凍った脳みそ リターンズ

第3回

オクラ3本農法

2025.02.10更新

 農業に興味がある。

 そう書くと、この人は方々を歩いて音楽以外の分野の話を聞きかじる間にDIY精神を押し極め、いよいよ何もかもを自給自足する生活にまで向かうのか、と期待したり心配したりする人があるかもしれない。

 心のなかの隅々にまで突き当たれば、そうした感情がないとは言い切れない。しかし、自分の根性のような精神的な力と想像上の農機具の重量を照らし合わせてみるに、鍬のような比較的軽量な器具でも持ちたくないな、肩から紐で吊るして楽をしたいなと思ってしまう。肩掛けで運ぶうち、ギターを弾く真似などをして農業に身が入らなくなり、農地を放棄して駅前の焼きトンみたいな店に入り浸って昼からビールを注文し、農業の枠外から「キャベツが高い」と赤ら顔で文句を言うような人間だと思う。

 プランター菜園のオクラですら上手に育てる知識に乏しい。悩んだ挙句、花屋の店主に相談した。その助言に従って種から成長した苗の中から2本を選別し、長細いプランターの端と端に植えて大事に育てた。そのオクラたちはみるみると巨大化して、オクラではなくて向日葵ではないかという疑いを持つほど茎が立派に成長し草丈も伸びたが、一向に花の咲く気配がなかった。これは何かがおかしいのではないかとGoogle先生に問い合わせてみたところ、オクラは一本ずつ植えるのではなく、数本をまとめて束にするように植えねばならぬという情報が得られた。

 オクラについて書くだけで絶望的な気持ちになるが、ここで止めると原稿料がもらえないので書き進めたい。

 我が家のプランターでやったような一本植えの苗は特段競争相手がいないので、水と栄養を自身の巨大化に使用してしまう。言うなれば、筋トレに夢中になった閑人のようにムキムキになっていく。するとどうなるか。おそらく、自分がオクラであることを忘れてしまう。世のオクラたちが種を保存すべく花を咲かせて実を結び、夏野菜としての生命を全うしているその傍で、というかそういうオクラ界と呼ぶべき界隈があるのも知らず、自分は最終的に欅や楢のような樹木になるのではないかと信じているような勢いで成長してしまう。

 なんだか最近肌寒いね。そう思った頃にはもう遅い。秋もすっかり深まって、暦の上ではノーベンバー、地球が温暖化してなかったらお前もう無理だぞ、そう声をかけたくなるような月日になって漸く、蕾のようなものが枝の根元から生えた。遂に、と俺は歓喜したが、その蕾らしきものは明くる朝にポロっと地面へ落ちたのだった。

 悲しいことだと思った。

 結局のところ、プランターのオクラはなんとか実を結び、食べることができた。しかし、今季の収穫量はたったの3本であった。花屋の大将の言葉を鵜呑みにしたことが原因ではあるが、自給自足の生活だったらと思うと恐ろしい。商売なら廃業確実だっただろう。以後、このような農法を「オクラ3本農法」と呼んで禁忌とし、オクラは苗を束にして植えよ、これを後藤家の家訓としたい。

 こうした不幸は音楽でも起こり得る。

 現在では様々なTIPS、つまりコツのような情報がインターネットの大海原に浮かんでおり、それらを集めることで自宅録音の扉を簡単に開くことができるようになった。しかし、よく目を凝らしてそうした情報を読んでみると、それなりに影響力のありそうな人が「オクラ3本農法」を初心者に伝授していることがある。もっとも、俺が偉そうに雑誌などで語ったことも実は「オクラ3本農法」で、玄人の集まるスタジオでは「アイツの言ってることヤバいな」と噂されている可能性もある。

 玉石混交の情報のなかから玉だけを拾おう、というのは結構難しい。なぜならば、野菜によって必要な養分が違う。生育に適した土も違う。種を蒔くべき時期も違う。というくらい現場によって様々な違いがある。まるっと「野菜」とまとめるには種類が豊富、という問題が音楽にもあるのだ。一般化するのがとても難しい。ある地域にとっての正しい情報が、別の場所では「オクラ3本農法」になることもあるのだ。

 何を言ってるのかよくわからないかもしれないが、何事も野菜ベースで考えるのは難しいのではないかと思う。

 では、どう考えるべきか。

 環境ベースで考えればいいのだ。

 オクラの種に対して、プランターと土を買い、花屋の店主に助言を求める、という農業の向きこそが「オクラ3本農法」を強烈に担保しているのである。ベランダという環境を可変できる幅は、農地のそれよりもはるかに狭い。例えば、今年こそベランダで田植えだと息巻いても、それを叶えられる可能性は皆無だろう。

