第3回
特集『凍った脳みそ』後藤正文インタビュー(2)
2018.10.17更新
『凍った脳みそ』。なんとも不思議なタイトルである。いったい何の本なのか? と題名だけ見てわかる人はかなりのゴッチファンにちがいない。「ああ、ゴッチの個人スタジオ、コールド・ブレイン・スタジオの邦訳でしょ」。そんな方は、私がどうこういうのはかえって失礼。ぞんぶんにお好きなように本書を楽しんでくださいませ!
実は、アジカンファンだけど「この本はどうしようかな」と思っている方や、必ずしもアジカンやゴッチのファンでもないけど音楽は好きという方や、ゴッチもアジカンも音楽もとりわけ好きなわけじゃないけど面白い本は好き! という方にも、本書はおすすめなのです。その理由の一端に迫ることができればと思い、著者の後藤正文さんに直接お話をうかがいました。昨日に続き、2日連続での掲載です。
(聞き手・三島邦弘)
文化としてのロック
俺は、素直にアメリカ人のエンジニアにギター録音のときの秘訣を聞いてみることにした。(略)すると、エンジニアは満面の笑みでこう答えた。
「コツ? いいか、お前はイカしたギタリストだ。リラックスして弾け」
「・・・・・・・・・・」(p.132)
ーー アルバム『Wonder Future』の制作でロスアンジェルスに行ったときの話がたまりません。
後藤 いやぁ、本当にあの人たちはおもしろいですよ。とりあえず一番大きなモニタースピーカーで最初から最後まで録音したりとかね。そのくせにめちゃくちゃスタジオに耳栓が転がってる。「やっぱり苦痛なやつがいるんだな」みたいな(笑)。でも、意味はわかるんですよ。どうして大きい音でやらなきゃいけないのかも。
ーー なるほど。
後藤 「こういうことなんじゃないか」ということを想像しながら作業しましたね。今日の音楽的な革新は、ほとんどアメリカで起こっていると思うので。製品だと、ドイツ製のマイクとか、フランス製のスピーカーだとか、イギリスにも良いの機材がたくさんありますけど。
ーー 文化と表現されているのが、響きます。
後藤 録音のコツを聞いたら「いいか。リラックスして弾くんだ」って言われて、ちょっと、ポカンとしましたけどね(笑)。これはもう、「見て帰るしかないな」と思いました。「丸ごと持って帰らないとダメだ」と。
ーー それでも、結果として「いい音だった」。
後藤 そうですね。みんなワイワイやるんですよ。ギター録音のときとか、人が集まってきて、「あそこ上げろ」とかいろいろな人が口出しして。
たぶん、「やっぱりギターって言ったらこの音だよね」というのが、言語化しないでもみんなの中にあるんですよね。「これ最高」みたいな基準が。
ーー あ〜。
後藤 「ここの周波数を何ミリ上げろ」とか、そういうことじゃなくて。「焼きそばだったらこれだろ!」みたいな感じなんですよ、たぶん。ギターやドラムの音とかに関しても。
だから、逆に「コツって?」みたいな感じだった(笑)。やっぱり感覚を整えていかないと無理なんですよね。自分が何をいいと思ってるかということが変わらないかぎり音は変わらない。「あぁ、恐ろしいことだな」と思いました。だから、いい音楽聴くしかないんですよね。
ゴッチ文体の起源
ーー 連載時から、「後藤さんの文章、なんで最後まで読まされてしまうんですかね」と作家さんからも尋ねられたこともあります(笑)。
後藤 そうなんですね(笑)。書きながら、「どうしよう」「〆切がもうきたぞ」「そろそろ三島さんに催促されるな」みたいな(笑)。まぁ、そういう感じでやってましたけどね。わからないんです。自分でも操縦してない感じがするので。
ーー そうですか。
クソ高いけど買うしかねえじゃなねえか、ダボハゼ。(p.167)
後藤 なんでハゼになったのかも、よくわからない(笑)。そういえば、もともとこのスタジオは魚屋の水槽だったんだなとあとで気がつきました。
ーー 伏線だった(笑)。
後藤 魚介がいっぱい出てきちゃって(笑)。あんまり考えないで書いてたんですけどね。でもなんか、帯の推薦文を書いてくださった町田康さんの著書を読んだら、もはや書いてはいけないことはない、ってことがよくわかるんですよ。
ーー たしかに。
後藤 編集者から鉛筆で、「ここ重複してます」と指摘されても、ママで返してもいいみたいな(笑)。そういうのもいい、というか、すごく勇気をもらいましたね(笑)。「自由でいいんだ」っていう。
音楽用語を読ませるための「発明」
弟子ケイタが物品なのか人物なのかは分からないが、シリカゲルが尻化したゲルでないことくらいは、脳内が花畑の俺だって知っている。(p.95)
ーー 本書の魅力のひとつに、めくるめく比喩表現があります。
後藤 専門的なことばかりだから、どこまでもわかりにくく書けるんですよね。
ーー わかりにくく書こうと思えば(笑)。
後藤 「何キロ上げろ」とかそういうふうになりかねない。それこそ、「ご存じ」って書いちゃいけない(笑)。「プラグイン」って言われても、「何?」って感じだから。で、「もう、"ちゃん"づけで行こう」みたいになりました(笑)。
ーー いや〜、これは発明ですね。「キューちゃん」「ミキちゃん」とか。
後藤 「デシケイター」って言われても、「なんだよ!」って感じですよね。とにかく、どうやってわかりやすくスタジオの話をしようかっていうのは、考えましたね。
くだらないことを書くのが、好き
ーー 実は、前著『何度でもオールライトと歌え』ですでに、「言葉遊び」や比喩など、文体の実験はされてましたよね。
