第2回
作品が消費されず、作品として残っていくために――『動物になる日』は小商い本? 新種の子育て本?
2022.07.10更新
こんにちは。ミシマガ編集部です。あらたにはじまった新連載「ちいさいミシマ社の挑戦」。
2019年に始動した少部数レーベル「ちいさいミシマ社」については、これまでもたびたびミシマガジンにてご紹介してまいりました。が、読者の方からも、書店員さんからも、さらには著者の方々からも、「ずっと聞こうとおもってたんですよ〜。ちいさいミシマ社ってなんなんですか?」という声が後を立ちません。
そこで、このレーベルで目指そうとしていることをこの場所に書きためていくと同時に、編集部の私たちも、出版流通の仕組みについて、人口が減少しつづけていくなかでの作品の届け方について、勉強し、考えていく場をつくっていけたらと思っています。
第ニ回は、前回にひきつづき、ちいさいミシマ社の最新刊『動物になる日』の著者、前田エマさんとミシマ社代表三島邦弘がこのレーベルとエマさんの著書について、語らいました。
(※本記事は、音声プラットフォームvoicy 前田エマの「エマらじお」にて2022年6月16日(木)に公開された音声をもとに、構成しています。収録日:2022年6月13日(月))
書きたいことがエッセイでは書けなかった
前田 私が小説を書くことについて、三島さんはどう思いましたか? 最初に担当編集の野崎さんからは「エッセイの連載をお願いします」と言われたんです。私はずっと飲食店でアルバイトを続けてきていて、そのときに感じた働くことの尊さや、人間としての生き方について書きたくて。それを書くとしたらエッセイではなくて小説じゃないと書けないかな、と思っていたんです。よく小説でいくことにGOしてくださいましたね(笑)
三島 エマさんから届く原稿を、断片的に野崎経由で読ませてもらっていて、「これ、面白いな」ってまず思いましたし、これからどんな作品になっていくんだろうっていう、ワクワクした感じが最初からありました。不安とかは全然なかったんです。小説を書いてくださっている間、『ちゃぶ台』にエッセイもご寄稿いただきましたよね。
前田 『ちゃぶ台』というのは、ミシマ社から半年に一回出ている雑誌で、読みものとか、写真とか、漫画とか、生活と続いている今自分がいる世界について、本当にいろんな方が書かれてる雑誌で。私はこれまで3回エッセイを書かせていただいています(6号、7号、9号)。
三島 そうなんです。それで、僕は普段京都にいるんですが、エマさんが京都に来てくださったときに『ちゃぶ台』のご依頼とともにいろいろとお話しさせていただいて、そのときのエマさんのお話が、もうなにを話されてもすごく面白くて。あっという間に2時間半ぐらい経っていた気がします。エマさんからエネルギーがどんどん溢れている感じが一緒にいて楽しくて、僕自身、20年以上編集の仕事やってきているんですけれども、その日に「この方は天性の表現者だな」って思いました。
だからあの日は、エマさんが小説を書かれるというのは、逆にそれ以外ないって僕の中でも確信につながった一日でした。それからは、この小説がいつ形になるか、楽しみでしかたなかったです。
緊急事態宣言とともに得た実感
前田 そうだったんですか。ありがとうございます。
本になった物語の原型ができたのが2020年の春ごろ、最初の緊急事態宣言のとき。私自身それまで週5、6日は飲食店で働いていたのが、ゼロになって。そこから、働くということ、飲食店が自分にとってどういう場所だったのかということ、それを一年くらいかけてちょっとずつ実感していって、小説も時間をかけて詰めていきました。
「うどん」の話を書き終わったあとに、その主人公の女性が、どういう幼少期を過ごしていたのかを書いてみたくなりました。そこで書いたのが「動物になる日」でした。「動物になる日」は、どこかで今後発表するのかなどは、一切考えずにノリで書来ました。それを野崎さんと三島さんにお見せして、最終的に、表題作になりました。どんなかんじでした?(笑)
三島 そうでしたね。完成した本では「動物になる日」「うどん」の順番で掲載していますが、逆の順番で執筆され、最初は掲載順も「うどん」が先でした。二つの作品は、同じ人が出てくるけれども、描かれている雰囲気や内容の肌触りがだいぶ違ったので、おやっと思ったんです。これはどっちも面白いなって思いました。
前田 本当に全く肌触りが違う二つじゃないですか。だから、「『動物になる日』はちょっと苦手だなー」って思った人は、すぐに「うどん」を読んでほしいですし、逆に「『動物になる日』は好きだけど『うどん』はちょっと」っていう人はそれでいいと思っています。
あと本のタイトルも、当初は『うどん 動物』で進んでいたんですが、ある日、すでに本の制作が終盤にさしかかっているあたりで、急にミシマ社さんから「あの、タイトル会議がありまして・・・この3つが候補に残ったのですが、エマさんはどれがいいでしょうか?」って連絡がきて。「え、タイトル会議〜!?」みたいな感じだったんですよ(笑)
三島 そうなんです(笑)。これはミシマ社恒例で、どの本に対してもやるんです。本のタイトルは作品の顔ですし、これ以外はないと99.9% 決まっているケースにおいてもタイトル会議をやっていまして、そうすることで編集以外の営業や仕掛け屋のメンバーも作品への理解が進むんです。その過程を経て、作品が自分のものになっていったり、馴染んでいくことがけっこうあったりします。
共有地の話でもあり、子育ての話でもあり
前田 そう! 全員が原稿を読むと聞きました。それでとにかくみんなタイトル案を出すんですよね。「え、営業さんとか企画の人とか、みんなでやるんだ!」みたいな。びっくりしました。
では最後に、(自分の本をこんなふうに言うのも変なんですけど、)この小説はどういう人に届いてほしいとか、どういうところが好きだったみたいなことをちょっと、お聞かせいただけると嬉しいです!
