のあいだの草を、切り裂いていく。それを僕はがーくんと交代で手押ししながら、田んぼの中を一筆書きするように歩き回る。歩きながら、除草していくと、小さなバッタやかえるがどんどん飛び出してきて、水田の豊かな生態系を実感しつつ、彼らの住処を大いに破壊しまくっている自分に、罪悪感も感じた。大地のスタッフはこのようにして、大地の周辺の畑や田んぼを、子どもたちと一緒に耕し、野菜や米、大豆など様々な食物を育てていく。僕は、人生で初めて田んぼの中の除草に取り組んでみて、食べ物を作ってくれる農家さんたちには本当に頭が上がらないと思った。
除草を終えて、園に帰ると、ちょうど帰りの会がはじまるところだった。今日はゲストで、妻のゆかこが、お話を披露する日だった。妻が練習してきたのはアイスランドの昔話「めうしのブーコラ」というお話。貧しいおじいさんとおばあさんが飼っていた雌牛のブーコラが、出産のあとに姿を消した。息子がブーコラを探し旅立ち、無事に発見するも、おそろしい親子トロルに見つかり、逃走劇がはじまる・・・という物語だ。大人たちのお話練習会では、あおちゃんが妻の語りを大いに気に入り、「お話の才能がある!」と褒めちぎったという。実際に、初めて僕も子どもたちと彼女の話を聞いたのだが、話にツヤがあるというのだろうか、登場するキャラクターが生き生きと動き出すような見事なお話ぶりだった。食い入るように、お話の話者に見入る子どもたち。妻の話が終わると、子どもたちから「おもしろかった!」「もっと聞きたい!」と様々な声が飛び交った。
午後14時半。「今日1日、ありがとうございました!」と帰りの会が終了した。朝から、わらべ歌ではじまり、森や田畑への散歩、流しそうめん、除草、お話と大地と関わっているとなんて濃い1日になるんだろう、と実感した。