地域編集のこと

第71回

編集とは信じること

2024.09.09更新

 自著『取り戻す旅』の出版ツアーとして、全国各地を飛び回っている。今朝は、長野県松本市→御代田町→山梨県富士吉田市と3日連続のトークイベントを終えて、ようやく地元に戻ってきたところ。

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『旅の余白にまつわる いろいろな話』@栞日
with 菊地徹(栞日)/小澤清和(tabi-shiro)


20240909-2.JPG『これからの出版とお金の仕組み Culti Payの話』@CORNER SHOP MIYOTA
with
家入一真(CAMPFIRE)/内沼晋太郎

 すでに14箇所以上を周り、この後もまだ10箇所近くのイベントが決まっている。それらを自分で回すのは不可能だから、各地のディレクターさんにその内容や、タイトル、一緒に出てくれる人のディレクションなどを完全に委ねているのだけれど、そうやって身を任せられるのも、各地に安心して任せられる友人たちがいるからこそ。長く旅を続けてきたことを肯定してもらえるような瞬間の一つだ。今回の一連のイベントも、普通に考えれば体力的に厳しいはずだけれど、それを補って余りあるほど、各地の友人たちにエネルギーを補充してもらっている。今回は、そんな「任せる」とか「信じる」ことの話をしたい。

 3日連続トークの最終日、富士吉田市のイベントを企画ディレクションしてくれたのは、『取り戻す旅』を印刷してくれた藤原印刷の社長の藤原くんだった。御代田のイベントを終えて、長野県内をふらふらしていた僕を小淵沢駅でピックアップしてくれて、富士吉田まで運んでくれた。途中、甲府の友人に会ったり、行き当たりばったり旅を楽しんでいたら、富士吉田に到着したのは開演時間前ギリギリ。

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 とはいえ、少しくらいは街を歩いてみたいと思った僕は、今回のイベントを現地で段取りしてくれた富士吉田のキーマンで、今夜の対談相手でもある赤松智志くんに挨拶をしたあと、一瞬の隙を狙って、近くを少しだけ散歩してみた。

 最近、商店街をバックに聳える富士山がインスタでバズりまくったことから、インバウンド需要が爆増している富士吉田の街。まさにその雄大な富士山を眺めながら商店街をふらふら歩いていると、「セルフ古着 フジクロージング」と書かれた看板を見つけて、思わず入ってみる。

20240909-4.jpg  たくさんの古着が並ぶなか、まるで食堂で食券を買うような券売機が設置されている。欲しい古着の価格のチケットを買って、古着に付けられた値札とともにボックスに入れて帰るという、性善説システム。

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 僕はこの性善説に立った仕組みが大好物。世間で言うところの「効率」とか「生産性」とかいう言葉を、僕はもはや忌み嫌っているくらいだけれど、それらの言葉の意味するところをきちんと突き詰めていけば、こういった性善説システムに行き着くと考える。だって、人が人を管理するほど非効率なことはないからだ。

 管理することからいかにして脱却するかについて考え、行動することが、幸福な人生の起点だ。管理されることの辛さについては、たくさん語られるけれど、そもそも、管理することがいかにストレスフルかについて語られることは少ない。人は人の言うことなんて聞かないのだから、幸福な人生を生きようと思うなら、何事も管理することから距離を置くことだ。

 だからこそ、「信じる」「受け入れる」「任せる」そういった気持ちがベースにあるシステムに僕は一票を投じたくなる。
 実際に古着を購入するための具体的な作法について書かれた説明書きを読みこんでいたら、すぐ隣のチラシラックの中に、富士吉田名物「吉田のうどん」のリーフレットがあることに気づく。

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 そうか、ここは吉田のうどんのまちか! 富士山の伏流水を使って打つ吉田のうどんは、もはや「硬すぎる」と言われるほどにコシが強い。しっかり咀嚼するほどに広がる小麦の味わいに虜になる人も多く、僕もその一人だ。実は、そんな吉田のうどんを提供している「惑星ウドンド」という、うどん屋が大阪にある。関西で吉田のうどんを出している店を他に知らないゆえ、真っ先に思い出したのだけれど、それ以前にウドンドは、ここフジクロージング同様、ほぼ無人のセルフうどん屋なのだ。まずはこの最高なHPを見て欲しい。

 徹底的にふざけたビジュアルのその先にあるのは美しいまでに本質的なメッセージ。飲食業界の問題点について、これほど真面目に対峙して、その解決を試みようとしているお店があるだろうか。24時間、ほぼ無人営業。以前はお釣りの小銭を丸出しで置いていたけれど、最近は警察の指示もあって置かなくなっているものの(本当に残念)、基本的に無人の完全セルフスタイルは変わらない。

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20240909-13.jpg 兵庫県西宮市に住む僕にとって、ウドンドのある蛍池駅は、自宅から伊丹空港に向かう途中の乗り換え駅ゆえ、旅前によく利用している。とにかくどんな時間であれ開いているし、周りを気にせずサッとうどんを茹でて食べていける気軽さと、何より、この性善説に立った業態に対するリスペクトを伝えたい気持ちで、立ち寄る。実はこの惑星ウドンド店主の斉藤光典くんは友人で、彼の思想を知る僕としては余計に応援したい気持ちになるのだ。

 偶然とはいえ、セルフの古着屋さんに入り、吉田のうどんのリーフレットを見つけたことから、ウドンドのこと、そして斉藤光典くんのことを思い出したのは、なんだか必然のような気もした。だって僕は冒頭に書いた通り、自著の出版記念トークイベントでありながらも、各地の友人たちにその流れをほぼ全て、信じて任せるなど、委ねることの幸福を知っているからだ。

 そもそも編集とは「信じる」ことからしか始まらない。信じられないものを編集することなんて、少なくとも僕には出来ない。そう思いながら会場に戻り、定位置についたら、客席最前列に、惑星ウドンドの斉藤くんが座っていた。

 「え?! なんで?」

 必然はいつだって、偶然の顔をしてやってくる。

◉藤本智士 トーク&講演スケジュール

【9/10(火)18:00〜】和歌山県御坊市「御坊市役所多目的ホール」
『ビジョンをカタチにする編集のチカラ』

お申し込み


【9月12日(木)19:00〜】 高知県高知市「土佐山アカデミー」
『僕らにとって旅って何だっけ?』

申し込み


【9月20日(金)18:30〜】 秋田県能代市「マルヒコビルヂング」
『地域のチカラを取り戻す編集』

申し込み


10/2 熊本市

10/4 大分県湯布院

10/8 北海道札幌

11/14 奈良県山添村

11/16 愛知県

11/17 岐阜県各務原市

12/13 秋田県鹿角市

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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