第13回
「トビチmarket」
2019.12.14更新
FDA(フジドリームエアラインズ)が神戸空港に就航し、神戸--松本便が開設されたお陰で長野が近くなった。そんなこともあって訪れた長野県上伊那郡辰野町。松本からJR中央本線に乗って15分で塩尻へ。そこから支線に乗り換えてさらに20分。到着した辰野駅は、見るからに寂しげで、それは単に田舎の小さな駅であること以上に、かつての賑わいが想像できてしまうゆえの寂しさ。
駅舎と併設されたかつての商業施設にはレンタルビデオ屋さんの看板が残り、駅前のロータリーの広さと、その前を走る道路の広さに、県央部の交通の要として発展したことがわかる。オリンパスやコニカミノルタなど、光学系メーカーの主力工場があることでも有名だが、いまは伊那市に本社をおく味噌メーカー「ハナマルキ」創業の地もここ辰野だという。
道路の広さに見合わぬ交通量と人の数に、地方の現実を見る思いで歩いていると、ホタルの絵がデザインされたマンホールを見つけた。町の名所である松尾峡のゲンジボタルだそうだ。ホタルの時期はいつだろう? 梅雨の時期だったろうか。その頃に来てみるのもまたいいだろうなと思う。
寒さ厳しい12月に辰野町にやって来たのは、奥田悠史くんという友人の声かけがあったからだ。自著『魔法をかける編集』の出版記念イベントを愛知県の常滑で開催したときにお客さんとして出会った彼は、パートナーのひづるちゃんとともに、すぐさま今度は僕を、彼らの拠点、三重県名張市に呼んでくれた。そして今度は、何故か辰野町でイベントを開催するから講演をしてほしいと。聞いてみると彼はいま、名張と辰野の二拠点生活をしているという。ちなみに彼が呼んでくれたイベントは『トビチmarket』。以下サイトの説明を引用する。
辰野町の空き店舗が、ワクワクするお店に変わる一日限定のマーケット。
飲食店さんや雑貨屋さん、本屋さんにクラフト作家さん。この町がこんな風だったら面白い、をみんなで作る。
それが十年後に実現していることを目指して。
マーケットといえば、お店が並んでいるのが一般的です。トビチマーケットは、空き店舗を利用するので、
店舗と店舗の間が離れています。
その余白、みたいな空間も一緒に楽しんでもらえるマーケットにしたいと思っています。
近隣のお店だけでなく、京都や東京などから50を超えるお店が出店。僕がやっているECサイト「りすなお店」もPOP-UP出店させてもらいつつ、奥田くんから提示された「まちを編集する」をテーマに講演もさせてもらうことになった。
今回僕が辰野町にやってきたのは、イベントの主旨に賛同したことももちろんだけれど、何よりイベントの企画チームである、一般社団法人「○と編集社」(まるとへんしゅうしゃ)に興味を持ったことが大きい。奥田くんも理事をつとめるこの会社の名前が、僕にとって「地域編集」という広義な編集がふつうに息づいている証のように思えたのだ。ちなみに「○と編集社」の代表理事である赤羽孝太くんは一級建築士。辰野町出身の彼は最初、地域おこし協力隊として故郷に帰ってきた。
過疎地域における大きな課題の一つが空き家物件だ。放っておけばどんどん朽ちていく空き家をどう活用していくか。ここに建築士のチカラは欠かせない。そういう意味で建築設計のスキルを持った人たちが地域に入っていくことはとても自然でわかりやすい。しかしこれまでは、建築デザインや、そこに付随する意匠デザインなどの考え方から、どうしても施工事例的アウトプットに注目されることが多かったように思う。こんなに綺麗になりました。こんなにオシャレな空間が出来上がりました。しかしそれだけで人は、人の気持ちは動かない。
その小さな点を地道に増やし、その点と点を丁寧につないでいくことで、いつしかそれが面になる。そうやってようやく賑わいが生まれていく。この点と点を結んでいく作業は、まさに編集だ。建築士である赤羽くんは、そのことを空き家再生の事業で身をもって体感したのかもしれない。だからこそ彼は、どんな「面」にしたいかを想像して、目の前の点をデザインすることの大切さを知ったように思う。建築デザインに長年携わってきた彼が「○とデザイン社」ではなく「○と編集社」と名乗ったのはそういう理由に違いない。僕はそのことを確かめたくて辰野町にやってきたと言ってもいいくらいだった。
トビチmarketが無事盛況に終わり、搬出作業をする赤羽くんと奥田くんと少し立ち話をした。そのときの会話を次回お届けしようと思う。