第21回
大地の親たちの横顔
2024.01.04更新
大地に通う醍醐味は、一緒に通っている家族たちとの交流だ。僕が同時期を過ごしている家族のみなさんは実に多彩でいつも刺激をくれる。今回は、そんな親たちの姿を綴ってみたい。まずは、二人の息子、長男たいちゃんと次男おうちゃんが大地に通う秋山家だ。
秋山将平さんとみなみさんの夫婦は、長野市で暮らしの塾「青空ベース」を運営している。「青空ベース」は、放課後に小・中学生が中心になって時間を過ごす塾で、子どもたちはものづくりを中心に、自分たちが探求したいことに心ゆくまで取り組むことができる。現在は長野市を中心に30名近くの子どもたちが通っている。
秋山夫妻が大地を初めて訪れたのは、2021年の秋だった。将平さんは、プロジェクト学習で著名な「きのくに子どもの村学園南アルプス校」で教えていた探究学習のプロだ。これまで日本各地や、世界のユニークな学校現場に足を運んできた。その将平さんは大地に足を踏み入れた時のことを「子どもの心を動かす仕掛けが満載で、とにかく衝撃と感動でした」と思い出す。
「子どもたちが思わず駆け出したくなるスロープが広がり、土管の滑り台や、文庫の物語空間などが絶妙に配置されている。ここは下っていくと危ないかも、という箇所では石や危険物などが取り除かれていたり、室内はピンクの布で安心できる雰囲気が醸し出され、子ども目線で徹底的にデザインされている」
自分たちでも放課後の学び場をつくっている将平さんは思わず「そう。これなんだよ。自分たちがつくりたい学び場は!」と心の中で叫んだという。将平さんが理想とするのは「子どもたちがそこにいるだけで、遊び出したくなる環境」だ。大地の環境はそれを体現していて、その空間を作り出すフィールドキーパーとしての青ちゃんの力量に感服した。
妻のみなみさんも、大地を直感的に「ここはいい!」と気に入り、長男のたいちゃんをぜひ通わせたい!とすぐに入園を決めた。
ちなみに、スタジオジブリの宮崎駿監督と解剖学者の養老孟司さんの共著『虫眼とアニ眼』(新潮文庫)の冒頭には宮崎監督が理想とする保育園の様子が漫画で描かれている。その絵のなかでは、平らなところが少ない、でこぼこ道や斜面や丘などで、子どもたちが走り回っている。火を焚いたり、ナイフを使ったり、多少危ない遊びにも果敢に取り組む様子が、まさに大地の子どもたちの様子とそっくりで、「え、これ大地を見て描いたのでは?」と思ってしまうほどだ。
将平さんが大学卒業後、公立小学校で教鞭をとり、「きのくに南アルプス」で経験を積む中で気づいたのは「大人が用意するプログラムなんて、実は大したことないのではないか。子どもたちが夢中になったときの学びの瞬発力や突破力、それに乗っかったほうが、おもしろいことが起こる。大人の役割はその場、環境をつくってあげること」ということだった。
だから、将平さんは、「あおちゃんは子どものための環境整備を徹底する達人」と感じた。そして、子どもに影響する最も重要なファクターは親だ。だから、あおちゃんはあえて夫婦の関わりやあり方まで踏み込んで議論する。彼にとっては、「親たちを叱咤激励すること」さえも子どもたちのための最高の環境づくりの一環なのではないか。そんな話で将平さんと盛り上がった。
そういえば、あおちゃんを昔から知る人が僕に言った。
「あの人(青ちゃん)ほど、子どものことしか考えていない人はいない」
それはあおちゃんにとって大地を開園してから30年、変わらない信念なのかもしれない。
もう一人、ご紹介するのは、保護者であり、保育スタッフとしても活躍する服部りかさんだ。長女の有桜(ありさ)ちゃん、長男のあおしくんが大地に通っている。りかさんが初めて大地に出会ったのは、有桜ちゃんが2歳のときだった。当時、有桜ちゃんはとてもシャイで癇癪持ち。神奈川の通っていた保育所で、友達を噛んでしまうことがあり、柵の中に入れられることもあった。
