第72回
ブイブイとキキキから考えた編集の仕事。
2024.10.09更新
熊本に福永あずさという編集者がいる。年はちょうど10歳下。地方の情報誌の編集ライターを経て独立し、いまはフリーの編集者として、熊本だけでなく九州全域ブイブイ言わしてる。「ブイブイ言わせる」などという言葉を久しぶりに使ってみたけれど、いまのあずさには、なぜかこのブイブイという表現がよく似合う。ブイブイが似合う時期なんて人生においてそうそうあるわけじゃないから、あずさには、どうか謹んでお受け取りいただきたい。
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しかし、このブイブイという言葉の語源はなんなんだろう。その響きからくるイメージとその意味するところにおいては、オノマトペとしてかなり優秀な気がするけれど、そこに想起されるイメージは人によって微妙に違うだろうか。
なんとなく僕は、ブイブイという言葉に、バイクのアクセルをふかせるような仕草を連想する。それは僕が子供の頃に見た、紳助竜介という漫才コンビのネタから来ている。当時は空前の漫才ブーム。やすしきよしをトップに多くの漫才師がテレビ画面の向こうに映る劇場を沸かせていた。そんななか、若手ながら人気実力ともにグングンとチカラをつけていたのが、紳竜こと、紳助竜介だった。
リーゼントにつなぎ(作業着)というその出たちと暴走族をモチーフにしたネタから、「ヤンキー漫才」「ツッパリ漫才」と呼ばれたりもしていて、そんな当時の彼らの存在と勢いこそが、僕にとってのブイブイの象徴。
そんな紳助さんもすでに芸能界を引退しているので、知らない人も多いと思うが、島田紳助という人物の策士としての天才的な能力と時代性が見事にフィットし、漫才界における存在をいよいよ大きくしていくであろう矢先、ダウンタウンという後輩漫才師の登場に「アイツらには勝てん」とあっさり解散を決めたのは有名な話。
熊本空港までブルーの小さなFIATで迎えに来てくれたあずさは、なんだか可愛いピンクのつなぎを着ていて、あずさと愛車のパステルっぷりに、「一人キキララやな」と言ったら、「やめてくださいその関西の感じ」と言って運転席に乗り込んだ。「キキが青で、ララがピンクやっけか? あれ? 逆?」と僕がしつこく言うのをよそに、あずさは運転をはじめる。
しかし僕の本心はキキララというより紳竜だった。パステルカラーでこそなかったけれど、紳助竜介の勝負服のイメージはつなぎ。あずさのピンクのつなぎに、キキララよりも紳竜のそれを感じた。だからもしあそこで「一人紳竜やな」などと言っていたらどんなことになっていただろう。まあ、意味不明すぎて言葉ひとつ返ってこないか。ならばやっぱりキキララでよかった。僕もあずさも編集者。編集者とはつまり、そんなふうに、放つ言葉の頃合いとか具合とか程よさみたいなものを探り続けるのが仕事。
話を戻すが、あずさが最近ブイブイいわせてるのは、彼女が自身で出版をした「キキキ」という小さな本の影響が大きい。それが本であれなんであれ、表現するということは、つなぎを着てバイクのアクセルをふかすようなものだから、どれだけ控えめにしようとも、そのエンジン音が鳴り響く。それを聞いて「カッケー!」と言ってくれるフォロワーが増えているのはとてもいいことだ。そうやって人はブイブイ言わせながら次のフェーズへと進むもの。
「キキキ」とは書く仕事だと思われがちは編集ライターの仕事は、聴いて聴いて聴きまくることから生まれるのだというメッセージ。なので「キキキ」はいわゆる「聞き書き集」。九州で暮らす12名のインタビューをあずさ目線で書き抜いたことばの集まり。これが実によい本なのだ。
ここのピザ最高に美味しいんですよと、偶然通りがかった熊本市内のピザ屋さんに飛び込み、こういうときマジで美味しいから信用できるわーと思いながら最高に美味いピザを食べていると、「あ、そうだ、これもらってください」と、「キキキⅡ」という第二弾の本を渡された。ブイブイいわしてんなあ。
キキキの次はラララでよかったんじゃないかと思ったけど、言わなかった。それが編集者だ。