凍った脳みそ

第1回

『凍った脳みそ』序を公開します。

2018.10.08更新

 みんなのミシマガジンをお読みのみなさまこんにちは。ミシマ社自由が丘オフィスのモリこと岡田森です。突然ですが、この画像をご覧ください。

1008_3.jpg 見覚えのある方も多いのではないでしょうか。そうです、今年3月までの旧ミシマガジンの大人気連載、ASIAN KUNG-FU GENERATION後藤正文さんの「凍った脳みそ」のバナー画像です。この連載が、ついに書籍化されます!『凍った脳みそ』という題名はそのままに、装いを新たにして書籍になります。イラストは和田ラヂヲ先生に書いて頂きました。

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『凍った脳みそ』後藤正文 (ミシマ社)

 書籍の発刊を記念して、今日からミシマガにて新コーナー「凍った脳みそ」が始まります。 第1回目の今日は、10/19(金)の発売に先立ち、序文の冒頭部分を公開します。どうぞお読みください。

序 COLD BRAIN STUDIOができるまで 後藤正文

 BECK の『MUTATIONS』というアルバムのジャケットをレファレンスとして美容室に持って行き、ゆるふわのパーマに失敗してから、俺の脳みそは凍ったままだ。

 「この人と同じ髪型にしてください」という要望はシャンプー台の排水口からパーマ液と共に下水管へ洗い流されたが、「顔まで似てますね」という美容師の虚言に脳が溶解して、超ポジティブに、すべてがどうでも良くなってしまった。そして、それなりに高額なパーマ代を払い終え、溶解した脳をチャポチャポいわせながら通りに出て、これで俺もBECKじゃ、むきゃきゃ、とひとりごちながら、外気の冷たさで脳が凍ってしまったのだった。

 二十歳になったばかりだった。

 そんな俺も今年で四十歳になる。

 三十歳を過ぎてから、バンドとの関係もなんらかのなんらかをある程度は達成したように感じていた。四人でのセッションは連日のように白熱し、メジャーデビュー後のストレスから生じたフリーズを解きほぐすようなブレイクスルーを二度経て、これだよなという手応えがあった。四人がそれぞれオールを漕ぐことによって、バンドはグイグイと音楽的に前進していた。

 一方で、そうした音楽的な満足感とは別に、自ら舵を握ってギャンギャンにまわしてみたい、そんな気分が芽生えはじめていた。

 というのも、手漕ぎの船は、急な旋回ができない。俺だけ無茶クソに頑張って漕いだとしても、ひどい筋肉痛の割に方向があまり変わらない、というような、安定感というか型というか、そういう性質にはまり込んで、このまま凝り固まって行くのではないかという不安があった。

 音楽の大海原を自由に航海するために漕ぎ出したはずなのに、ある意味で自由ではなかった。あっちの島とか行こかーといって躍起になって漕いでも、それはなんかなー、嫌かもなー、とか言いながら船員がオールを置いてしまう。そうすると船はぐるぐる同じところをまわって、皆が納得する方向が決まるまで全員が漕ぐのをやめる。結果、もと来た航路の延長を蛇行しながら、決められた方向に進むことになってしまう。違う性能の船に乗ってみたいなぁという気持ちが芽生えるのも仕方のないことだ。

 よく考えてみると、一度目のブレイクスルーの前は、俺がギャンギャンに舵をまわしていた。そのあとで、徐々に推進力や方向性について船員たちの意見を聞き入れるようになり、俺は船長の役割を辞して、全員でオールを漕ぐ手漕ぎの船に乗りかえたのであった。それ自体が、二度目のブレイクスルーだった。

 手漕ぎの船を進めるうちに、船員たちは音楽的にムキムキの筋肉を得ていった。この筋力で昔のような船に乗ったら、もっとおもしろい航海にならないかしら、そういう気持ちになるのが人心の自然な有り様だろう。

 とはいえ、前に乗っていた船は既になく、俺自身も舵の取り方を忘れてしまっていた。新しい船の建造と、舵取りの練習を同時にしなければならなかった。そして、説得力を持って、船員たちに、今日から俺が船長ですと宣言して、受け入れてもらう必要があった。大変な努力が必要だと直感した。

 というわけで、俺は船長としての鍛錬と成長のために、コックピット=作業場を自宅近くに作ったのだった。

 数件の不動産屋を回って、九畳くらいの、縦長の事務所用のスペースを借り、作業場作りを始めた。左右は鉄筋コンクリートのビル、二階は量販店の倉庫兼事務所ということで、特に近隣に気を使って防音工事をする必要のない物件だった。