「この環境が有桜にとって幸せなのか?」
そんな疑問を持ってりかさんが調べてヒットしたのが自身の故郷である長野にある大地だった。見学に出かけて出会ったのが園長のあおちゃんである。
「うちの有桜ですが、癇癪を起こすことがあって・・・」と話すと、「ああ、大丈夫。うちはどんな子でも受け入れる自信があります!」とあおちゃん。
その威風堂々とした答えに、りかさんの不安は和らいだ。しかも、有桜ちゃんは初めて訪れる大地で、ひとりでに草を摘んだりして遊び始めた。しかし、りかさんには東京での仕事があった。そんな迷いをあおちゃんは読み取ったのだろうか。言った。
「自分の仕事は一旦お休みしても、後でどうにでもなるけど、子どもの、特に一番大事な幼児期は、今しかない。今一緒に楽しまなければ絶対後悔する。」
この一言がりかさんの人生を動かした。神奈川に戻り、夫の秀治さんに「3年間、子どもたちを連れて長野に住んで大地に通いたい」と相談する。妻の意見には、ほとんど賛成してきた秀治さんだが、珍しく躊躇した。
「やっぱり単身赴任になりますから、日々の育児のサポートもしにくくなってしまいますし・・・」と秀治さんは当時を思い出す。その後、秀治さんも長野の大地の現場を訪れその環境を気に入ったので、前向きに考えるようになった。
そして、有桜ちゃんが3歳になり無事に大地に入園。一週間もたたないうちに大地に慣れ、心底楽しそうに遊ぶようになった。いまの有桜ちゃんは、癇癪持ちだったとは信じられない。人懐っこく、自分からガンガンいく芯の強さを発揮している。そして、りかさん自身も保育士免許を取得。大地で働きながら、「なんでもやってみよう」の精神を学んだ。今年2月には、戸隠鏡池のクロスカントリー冒険を自ら企画し、有桜ちゃんと出かけていくほどになった。
「人生には、先送りできることと、先送りできないことがある。仕事は先送りできるが、子どもが小さいときに一緒に時間を過ごすのは先送りできない」
最近、あおちゃんが僕に語った言葉だ。
「いま。いま。いまなんだよ。税所さん」というメッセージはいつも切実に響く。
次に紹介するのは年少のかぜ組に通う、兼子陽宇(よう)くんの保護者である兼子(かねこ)夫妻。兼子季典(きてん)さんは、長野の中野市にある西迎寺で住職を務めている。奥様のあきさんと、大地を初めて訪れたのは、2021年の6月ごろのこと。「丈夫な子どもに育ってほしい」という夫婦の思いを、実現できそうな環境として、大地のあおちゃんを訪ねた。
「何宗ですか!?」
あおちゃんと初めて出会った季典さんは、いきなりの質問に面を食らった。
「いきなり宗派かよっ!」と心の中で、ツッコミを入れつつも「この人はスゴい人だな・・・おもしろい!」と直感したという。
「子どもなんてなんとかなりますよ。大丈夫ですよ!」と自信満々のあおちゃん。子ども園の話はそこそこに、話題は夫婦の趣味である山登りとスノーボードで大いに盛り上がった。帰りの車では、夫婦で「大地に通わせたいね」と意見はまとまった。
それからも陽宇くんは、体験の大地ミニに半年通い続け、いよいよ年が明けた2022年1月に、未満児のスーパーかぜさん組として、大地に本格デビューした。しかし、大地に慣れるまでは、夫婦そろって「切ない」の一言だったという。大地に入園した初日は、大部分の時間を泣き通した。しかも今年は豪雪の冬。日々、雪のなかで、陽宇くんが泣きながら通うことに、夫婦には、「冬の大地は過酷な環境だったかなあ。もしかしたら大地は合ってなかったのではないか。通わせたいという親のエゴだったのでは・・・」という不安がよぎったという。
