第52回
ウェルビーイング視点でみた地域編集のはなし
2023.02.09更新
Re:Schoolというオンラインコミュニティの場作りの話から、その他さまざまな事例をもとに、編集において重要なディレクション、つまりは仲間集めの話をしてきたけれど、今回は少し変わった視点から「編集」を捉えてみたいと思う。なんでそんなことを思ったかというと、最近、編集者仲間のあいだでこんな本が話題になっているからだ。タイトルは『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました 日本文化から読み解く幸せのカタチ』(KADOKAWA)。
予防医学研究者の石川善樹さんと、ラジオアナウンサーの吉田尚記さんによるpodcast番組を書籍化した一冊なので、ここのところよく耳にする「ウェルビーイング」という言葉が実にわかりやすく入ってくる。その内容の面白さにも助けられ一気に読んでしまった。
さて、編集者仲間のなかでいったいこの本のどの部分が話題になっているかというと、それは、ウェルビーイングにおいて、重要なキーとなるのが「移動」だというくだり。取材などを通して、地方から地方へと移動することが多い僕たちが、なんだか我が意を得たり! みたいな気持ちになっているのだ。
そもそも僕が、本連載を通して「編集」の魅力を広く伝えんとするのは、世の中にもっと編集者が増えることを望んでいるからだ。そしてそれは、何より僕自身が編集者という職業をとても幸福に感じているからで、それなくして、堂々とこんな連載などできないなとつくづく思う。多少の苦しみや辛さは勿論あるものの、おおむね楽しい日々を過ごしているのは、間違いなく自分の職業が編集者だからという実感が僕にはある。ウェルビーイングとは、心身ともに健康で満たされている状態のこと。我々のような編集者が増えるということは、ウェルビーイング視点でみても、とてもよいことなのでは? と自己肯定している。そこがまたウェルビーイング的な気もしたりして。
では「移動」がキーになるとはどういうことなのか? 書籍に書かれていたことを、僭越ながら説明させていただくと、まずそれは脳の特性の話からはじまる。脳科学の世界において、人間の脳は何が起きるかわからないワクワク感を好むというのが定説だ。未来にワクワクが期待出来ないと、人はどうにも耐えられない。しかしその一方で、脳は、あまりにサプライズが大きすぎるのも嫌がる。つまり、脳はサプライズが大好きなのに大嫌いという矛盾を抱えているのだという。だとすれば、ほどよく予測不可能な状態をつくるということが、ウェルビーイングにはとても大事で、それを満たす行為こそがまさに「移動」にあるのでは? ということが書かれていて、編集者仲間たちがみな、首がもげそうなほど頷いた。
年々、身体にガタが来はじめている僕は、心身ともに健康で満たされている状態と言われたら、いささか疑問ではあるけれど、それでも「移動」=「旅」がもたらす幸福な心情については共感どころか両手をあげて賛成したい気持ち。というのも僕は自らを「旅する編集者」と名乗ることもあるほどに、何年も旅と編集を続けている。と書いているいまも、旅先の北海道札幌、『オニヤンマコーヒー』というカフェでこの原稿を書いている。
そもそも、僕のライフスタイルにおいて「旅」、つまり「移動」の占める時間は膨大だ。例えばここで、今日から数日間の僕の予定を明らかにしてみる。明日まで北海道で仕事をした後、帰ってきたその足で、そのまま今度は神戸からフェリーに乗って宮崎へ移動。新富町という初めて訪れる町で講演をし、その翌日には大分に移動。湯布院の友人と打合せ。さらにその翌日は別府に移動して、久しぶりな友人と会い、今度は西大分港からフェリーに乗って神戸へ。その後1日、自宅で過ごした後は、北陸、石川県に移動。1泊して兵庫に戻り、2日間自宅で過ごした次は3日間の秋田旅。と、まさに移動、移動、移動な日々。
さすがにこの数日は、自分でも度をすぎていると思うけれど、とにかく月の1/3〜半分くらいは、こんな風に移動している。この旅がもたらすものをもって僕は、本連載の大テーマでもある「地域編集」に取り組んでいる。言わずもがな僕は、旅先で知らなかった文化にたくさん出会い、そこにあるスペシャルに感動して帰っては、それをアウトプットすることを繰り返して仕事をしている。その源泉にある、知らない土地での知らなかった文化との出会いは、まさに脳が求める「サプライズ」に違いない。
しかし先述のとおり、人間の脳は、サプライズが好きなくせに、それが過ぎるのを嫌がる。これは、特に僕に限ったことなのかもしれないが、ぼくは正直、この矛盾を感じる脳の特性にとても強く納得した。それは、僕が旅する編集者と名乗るほど旅をしながらも、「海外には行かない」と決めているからだ。
僕の友人たちは総じてみんな驚くのだけど、僕はずっと旅がきらいだった。一人旅なんてもってのほか、それよりもとにかく家にいたかった。そんな僕が旅の魅力を知ったのは自身が編集長を務める『Re:S』という雑誌を作り始めた30代前半から。それゆえ僕は、若いうちに世界へ飛び出そうといった気持ちも興味もなく、また家族もほどよく貧乏だったので、おいそれと家族旅行で海外になんてこともなく、その結果、50年近い人生のなかで、一度たりとも日本を出たことがない。つまり、旅先でのサプライズが大き過ぎないのだ。その土地土地の文化に驚きつつも、それでもやはり、同じ日本人の感性のなかにおける差異であることは間違いない。違いに驚く一方で、何かしらの共感ポイントに片足をかけている感覚がある。
日本の地方を旅しながら、その土地土地で地域編集をつづける僕は、ほどよいサプライズを得ることで、僕の身体に「ウェルビーイング」な状態をもたらしているのだと本書を読んで思った。だからこそ、編集は楽しく、編集者は幸福な職業だという実感が僕を大きく包んでいるのかと。
旅好きだと話すと、イコール、好奇心が旺盛で、極端に言えば冒険家のように見られがちだけれど、基本的に、平穏で平坦を好む上でのちょっとしたワクワクが欲しいという、ある意味で僕はとても平凡な人間だ。しかし旅をすることで、ぼくの脳みそは明らかに活気付く。こういうウェルビーイングな状態があってはじめて、編集のアイデアがどんどん湧き上がってくるのだと思う。
編集者よ旅に出よう! 我々は移動によって生かされている。