三島 僕が思ういい本って、いろんな読み方ができて、人それぞれ全然違うところをいいって言ったりできるものなんじゃないかと思っているんですけど、この本はまさにそういう一冊じゃないかと思ってます。
僕自身の感想で言うと、もうあの「うどん」はですね、ミシマ社や『ちゃぶ台』に引きつけてしまった読み方かもしれないんですけれども、エマさんも寄稿してくださっている最新刊『ちゃぶ台9』の特集が「書店、再び共有地」というもので、今回エマさんはこの小説で、うどん屋というひとつの共有地を描かれたんだなっていうふうにも思っているんです。あんまり他の人は言わないかもしれないんですけど・・・。
前田 いや、でも本当に、そういう意味で読んでも面白いと思います。
三島 だから、普段ミシマ社の本もけっこう読んでくださっているという方々にとっては、実はかなりたまらない作品でもあるということを言いたかったんです。共有地とか小商いとか、ミシマ社が15年ぐらいかけてなんとなくやってきた文脈にもぴったりで、現場で働いてらっしゃる方の言葉と視点が存分に詰まっているので、一つ一つあーそうなんだ! という発見をしながら読めました。
前田 今回、書店員さんがくださった感想のなかにも、これはうどん屋さんのことを書いているけれど、自分がやっている書店のことにも重なる、と書いてくださる方もいました。
ほかにも、子育て中の友達にどんな本? って聞かれて咄嗟に「新種の子育て本だと思うよ」って答えたんですけど。受験のこととか、自分と違う環境で育った人とどう接するかとか、子どもの価値観を親がどれくらい作っているのかとか、そういうことを書いている部分もあるし、6月の頭に銀座の森岡書店で開催した刊行記念展にも、社会学系の学者の方とか、建築系の仕事をされている方とか、音楽をやっている方とか、いろんな方が来てくださって、いろんな文脈で、この本の話をしてもらえたら嬉しいです。そういえば担当編集の野崎さんは、「動物になる日」は匂いの話で、「うどん」は音の話だっていうふうに言ってくださっていて、自分ではあんまり考えなかった広がりが、今後ももしかしたら出てくるのかな? ということにはちょっとワクワクしています。
三島 やっぱり本って、形になって、本屋さんに置かれていくことで、作者や出版社を離れて読者とまさに「共有物」になって、また新しい生き物になっていく感じが面白いところですよね。これからどんな感想が出てくるのか、本が自分たちだけのものじゃなくなったとき、どんなふうに育っていってくれるか、すごく楽しみです。
前田 はい、ありがとうございました。ではみなさん、ぜひ本屋さんでこの本を手に取っていただけたら嬉しいです。
編集部からのお知らせ
7/1(金)~7/31(日)
「はじめての本と、1カ月のこと。」@本屋B&B(下北沢)
前田エマによる、はじめての著書が発売を迎えた2022年6月の1カ月にわたる日記を、写真と文で展示します。とっておきのトークイベントや、本をめぐるツアーも計画中です!
◎本屋B&B
住所:東京都世田谷区代田2-36-15 BONUS TRACK 2F
会期:2022年7/1(金)~7/31(日)
営業時間・定休:11:00~21:00・年中無休(年末年始および特別な場合を除く)
電話:03-6450-8272
7/23(土)BOOK MARKET2022会場イベント
前田エマ×中村暁野トークイベント
「わたしとわたしたちのちいさな話」
前田エマ『動物になる日』(ちいさいミシマ社)と中村暁野『家族カレンダー』(アノニマ・スタジオ)の刊行を記念して、著者のお二人によるトークイベントを開催いたします。
前田さんは今年6月に初めての著書にして初の小説集を上梓。
学校や飲食店を舞台に、日常に生まれる素朴な疑問や感覚、他人と過ごす中でどうしても生じてしまう違和感、それを手放さずに生きる、ある少女の姿が描かれています。
中村さんは、一年をかけてひとつの家族を取材し、一冊丸ごと家族を取り上げる雑誌「家族と一年誌 家族」を2015年に創刊。家族という最小単位の社会から、環境のこと、世界のことについて考え、執筆や発信をつづけてこられました。昨年11月には、5年間にわたって綴った日記をもとに初の自著『家族カレンダー』を発表されています。
自分のまわりにある「ちいさな話」をひろい集め、言葉につづり、本にする。
こうして世界と向き合いつづける二人の言葉には、大きな出来事を自分事として捉えるためのヒントが詰まっています。ちいさな声を信じ、自分の言葉で今を生きる二人のトークイベント、ぜひご参加ください。
日時:7月23日(土)11:00〜12:30
会場:台東館 7階南側会場 イベントスペース(BOOK MARKET2022 会場)
住所:東京都台東区花川戸2-6-5
参加費(会場のみ):¥2,000+税(税込2,200円)