後藤 そうですね。それよりもっと前から僕は、インターネットが始まった頃から自分のホームページにブログを書いています。ブログがない時代はHTMLで勝手に更新してたので。
ーー HTML(笑)。
後藤 そうなんです。書くことはもともと好きで。『凍った脳みそ』は、わりと本当に、自由に、おもしろいこと書きたいと思って書いたんです。
『何度でもオールライトと歌え』は、そうした面とオピニオンというか、社会的なポストの半々で構成されてますけれど、どうしてここまで振り切ってやれたかというと、同じタイミングで「朝日新聞」に連載をしていたので(*現在も連載中です)。
ーー そうですね。
後藤 マジメをそっちに持ち出したんですよね。週に一回、朝日新聞にマジメなことを書いて、月に一回ミシマ社に破滅的なことを書くみたいな(笑)。
3000字とかを、WEBで一度に読めるものって、わりとリズムよくおもしろく読ませてくれないとついていけないところも、最近はあると思うんですよね。
ーー はい。
後藤 そのあたりが一番難しいところだとは思っていて。ただでさえ、自分は縦書きで読むから。横書きは読むのがすごい疲れるんです。基本的には全部、最初から縦で書いたものを送ってましたよね。
ーー そうですね。
後藤 ときどきは人の悪口を書いたりとか、社会情勢のことをゆるく皮肉ったりとかもしてると思うんですけどね(笑)。そのくらいの方がおもしろいかなと思って。本来、こういうエッセイの方が好きですね。オピニオン的なものを書くより。
ーー あ〜。
後藤 そうそう。楽しいじゃないですか、書くのも読むのも。『何度でもオールライトと歌え』に書いてるような、意思表明みたいなやつは、もう「やらなきゃいけないんだ」と思って振り絞ってやっている。「なんで俺が書かなきゃいけないんだよ」っていうのもちょっとあるんですけど。朝日新聞に書いてることだって、もっとまともな人たちが言えばいいのにと思うんですけど。
ーー そうですよね。
後藤 「なんで俺が言ってんだよ」みたいな(笑)。まぁ、ロックミュージシャンとしての役割を引き受けるんだっていう気概もあるし、自分の社会的な責任を果たそうという気持ちはあるんだけど。
一方で、音楽はやっぱり音楽だし、「楽しみたいじゃん」みたいな気持ちもある。本を読むんだったら、いろんな意味で楽しみたい。勉強するせよ、物語を読むにせよ、やっぱり「楽しみたい」って気持ちがあるから。
ーー そうですね。
後藤 そういうのは出てると思います。こういう、くだらないことを書くのが好きなんですよ。昔から。
ーー あっ、そうなんですか。
後藤 はい(笑)。俺、どうも・・・、高校3年間、クラス紹介の文章を俺が書いたっぽいんです。クラスが替わったら文集みたいのが出るんですよ。そういうのをどうも書いたらしい。「昔からお前、文章おもしろいよね」と、高校の友だちに言われてびっくりしましたね。
ーー ヘぇ〜!
タイトルの仕掛け
ーー そういう文筆家・後藤正文ならではのタイトルですよね。『凍った脳みそ』って。
後藤 いやあ、スタジオが"コールド・ブレイン・スタジオ"だったので。そのまま「凍った脳みそ」がいいかなと思って。
ーー "コールド・ブレイン・スタジオ"っていうネーミングはどの段階でできたんですか?
後藤 こういうのは、だいたい毎回、自分の好きな曲から取ります。レーベルの"only in dreams"はWezzerの曲。"コールドブレイン"は"cold brains"っていうBECKの"MUTATIONS"っていうアルバムの一曲目なんですけど。本書の最初にBECKに憧れてパーマしたくだりが出てくるのは、"cold brains"が「このパーマにしてください」って美容室に持っていったCDの一曲目のタイトルなんですよね。
ーー なるほど〜。
後藤 凍ってちゃ、「だめじゃん」って思うんですけどね。その間抜けな感じがいいんじゃないですか。
ーー このタイトルが全編通して仕掛けとして組み込まれているわけですよね。
後藤 そうですね。毎回、なんらかの氷結がある(笑)。脳が凍ったり溶けたりする。毎回、それだけは書こうと思っていました。なんかひどいことがあったら「脳が凍る」っていう設定にして、ウキウキしたら溶けてくるみたいにしようかなと(笑)。
ーー それを探すのも、読む楽しみのひとつですよね。
後藤 そうですね。本当に、どういうふうに読まれるかわからないですけどね。本屋では、エッセイ、文芸のところに置いてほしいなぁ、って薄っすら思っていますけど。悔しいことに、ミュージシャンの本って奥まったところにあるんですよね(笑)。
ーー はい(笑)。
後藤 「音楽の本なんて誰も読まないだろ」って書店員さんは思ってるのかなみたいな(笑)。音楽雑誌はいいところにあるんですけどね。そうかと思うと、(建築家の)光嶋裕介さんの本が通路にあったりして、「なぬ!」とか思って(笑)。
ーー はははは(笑)!
後藤 別に、ライバル心を持ってるわけじゃないんですけど。普段から好きで本を読んでる人たちがどういうふうに思うのかっていうのはすごく興味があります。
ーー そうですよね。きっと届くと思います!
書店用ポップ
(終)
編集部からのお知らせ
『凍った脳みそ』サイン本・特典について
今回、後藤正文さんによる『凍った脳みそ』のサイン本、購入特典をご用意しています。取り扱い店舗などの詳細と最新情報は「ミシマ社ニュース」をご覧ください。
■『凍った脳みそ』サイン本予約販売情報(実施店舗・予約方法)
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