大地との遭遇

第32回

秋、実りの大地

2024.12.09更新

 子どもたちと田植えをした稲がたわわに実った秋がやってきた。稲穂が垂れて、田んぼが黄金に染まるこの季節の信州の美しさよ! 秋晴れのもと、その日も僕は大地でボランティアとして保育に加わった。今日の仕事は、子どもたちと稲の脱穀だ。大地の丘での朝の会では、秋の大地のわらべうたをみんなで歌う。

「秋の大地

 この指とまれ 赤とんぼ

 ほっぺが真っ赤なりんごちゃん

 コロコロどんぐり 遊びましょう♪」

 朝の会を終えると、保育士がーくんの運転する軽トラにみんなで乗り込む。秋の気持ちがいい風に吹かれながら、丘をくだり、倉庫から、脱穀機を運び出して、田んぼに運んだ。この脱穀機が、ずいぶん古い代物だ。「足踏み式脱穀機」といい、大地では、通称「ぎーこちゃん」と呼ばれている。ペダルを足で踏む、「ぎーい」という音とともに、針金が埋め込まれた円筒が回転する。その針金のところに、稲穂を押し付けて、稲から実をそぎ落としていく。

 「ぎーこちゃん」こと、足踏み脱穀機は大正時代に、広く日本に普及した。しかし、いまはほとんど現役で使われることはない。近所のお年寄りたちが、物珍しそうに僕たちが脱穀する様子を見物しにやってきた。僕も当然、脱穀初挑戦だ。「ぎーこちゃん」に挨拶して、右足で、ペダルを踏み込む。すると、円筒が、「ゴォー」と、勢いよく回り、風が僕の顔に吹き付ける。ペダルをたびたび踏んで円筒を回しながら、右手には稲を握りしめて、稲穂を円筒に押し付ける。左手は、「ぎーこちゃん」を押さえているので、下半身、上半身と両方にバランスが求められる。決して簡単ではない作業だ。子どもたちは、収穫した稲穂を、次々に僕のところに持ってきてくれるので、僕はどんどん「ぎーこちゃん」と脱穀していく。

 ちょっと油断すると、「ぎーこちゃん」の円筒の針金に、手や腕を巻き取られかねないので、集中力が必要だ。30分も作業を続けると、少しづつ取り扱いに慣れてきて、リズムよく脱穀できるようになってくる。歌でも歌いたい気分だ。順番に、僕がペダルを踏み込みながら、子どもたちが稲を円筒に押し付ける作業も一緒にやってもらう。子どもたちもコツを掴むと、脱穀は一気にスピードアップして、進んだ。

 さて、脱穀のあとには、籾摺りだ。稲穂から実を外した後に、その実から、もみ殻をとって食べられるようにする。その時に活躍するのが、手動籾取り器の「とーみくん」だ。「とーみくん」は正式名「唐箕(とうみ)」といい、手回しのハンドルを回して風を起こし、稲の実についてもみ殻を吹き飛ばし、選別する農具だ。「とーみくん」の上に、稲の実を乗せ、ハンドルを回すと、内蔵された四枚羽の板が、ぐるんぐるんと回転する。その横風に吹かれて、籾は吹き飛ばされ、実の詰まった米だけが手前に落ちてくるという仕組みだ。歴史的には、紀元前の中国ですでに同様の仕組みの農具が発明され、使われていたという。昔の人の頭のよさよ!

 僕は、「とーみくん」にも挑戦してみた。右手でハンドルを回して風を起こし、左手で、上部のザルに稲の実を調整しながら下に落としていく。風が、もみ殻を僕の横側にびゅんびゅん、ふっ飛ばしていくのは実に気持ちがいい!

 この「とーみくん」は、日本では1684年に、会津の史書に登場する(いわきデジタルミュージアム)。それから、明治時代から大正時代にかけて、日本中で広く使われ、昭和時代中期頃まで使われたという。あおちゃんは、こういった古い農具を丁寧に保管し、子どもたちと一緒に使う機会をつくり続けている。

 みんなで脱穀に取り組んでいると、あっという間にお昼ご飯の時間だ。今日は大地の新米給食だ。田んぼで、薪で炊いたご飯とみそ汁とつけもの(芋のつるのきんぴら)をいただくという豪勢なもの。農作業でお腹ぺこぺこ、晴れあがった青い空に、信州の山々が見渡せて、そこで子どもたちと食べる新米の炊き立てのご飯。これ以上に美味しいものが、この世界にあるのだろうか。子どもたちからは続々とご飯とみそ汁の「おかわり!」という声が上がる。我が家の長男たかちゃんは三杯、次男ひろくんには二杯のご飯を平らげた。

 お昼ご飯のあとは、田んぼで子どもたちと走り回った。「けいどろ」「こおり鬼」と遊びは続く。少し疲れたので、小休憩し、保育士のあおちゃんねえちゃんと雑談していると、ちょうど軽トラで通りかかったあおちゃんに、「さいしょさん、話してるんだったら、いなくていいから!」と声が飛んできた。あおちゃんは、保育時間中は、現場の様子をとにかくよく観察している。保育士側に、少しでも気の緩みがあれば、子どもたちの怪我などにつながるのを、経験でよく知っているからだ。僕は、慌てて気を引き締めなおして、子どもたちの遊びの輪の中に戻っていった。

 こうして、午後遊びきった僕たちは、くたくたになって軽トラの荷台に乗り込んだ。大地までの道のり、荷台から見上げる空は、どこまでも青かった。

税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

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