地域編集のこと

第33回

「気づき」の門を開く鍵のはなし

2021.07.12更新

地域編集を学びあうオンラインコミュニティ『Re:School(りスクール)』を初めて丸一年が経った。そこで新たなメンバーの募集を開始したのだけれど、今回も面白い人たちがたくさん入会を希望してくれた。

書籍や雑誌の編集者として長年仕事をしていると、いくらフリーな活動を心がけていても、知らず作り上げてきた自分の型にはまっているものだし、しかもその型は意外に汎用性がないから、そのままでいればどこかで行き詰まる。それゆえ、書籍や雑誌やWEBメディアだけでなく、コミュニティの編集というスキルを身につけていくことが、この先も僕が歩き続けていくのにとても重要な気がすると、始めたのが「りスクール」だった。

フリーランスの生きる術として、常に新たなスキルを身につけていきたくなるのは、編集者に限ったことではないだろう。ただ、ここで気をつけなきゃなのは、リンク(ゼルダの伝説)がキノコを食べて大きくなったりしないように、近いようで全く世界観の違うものごとを始めてみても、ちょっとした体験で終わってしまうし、何より、周りから見て意味がわからないから、出来るだけ自分が歩いてきた道筋の延長から、いまいる世界を拡張していけることを見出した方がいい。そこで「りスクール」は「編集」というものを拠り所にしながらも、自分が生きてきた「編集」を拡張するべく、過去の経験をスクラップしている。

コロナ禍で転職を考えたり、地方移住を考えたりしている人が増えているようだけれど、そこで「前職を活かして」とか「実家の家業を継いで」とか、そういう自分なりのアドバンテージを活かすことまでは容易に思いついても、その先どうしたらいいのかわからないという人も多いんじゃないだろうか。きっとそれは、自分を変化させてくれたり、成長させてくれるものは、常に「気づき」でしかなくて、その「気づき」というものはコントロールできないからだ。

閃きという漢字が「もんがまえ」に「人」と書くように、その門を開く鍵は人しかない。気づきや閃きは自分の外にあるものだ。僕にとって「りスクール」はそのための出会いの場として機能している。

今回のメンバー募集のなかで、思いがけない人が入会希望のメッセージをくれて驚いた。尊敬する写真家であり、友人の、齋藤陽道くんだ。

Mr.Childrenのジャケット写真をはじめ、写真家として様々に活動する彼は文章表現も素晴らしく、最近熊本県に移住したことから、地域編集というテーマが気になり、入会を希望してくれた。僕はとても嬉しくて、ぜひ入会して欲しいとメッセージを返した。彼はこの1年間で確立されつつあった「りスクール」というものを、間違いなく拡張してくれると思ったからだ。ご存知の方も多いと思うけれど、彼は「ろう者」だ。

「りスクール」はこれまで、ラジオやウェビナー動画などを活用して、コミュニケーションをはかってきた。そこにろう者である陽道くんが入ってくれることで、僕はきっとまた何か新しい気づきと閃きを得るに違いない。そして陽道くんにもそれがあると嬉しいなと思う。

「閃き」の一方で、「閉じる」という漢字は「もんがまえ」に「才」と書く。つまり、優れた能力。生まれつき備わっている才能が、人を「閉じ」させる。自分の能力に溺れず、他者を受け入れることからしか僕たちは成長できない。地域編集を学びあうオンラインコミュニティのなかで、編集の概念を、自分の過去をこれからもどんどん壊していけたらと思っている。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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