 俺は自ら壁に吸音用のパネルを虫ピンで固定し、ぬるいUの字のかたちになるように、布を天井にたるーんと張った。それから業者に連絡し、表通りの騒音が入り込まないように防音のカーテンを取り付けてもらい、ビニールコーティングの床の上に絨毯を敷いてもらった。これでボーカル録音ができるくらいの環境が整った。

 次いで、パソコン操作用の机を購入した。一品くらいは気合の入る調度品が欲しかったので、お客様にお選びいただいた一枚板からお作りします、というような、洒落ているけれど環境にも気を配っているんですという雰囲気の老舗家具店に行き、それなりの金額を支払って、作業用の机を設計してもらった。

 数週間後、お前は木だなぁ、と話しかけたくなるくらいいい感じの机が家具店のスタッフによって設置された。

 そうなると、机にあった椅子も欲しくなるというのが人間の性で、これまたけっこう高額なイームズの椅子を通販で買い、ニヤニヤしながら設置したのだった。

 届いたデザイナーズチェアは美しい流線形で、代官山のあたりまでキャスターを転がしながらショッピングに出かけたい、あるいは腰掛けたまま港から出港したい、そんな気分になるくらい心地よかった。

 高級机とデザイナーズチェアの効果はてきめんで、スピーカーから流れてくる音がいつもより凜としているような気がしたし、何よりも作業場に行ってキャスターをコロコロしたい、机の天板の木目を眺めていたい、という気持ちが湧き上がって、毎日作業場に出かけるようになった。

 そのうちキャスターのコロコロや木目などには飽きて、短いフレーズや楽曲を録り溜めて、デモ音源の制作に没頭するようになった。

 作業机やイームズのチェアを愛でながら、三度目のブレイクスルーを果たして完成したのが『マジックディスク』というアルバムだった。我ながら会心の作だった。友達に自分の作品を配り歩く機会があるならばこの作品にしよう、と思えるくらい気に入っていた。

 ところが、あまりにもいいアルバムを作ってしまって、ライブで再現するのに人手が足りなくなってしまった。四人でリアルタイムに立ち上げるには、作品のサイズが大きすぎた。

 思案の末、フジファブリックの金澤君に助けてもらいながら、全国ツアーを行なった。けれども、現場での舵とりは想像以上に難しく、徐々にメンバーの関係性はギクシャクとし、大喧嘩の果てに、このツアーが終わったら船長の職を辞するだけでなく船から降りようと、俺は日本のヘソのあたりの町で決意したのだった。駅前には金色の信長像が鎮座していた。海のない県だった。

 険悪な雰囲気のまま、マジックディスク・ツアーも残すところ数本になり、ストリングス隊とホーン隊を加えた特別編成のリハーサルが佳境を迎えていた。

 そして、友人と作業場で熟考した弦楽器と管楽器のアレンジが良い感じで馴染んできた矢先、東日本大震災が起こった。残りの公演はすべて中止になってしまった。俺のバンドからの脱退も中止になった。

 作業場は海の近くにあった。その場所は津波だけではなく、大雨でも冠水するような低地で、賃貸契約後に「あの辺は大雨が降ったら水でバチャバチャになりますよ」と、以前から知り合いに忠告されていたのだった。こうした大災害を前に己の小さな損失について考えるのは卑しいことだけれども、数十万円の機材が水没するのは避けたい。ついでに書けば、そういったリスクの他に、そもそも縦長の物件で使いづらい、二階が選挙事務所になることが多い、よって選挙カーの騒音で日中に録音できない、寒い、暗い、などといった問題も抱えていた。

 そういうわけで、俺は以前から少しずつ進めていた作業場の移転先探しを加速させた。

 物件はなかなか見つからなかった。震災前に、空手道場の上階という、どれほどの騒音を出そうとも決して怒られなさそうなスペースを見つけたのだけれど、建物のオーナーである老夫婦が電源の工事をひどく面倒がって、契約直前で話が流れてしまった。

 その他にも、コインランドリーの二階、駅の近くの雑居ビル、元焼肉屋など、様々な物件を見学に行ったが、どこも立地条件や賃料、匂い、などの条件が折り合わなかった。

 不動産屋との物件巡りを経てようやく辿り着いたのは、以前は魚屋の水槽が置かれていたという地下室だった。・・・・・・


 いかがだったでしょうか。この後、「魚屋の水槽が置かれていたという地下室」をプライベートスタジオとして整備する過程で、数々の事件が起こるのですが・・・。続きはぜひ、書籍でお読みください!

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『何度でもオールライトと歌え』後藤正文(ミシマ社)

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