地域編集のこと

第76回

時間をかけてつくられるものの強さ。

2025.02.11更新

 読み方すらわからなかった茨城県の大子町(だいごまち)。この町で長年、まちづくりの仕事を続け、信頼を築いてきた友人に声をかけてもらって「地域編集」をテーマにトークイベントをしてきた。大子町は茨城県の北西端、福島県と栃木県に隣接している。関西に住む僕にとってはずいぶん遠く、行きにくい町だ。スケジュールの都合で当日入りしかできなかった僕は、13時半開始のイベントに間に合うのか不安だったが、神戸−茨城を結ぶスカイマーク便のおかげで、バスと電車を乗り継ぎ、なんとか13時前に最寄駅のJR常陸大子駅に到着した。

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 初めて訪れる街は、なんだかそれだけでワクワクするもの。かつて、この辺りの鉄路を走っていたのだろうか、駅前の駐車場の脇に大きなSLの車体が置かれており、ありし日の賑わいを想像させた。駅前広場の横に蕎麦屋さんがあって、店の前の屋外席でたくさんのお客さんが蕎麦を食べている。確かにちょうどお昼どきだ。ここで何か食べておきたい気もしたけれど、イベントは13時半から。時間はすでに12時40分を過ぎている。会場はすぐ目の前だったので、まずは現場入りして挨拶を済ませ、13時15分には戻りますと再び町へ出た。

DSCF8574.jpgDSCF8633.jpg あたらしい土地にやって来ると僕は必ず歩く。自由時間はほんの30分程度だったけれど、それでも町の空気を感じないままでトークするのは避けたかった。会場は駅前の商店街沿いにあったので、そのまま商店街を歩いていると、よくぞ残っていたものだと感心するような古い建物が多く、昭和を感じる立派な看板建築の渋い面構えに哀愁とともに誇りをも感じる。

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 そんななか、気になったのが各店に掲げられた小さな「ホーロー看板」の存在。と言っても、田舎に行くとよく見かける「オロナミンC」や「ボンカレー」といった企業広告ではなく、各店舗共通のフォーマットでつくられたその店ごとの看板だ。それがとても可愛らしく「ここにもある!」「あ、ここにも!」と気付けば30分のほとんどをホーロー看板探しに費やしてしまった。

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 今回のイベント担当者で大子町役場職員の北村英之さんいわく、「らっしゃい・でぇご隊」という、商店街の若手有志の方々で構成されたチームが、駅前一帯の商店街を一つの大きなデパートと見立てた「大子デパート」プロジェクトというものを立ち上げ、その企画のひとつとして2020年に制作されたという。そこから約5年経って、僕のようにふらりやって来たよそ者がまんまと看板写真を撮って町歩きを楽しんでいるのだから、よい企画だなあと思う。だけど、こういう体験をするたびに、町で何かアクションを起こすことの成果を、数か月やそこらで測ろうとすることの不毛さを思う。
 未来のためにと始めることの多くは、その成果が現れるまで何年、何十年とかかる。何かと短年で成果を求められる現代において、そういった未来を見据えたアプローチを僕は最大限評価したいし、応援したい。そこで思い出すのが、前述の役場職員、北村さんのつくる「庁内報」だ。

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 イベントの打ち上げの帰り際、ぜひ読んでもらいたいと北村さんに渡された紙束にそれはあった。丁寧にアテンドいただいたお礼もかねてしっかり読んで感想を伝えなければと思っていたのだが、そんな差し出がましい思いが消えてなくなるほど、純粋に面白かった。現在、まちづくり課に所属する北村さんがつくる庁内報「DAIGO」は、あくまでも庁内向けのもの。町民などに向けて外へ配布されるものではない。A4サイズ4ページ。つまりA3の紙を半分に折っただけの簡易なものだが、町が取り組む事業や、掲げるビジョン。新庁舎の背景など、役場職員が共有すべき大切な事柄を、一気に読み切れるようワンテーマで展開。ボリュームもちょうどよく、以前、この連載でも紹介した、久留米市の「グッチョ」を思い出した。

第65回 久留米市の地域マガジン『グッチョ』のこと

 しかし今回僕が伝えたいのは、実はこの庁内報ではなく、その前身とも言える「公文砲(報)」というA4用紙片面1ページだけの小さな新聞だ。これは、北村さんが総務課にいた頃に手掛けたもので、新庁舎建設に伴う文書量調査のなかで見えて来た問題を職員と共有し、今後の文書管理に活かしてもらいたいと、庁内向けに発行したもの。

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 「担当者しか文書を探せない私物化」、「不要文書や重複文書の保管などによる肥大化」などの解決に向けた具体的な方法を、ひとつずつ丁寧に伝えており、それらを読んでいると、文書というものが役所のものではなく、あくまでも住民のための公共用物であるということが、よく理解できた。
 こういった地道な編集が、庁内の人たちに大切な気づきと学びをもたらしていることは間違いない。しかしながらこういった努力は、内側に向いたアクションゆえに、外で大きく評価されることはまずない。しかしだからこそ、僕はこういった行動の素晴らしさを伝えたい。商店街のホーロー看板しかり、打ち上げでいただいた奥久慈しゃもしかり、いま目の前で輝くもののすべては、それを始めたり、生み出した人がいて、そこには強い思いと努力がある。

 ちなみに奥久慈しゃもは、よくあるブロイラーが大体50日で3キロくらいになるのに対し、その約3倍もの時間をかけて育てるそうだ。日本中、100ほどもある地鶏のなかでも100日以上の時間をかけて育てる鶏は、奥久慈しゃもと、比内鶏くらいだという。そうやって時間をかけたからこそ、脂肪分が少なく、且つジューシーで、かみごたえもあって、上質な肉となる。すぐに効果をもたらすものよりも、時間をかけて育てられたもののほうが、強い。そういった視点が、地域編集には欠かせない。

 そういえば、トークイベントに来てくださっていた、茨城県庁の某職員さんにお礼のメールを送ると、その方が実は茨城空港の開港前準備から就航対策、開港後の利用促進まで担当されていたそうで、いわば僕はそのおかげで今回、大子町のイベントに参加できたと言っても過言ではないじゃないかと思う。

 いまあるものは、かつて誰かが編集してくれたもの。その意識を忘れちゃだめだなと強く感じさせてもらった、大子町だった。

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藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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