 地域の市民農園の一区画だったらどうだろうか。俺はオクラを二本に選別しなかっただろう。

 花屋の大将の「御前の持っているサイズのプランターではオクラは二本が限界だ」という言葉に、俺は衝撃を受けた。自宅の小さな鉢では、数十粒のオクラが一斉に芽を出していた。二本に絞るという作業は命の選別そのもので、とても辛かった。しかし、場所が市民農園であったならば、花屋の大将に相談することもなく、なんとなく育てて虫に食われて全滅という可能性も否定できないが、もう少し多くのオクラを食べられていたのではないかと想像する。数本は豚肉を巻きつけてフライパンでソテーし、残りは納豆と一緒に冷奴に乗せて食べる、みたいな豪奢なディナーを体験できたかもしれない。

 しかし、それは叶わなかった。

 市民農園ではなく、オクラ農家の農場の一角を借りることができていたら、どうだっただろうか。もちろん、そこはオクラの生育に適した環境であり、また、オクラに対する農業的なアドバイスも受けられたことだろう。

 作物がバナナだったら、そうはいかない。オクラ農場の片隅で、あるいはど真ん中で、オクラ3本どころか、バナナは一本も収穫できないだろう。沖縄や台湾、フィリピンなどバナナに適した気候と土壌がある場所に行かねば、バナナを育てることができない。環境ベースで考えると、こうした失敗は起きない。

 ということは当たり前のことで、また阿呆なことを書いて書籍だったら紙、Webでの連載ならば電力を無駄にしていると憤る人もあるかもしれないが、我々は新しい何かに挑戦するとき、容易く「オクラ3本農法」に陥ってしまう。単純な無知や準備不足、偏見や執着、過信、みたいな日頃から避けようと注意している要素だけではなく、無垢な情熱だとか、清らかな向上心だとか、そうしたポジティブなエネルギーを頼りに「オクラ3本農法」に挑んでしまう。そして様々な分野で、環境を整えないまま何かを行うことによる失敗が積み重ねられている。

 ビッグエッグ(東京ドーム)三個分の肥沃な大地と温暖な気候で、そこに熟練の者が常駐していながら、何らかの作物の育成に失敗するのは難しい。成功を阻むのは自然災害くらいのものだろう。

 けれども、いきなり良好な環境を手にするのはどんな分野でも簡単ではない。実家が太い、みたいな出生時における幸運や、LOTO6に当選的な棚ボタがなければ、望む環境が手に入ったりはしない。現代に墾田永年私財法が蘇ったとしても、もはや世界中の利用可能な土地は既に私有されていて、新たに開墾できる土地は見当たらず、ゆえに家賃や使用料といった金銭の請求から逃れることができない。何を始めようにも経済的な問題に突き当たってしまう。

 悩ましいことだと思う。

 金がないならアイデアで勝負だと息巻いても、そのアイデアも、音楽ならば優れた作品を観たり聴いたりすることで養われた感性から、芽を出したり花開いたりすることが多い。文化資本にも経済的な格差や偏りが存在する。社会が準備するスタートラインが公正さを欠いていても、個人の努力でなんとかたどり着けることが間々ある。自分だけの種をようやく見つけ、芽吹きの予感や実感もあるが、先に待っているのが「オクラ3本農法」では悲しい。

 ということを、特に大人たちはよく考えないといけない。良い種を準備できた人たちが、ある程度のところまでは目的を達成できるような環境や、その先の課題の発見と探究ができる環境を用意しなければ、何もかもが偏ったり、細ったりしていくのは当たり前だろう。


 12月になってオクラの葉はすべて落ち、槍のような二本のオクラの色褪せた茎がベランダで屹立している。採り損ねたオクラの実が寒風に揺れている。そこから採種しようと考えているが、次世代のオクラにどういう特徴が現れるかは、蒔いてみないとわからない。

 来年はオクラの肉巻きが食べたい。

後藤 正文

後藤 正文
(ごとう・まさふみ)

1976 年静岡県出身。
日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。
ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。
レーベル「only in dreams」主宰。
2024年5月、静岡県藤枝市にて『NPO法人 アップルビネガー音楽支援機構』を設立。
主な著書に『何度でもオールライトと歌え』『凍った脳みそ』(ミシマ社)、『朝からロック』(朝日新聞出版)、『YOROZU~妄想の民俗史~』(ロッキング・オン)、『INU COMMUNICATION』(ぴあ)、編著に『銀河鉄道の星』(ミシマ社)。

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