兼子夫妻は、しばらく週3日間の通園で、徐々に環境に慣らしていこうという「段階運転」モードに調整しながら、陽宇くんの様子を見守った。そんなある日。午前中は室内遊びからスタートした日が、陽宇くんにとってとても楽しかった日になった。その日以来、大地に行くことが楽しみになったという。朝起きると、「今日は大地に行く日?」と聞いてきたり、会話の中でも、友達の名前がよく出てくるようになり、明らかに「楽しそう!」になっていった。今やもともと好きだったカエルを好きなだけ捕まえたり、大地生活を大いにエンジョイしている。
元来の人見知りであるという、季典さん。親も参加する催しが多い大地に、はじめはひるんでいたが、最近は「ハマってきた自分に気づきました」という。
「おもしろいお父さん、お母さんたちに囲まれて、ひとりの人間としても、坊さんとしても成長できる。」
季典さんは、寺の次男として育ちながらも、自動車のエンジニアとして就職。住職になると決心したのは、30代の中頃になってからだった。自動車はもちろん、機械まわりにめっぽう強い季典さんは、大地にあるショベルカーなどの重機が不調のたびに、あおちゃんから加勢を頼まれている。
「みんなから教わることがいっぱいで楽しい。ここに入園しなければわからないことがたくさんあって、普通の保育園では決して味わえないことを経験できている」と語ってくれた。
お父さんのお話サークルで一緒の季典さんの十八番は「桃太郎」だ。普段の説法で鍛えた話法で繰り出されるお話はめっぽう面白く、子どもたちのわくわくを掻き立てる。山遊びから海遊びまでこなす体力で、親子登山では人一倍の荷物を持ち、山伏のように駆け回る。その荷物の中身は、子どもたちをサプライズする衣装や小道具である。父親仲間としても、友人としても季典さんは実に興味深い。
最後に、2023年の夏に入園した間宮一家をご紹介して幕を閉じる。昨年の5月に大地の丘の一角に立派なテントが張られた。そばには北海道旭川ナンバーの車が停まっている。間宮一家は、大地を見学に小樽からフェリーで新潟港へ、そこから長野へ車を走らせてきた。「せっかくだからここにテントを張ればいい。うちは最高の場所ですよ。」とあおちゃん。気づくと滞在のほとんどの時間を大地の丘で過ごしていた。妻のさおりさんは、長女のしゅうちゃんを見たり触れたり食べたりするものなどの面で安心して育てられる環境を探していて、大地を見つけ出した。実際に訪れてみると、あおちゃんは移住を応援してくれるし、夫のかっちゃんもあおちゃんと意気投合している様子。長野への引越しを決めた。
夫のかっちゃんは、カヤック乗りで世界中の河川・激流を下ってきた。「世界の困難な川下りに挑む日本人ビッグ3」の一角を張っていたこともある。さおりさんは高知県出身。10代の頃、妙高のウィンタースポーツ専門学校に通っていたほどのスノボ好きだ。長野県を拠点にする旅館再生を手がける企業に就職し、北海道のリゾートなどで務めたあとに、かっちゃんと出会う。
長野に引っ越すことは決めたものの、大地のそばの物件がなかなか見つからない。僕は、夫妻を野尻湖の山小屋に案内した。その頃からドイツへの留学を準備していた僕は、山小屋を活用してくれる家族を探していた。かっちゃん夫妻も、自然豊かな環境を気に入ってくれ、本格的な住居を見つけるまでしばらく住んでくれることになった。かっちゃんは現役の大工でもある。山小屋に断熱工事を施し、厳しい冬も過ごせるように改築してくれるという。スノーモービルも大地の保護者のツテで手に入れ、迫り来る雪にも着々と準備を進めている。間宮一家の大地ライフは、僕たち税所家と入れ替わりではじまった。
このように、大地には興味深い家族たちが日本中から吸い寄せられてくる。ある家族が来て、ある家族が去る。そこには、常に循環する生態系のようなものがあり、常に新鮮な学びと蓄積される経験がある。OBの方がこんなことを言っていた。
「大地はサイババの家のような場所かもしれない。たどり着こうと思っても辿り着けない。偶然扉が開いた人たち、ご縁があったひとたちの前に、忽然と姿を現す」と。
参照:大地の友連載「未知との遭遇」 取材協力:大地の友編集部